マイクスタンドからマイクを取って話す

最近はイベントでも女性が前に出て挨拶をする機会が増えてきました。女性登用アピールからか、同じ役職であれば女性に、ということが多いようです。先日も、ある女性役員の方からこんな質問を受けました。

「舞台上で挨拶するときに、演台があれば楽ですが、演台がなく全身をさらけ出しているときは、すごくいやです。何となく裸で立っているような気持ちになり、足もガクガクと震えて緊張してしまって。何かいい方法はないでしょうか」

これは結婚式の祝辞やパーティの挨拶などのときも同じですよね。

▼「手持ちぶさた」な状態が緊張を感じさせる
写真=iStock.com/Halfpoint

何も持たずに全身が見られる状態で人前に立つのは、プロであってもいやなものです。まずおすすめはマイクスタンドから外して、マイクを持つことです。何も持たずに「手持ちぶさた」な状態が緊張を感じさせます。それならば何かを手に持てばよいのです。マイクを取るときに注意したいのは電源です。すでにマイクの電源が入った状態でスタンドに用意されていることがあります。うかつに取るとゴボゴボと音を立てることもあります。それを防ぐためには、スイッチが入っているかどうかを確認し、入っている場合はスイッチを切ってから取る。スイッチのないプロ仕様のマイクの場合は、ゴボゴボと音が鳴らないようにやさしく取るしかありません。マイクのスイッチがあるかどうか、マイクのスイッチが入っているか切られているかなどは、事前に下見で確認しておくとよいでしょうね。自分の目で確認してもよいし、会場のスタッフに聞けば教えてくれるはずです。会場の広さや演台があるかどうかなども併せてチェックしておきましょう。前日までに下見できなくても、当日始まる直前でもかまいません。

マイクを外す方法が使えない場合は、マイク以外の何かを持つようにしましょう。おすすめは、マイファイルです。舞台用の小道具として自分専用のファイルを作ってしまうのです。会社のロゴが入ったファイルでもいいですし、当日のレジュメなど、持っていても不自然でないものをクリアファイルに入れてマイファイルにすることもできます。ただしファイルは持っていることが「ノイズ」にならないものが条件です。例えば、ファイルにかわいいキャラクターや自分の好きな俳優の写真などがついていると、話の聞き手はそちらのほうに気を取られてしまい、肝心の挨拶の内容を聞いてくれないからです。

そして、そのファイルをただ持つだけでなく持ち方を工夫することでより緊張対策としての効果を高めることができます。マイファイルを手でギュッと握り、体の横におろしましょう。力を入れて握ることで、意識を1つに集中できます。そうすれば全身をさらけ出しても、緊張を感じたり、そう恥ずかしい気持ちにはなりません。

クリアファイルがいいのは、しっかりと握れるからです。紙の資料だと、握ってもふにゃふにゃとしてしまい力を入れて握ることができません。ポイントは力を入れて何かを握ることなのです。

5本指ソックスの足指に力を入れ地面をつかむ

手に何かを握り緊張を分散する方法をお伝えしました。しかし極度に緊張すると上半身にどんなに力を入れても、足がガクガクと震えてしまいます。「足が震えちゃってる……」と震えていることを自覚することで、さらに緊張が増す、ということもありがちです。そうならないために、極めつきの方法は足です。とにかく“足を踏ん張る”。足指が1本ずつ入る5本指ソックスなら、地面を足指でつかむように踏ん張れる感覚が得られます。しかしパンプスを履いていると、5本指ソックスは難しいですよね。その場合は5本指ストッキングも販売されているので試してみてください。安くはないですが、挨拶を成功させるための投資と思えば安いものです。5本指ストッキングをはいて、パンプスの中で足指一本一本に、ぐっと力を入れて立ちます。そうすると自分の体を足で支えることができ、自然と気持ちが落ち着いてくるはずです。

さらに、両足がそろっている“気をつけ”の姿勢は、緊張を増幅させます。立つときはどちらかの足を1歩前に出します。そして足指をぐっと立てて、下半身に力を入れましょう。下半身が安定し、足が震えることはありません。

イラスト=米山夏子

人前で話すことに自信のある人が「感じ悪い」わけ

そもそも、人前で話すときになぜ緊張してしまうのでしょうか? 理由を聞くと「苦手だから自信がない」という人が非常に多い。

そんな方に私がいつもお伝えしているのは「自信はつけてはならない」ということです。なぜなら自信のある人の話し方は、鼻につく、いやらしい印象を与えることがあるからです。あなたの周りにもいませんか? 人前で話すことに自信があり、確かに上手なのだけれど、何だか感じの悪い、好きになれない人が…(笑)。

自信という字は“自分を信じる”と書きます。自信をつけるとすれば「私は話せる」という自信ではなく、「私は準備をした」ということに対して、自信を持ってほしいのです。

「今日のこのプレゼンのために1カ月前から準備してきた」、あるいは「準備のために徹夜して頑張った」など、どれだけこのために準備してきたかということに自信を持ってもらえれば、緊張は緩和され落ち着いてきます。つまるところ、緊張は準備不足に対する心理的不安からくることが多いのです。準備するなかで「なかなか覚えられない。当日全部忘れてしまったらどうしよう」などと、不安がいろいろと出てきてしまうのですね。

ですから私があらためてお伝えしたいのは、緊張とうまく付き合おう、ということです。この連載で毎回ご紹介している“私プレゼン”を意識し、準備していることに自信を持っていただきたいのです。

残念ながら緊張は完全に消し去ることはできません。しかし、緊張はその舞台を大切に思っている証拠、準備をした証拠。悪いことではありません。どううまく付き合うかということが肝要なのです。

矢野 香
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、博士号を取得。国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。