こんなすごい人がいるならこの世界は間違いない
【島田】松山さんは普段、どのような活動をされているのですか?
【松山】普通ですよ(笑)。朝起きてお勤めをして、掃除をして。最近は坐禅にいらっしゃる方が増えていますが、お葬式や法事もあります。
【島田】どうしてお坊さんになろうと思われたのですか?
【松山】もともと寺の長男だったということもありますが、思春期の頃はお寺を継ぐのが嫌でした。お坊さんの嫌なところが見えたり、言うこととすることが違うと感じたり。けれども大勢の方が私が継ぐことを望んでくださっていたこと、そして心の底から尊敬できるお坊さんに出会えたことが大きな要因です。
【島田】どんな方ですか?
【松山】大学院生の頃、農業や農地の研究をしていました。そのとき、長野県飯山市の農家に半年間住み込みで研究をしたんです。実家が妙心寺なので、近くに妙心寺派のお寺はないかと探して、たまたま訪れてみました。すると檀家を一軒も持たず、托鉢だけで生活されている。ご住職に出会い、こんな人がいるのかと衝撃を受けました。オープンで地域の人たちみんなから慕われ、尊敬されているのです。こんなにすごい人がいるならばこの世界は間違いない。そのお姿を見て確信を得ました。
マインドフルネスや禅を極めると成長意欲がなくなる?
――仏道に入った松山さんと、マインドフルネストレーナーの資格を持つ島田さん。お二人はマインドフルネスについてどうお考えですか?
【松山】仏教の教えである八正道(はっしょうどう)〈仏教において涅槃(ねはん)に至るための8つの実践徳目。正見(しょうけん)、正思惟(しょうしゆい)、正語、正業(しょうごう)、正命(しょうみょう)、正精進(しょうしょうじん)、正念(しょうねん)、正定(しょうじょう)〉の「正念」ですね。正念の心が禅ですから、マインドフルネスは本来、仏教由来のものだと思います。しかし、いまのマインドフルネスはややテクニック・ハウツー的に用いられて、もったいないと思います。
【島田】とても共感します。本質つまり、それが何のためのものなのかを見極めなければならないですよね。
【松山】以前、藤田一照(曹洞宗の僧侶)さんと対談をしたときにも話題になりましたが、食事にたとえるなら、玄米食が良いからと玄米ばかり食べていたら健康になるのかというと、そうではない。ほかの野菜やおかずもあって初めて、玄米が体に良いものとなる。これと同じで、八正道から「正念」だけ取り出して、これさえやっていればよいというのはどうかと思うのです。もちろんきっかけとしては良いと思いますが。
――マインドフルネスや禅を極めると、心が落ち着きすぎて成長意欲がなくなるという声もあります。
【松山】こう考えてみてください。たとえば、職人さんが良いモノをつくりたいと思うのは、はたして悪いことでしょうか。もちろん自分自身のためという側面もありますが、世のため人のために良いモノをつくりたいという向上心ゆえです。一方、これをつくることで成功したいとか、評価されたいとか、それは明らかに私利私欲の気持ちです。マインドフルネスは決して、私利私欲のためのものではなく、より自然に世のため人のために尽くせるようになるのが本来の姿だと思うのです。
何のためにマインドフルネスをするのかという部分が抜けてしまうと、本末転倒です。最終的には世のため人のためというような、そういう想いや願いがあっての「正念」なのです。単に心を落ち着かせるとか、気持ちを集中させるということではない方向性、それが重要です。
マインドフルネスをすることによって何かを得ようと思っているうちは、目的や効果に心を奪われる生活と変わりません。もちろん集中力も仕事の効率も上がり、体調も良くなるかもしれない。けれどもそれはあくまでも「おまけ」です。
心を整えることが頭を整えることにもなる
【島田】私はこれまでずっと組織・人事の仕事をしてきました。悩みの相談に乗ったり課題解決のために人のニーズを知ることでその人のモチベーションが上がるサポートをすることが専門分野です。人間への興味、人を育むことへの関心が広がりNLP(Neuro Linguistic Programming)を知りました。マインドフルネスとの出合いはそのときでした。
NLPとは、思考のクセやパターンに気付き、それを書き換えて新しい思考や行動ができるようにするための学問。師匠が密教のお坊さんということもあり、NLPと仏教に触れるうちに、両者には共通点が多いことに気付きました。
誰しも、自分では気付いていない思考のクセがあります。そこへの効果的なアプローチがNLPで、自分に気付くための手段の1つとしてマインドフルネスがあったので、私のなかにすーっと入ってきました。
私がマインドフルネスをビジネスに取り入れているのは、効果を実感しているから。現代人は「忙しい」が口癖で、一瞬たりとも「いま、ここ」に立ち止まることはなく、次から次へと来るものをさばき、したことを後悔し、翌日のことを心配する。そんな毎日のなかで、たった数秒でも目を閉じて呼吸に集中する。それだけで体も表情もゆるみ、ワサワサした感覚がなくなるのです。
――島田さんは、どのように社内で広められたのですか?
【島田】まず社内のトレーニングに取り入れました。マインドフルネスと銘打って開催したこともあれば、あえて言わず「リーダーシップ研修です」と伝えて開催したことも(笑)。リーダーシップとはその人のあり方ですから、マインドフルネスのプログラムを体験すれば、リーダーシップも必ず磨かれます。心を整えることが頭を整えることにもなり、それがその人のパフォーマンスにも影響する。つまり、あり方を整えることがすべてです。その人がなぜ生きているのか、人生の目的は何か、そういうところまでつながっていく。だから、先ほど松山さんがおっしゃった、欲のためにするのではないというお話にはとても共感します。
【松山】本当にマインドフルな方は、良い感じに力が抜けていますね。
【島田】はい、思いきり楽しむというか、やり切っているというか。けれども無理せず、抗っていない。自分の体験も含めて、現代人は抗っている人が多いと思います。ところが流れに委ねると、必要なことが勝手に起きる。とくにここ数年、私自身がそれを感じています。無理して何かをしたり求めたりしなくても、必要なことは勝手に起こる、そんなイメージです。
【松山】本来、人にはそれぞれすべきことがあります。農業をしている人は畑を耕すとか、お坊さんならお勤めをするとか、その人の役割があります。それを一生懸命やっていれば、そのうちご縁はついてきます。変に色気を出さないほうがいい。
気合を入れて「マインドフルになるぞ!」と思うのは、それ自体がそもそも違う。そういったことが、いまのビジネスパーソンの方には欠けていることではないでしょうか。
「枠じゃなくて、ワクワクを考えよう」
【島田】「~しなければ」だらけですからね。本来、その人が持っている能力や可能性を十分に発揮すれば、すべての人がハイパフォーマーです。そうなれる場所は必ずあるし、それを見つける力もある。それなのに、世間の目とか人からこう思われるとか、見えない枠をはめてしまっています。
私はいつも「枠じゃなくて、ワクワクを考えよう」と言っています。ワクワクは、シンプルな言葉だけれどすごくパワーがあって、それでいいんじゃないかなと思います。
【松山】禅の修行には「すべき」というオーダーが非常に少ないんです。極端に少なくしたうえで、それを突き詰めていく。現代は気を配らなければならないことが山ほどあって、一つ一つの動作が疎かになっています。お寺ではお茶の淹れ方や障子の開け閉めで、この人は何年くらい修行したかがすぐにわかる。にじみ出てくるんですね。
現代人はいろいろとやっているようで何もできていない。私が道場で得た学びは、オーダーは少なくてよいので、一つ一つを丁寧に極めることでした。
【島田】ビジネスでは「70:20:10」という考え方があります。学びや習得を100としたときに、70は実際に取り組む、20は人との関係性、10がレクチャーです。つまり7割は体験からしかわからないから、まずはやってみる。さらに大切なのは、メンバー一人一人をマインドフルに認識しているのかという点。その人の強みに気付けていると、チーム全体で成果を出すために、その組み合わせができます。そして、そこにいる全員がマインドフルであるか、心がそこにあるかを常に意識します。
【松山】そういう意味で、仏教や禅、マインドフルネスがビジネスに役立つことは多々あると思います。ただ、繰り返しますが、役立てようとして取り入れるのではなく、取り入れていたら勝手に役立っていたというのが本来の姿ですね。
妙心寺退蔵院副住職
1978年、寺の長男として京都府に生まれる。東京大学大学院農学生命科学研究科修了。3年半の修行生活を経て2007年より現職。16年、日経ビジネス「次代を創る100人」に選出。著書に『ビジネスZEN入門』など。大学院では日本酒を研究していた。
島田由香(しまだ・ゆか)
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス取締役 人事総務本部長
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、パソナに入社。幅広い人材関連事業に携わり、米国コロンビア大学大学院で組織心理学修士号取得。GEにてHRマネージメントに携わった後、2008年にユニリーバ・ジャパン入社。14年より現職。幼いころからの関心事は「モチベーション」。