雑誌『プレジデント ウーマン』(2017年12月号)ではメルマガ読者を対象に、「男社会のヘンな習慣」について調査した。「男性にとってはヘンな習慣ではなく、当たり前なんです」と解説するのは男性学の権威、大正大学准教授の田中俊之氏。当たり前化してしまうメカニズムとは――。

「仕事、仕事でほとんど寝てないよ」

こちらから尋ねてもいないのに、「最近むちゃくちゃ忙しくて残業ばっかり」とか「仕事、仕事でほとんど寝てないよ」とか、自分から忙しさをアピールする男性がいますね。しかし冷静に考えると、これは自分の能力不足や生産性の低さを述べていることになります。それなのにちょっと自慢げな表情……だから、聞くほうは違和感を抱くわけです。

自慢の理由は、「達成」と「逸脱」という2つのキーワードで説明することができます。

男性はこの社会に生まれ落ちた瞬間から「競争」に勝つことが期待されます。小学生の男子に将来の夢を尋ねるアンケート調査では、1位はたいてい「スポーツ選手」です。これは昭和の時代から変わりません。その次にパイロットや医師といった「社会的地位が高い職業」がランクインします。低学年では仮面ライダーなどのキャラクターも人気ですが、「敵を倒す」という点でやはり競争心がうかがえます。

その状況は大人になるまで変化しません。高校時代はクラブ活動で全国大会をめざし、勉強ができれば有名大学に入り、一流企業への就職や年収が高い職業に就くといったように、競争に勝って「達成」することが期待されます。

忙しくて残業つづきなのは、競争に勝って「達成」している証拠だと本人は受け止めています。重要な仕事がたくさん与えられている、それだけ自分の価値は高い、そう感じているから自慢するのです。

男性が自慢したくなるもう1つは「逸脱」です。これは、自分は普通とはちょっと違うんだぞ、という意味です。中学、高校の頃はそれが不良ぶったケンカ自慢に表れますし、年を取ると睡眠不足や「肝臓の数値がヤバくなってきた」と病気自慢になります。不健康を自慢するなど、どう考えてもおかしなことですし、人間は夜はきちんと寝るべきです。ところが男性にとっては、その普通からの「逸脱」こそが自慢の対象となるのです。

上司に平気でごますりする男の「胸の内」

男社会では、上司に本音でぶつかって盾突くことは許されません。いつでも建前で話し、ごますりも平気なのは、男性にとって、とにかく会社に勤めつづけることが最優先だからです。それには日本企業の長い歴史も関係しています。

日本の男性の労働力率は常に世界最高水準で、よほどの理由がない限り、男性は仕事に就くのが当たり前。学校卒業以降は、働かなければ白い目で見られることになります。

ほとんどすべての男性が企業に雇われて働くわけですが、日本企業の昇進パターンは、選抜の時期が遅いのが特徴。欧米の企業では入社10年ほどで出世できるかどうかの結論が出るのに対して、日本企業では20年かかります。それまで一致団結し、滅私奉公のように働きます。もし出世の見込みなしと早々にわかれば転職できますが、40代ではちょっと手遅れ。出世競争に敗れ、年齢的に転職もできないのが“窓際族”と呼ばれるおじさんたちです。

日本の男性は、何よりもまず仕事に就くことが求められます。とにかく40年以上は勤めつづけることが第一。だから本音を隠して建前で話し、上司にゴマをするのです。

そして出世競争のなかで生き残るためには、信頼できる仲間が必要です。だから、好き嫌いで人事を決め、派閥をつくります。

結婚、出産、育児を経て働きつづける女性は、強い理由をもっていることが多いものです。社会的に失職が許されない男性は、働く動機が違います。男性社会の習慣が奇妙に見えるのは、そのせいかもしれません。

「自分より劣っているはずの女に負けるのは悔しい」

男女雇用機会均等法の施行から30年以上が経ち、2016年は女性活躍推進法が施行されたというのに、いまも男尊女卑が目立つ職場はあります。

そうした職場に共通するのは「女性は結婚や出産・育児で辞めたり休んだりするから重要な仕事は任せられない」という意識です。たとえ能力が劣っていても“辞めない男性社員”“休まない男性社員”はげたを履かせて優遇されているのです。

しかし優れた経営者たちは、真面目で気づかいができて能力の高い女性を見逃しません。出産・育児に合わせて休暇をしっかりとり、短時間労働ができるように、制度を構築します。そのような組織では、男女がほぼ同じ条件で能力を競い合うことになり、性別によってげたを履かせることはありません。

ところが、問題は残ります。女性との競争に負けた男性はどのような態度に出るか。プライドが傷つき、かえって男尊女卑を強める恐れがあるのです。彼らの意識は「自分より劣っているはずの女に負けるのは悔しい」ですから、既得権益を奪われて、これまで以上に女性の足を引っ張る可能性があります。一部の男性たちは、そのようなプライドと見栄から抜け出すことができません。女性との競争に負けそうな男性たちは、相当にビビりはじめています。

男社会のナゼ?を解説しました。ふに落ちないことや違和感があるかもしれませんが、まずは落ち着いて、大局的に物事を捉えましょう。

少子化が進む日本において、「女性活躍」という社会や企業の要請がある。それはそれとして理解したうえで、同時に自分の幸せを追求していくことが重要です。誰かに扇動され、踊らされて働くのではなく、そこに自分の価値軸をしっかり入れていくこと。そして男社会というすぐには変えがたい現実を前に、男性にもっと女性のことを学んでもらう一方で、女性も男性の習慣や習性を理解してもらいたいと思います。

▼男性学からアドバイス
・冷静になって大局的な判断を
・社会的、歴史的背景を知ろう
・おじさんの大変さも知ろう

教えてくれた人 田中俊之さん
大正大学 准教授。1975年生まれ。社会学・男性学・キャリア教育論が主な研究分野。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめ、多様な生き方を可能にする社会を提言する論客としてメディアでも活躍中。著書に、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)など。