働けるチャンスがあるなら挑戦してみたい。でも、何年もブランクのある女性を実際に採ってくれる企業なんてあるの……? “働き方改革”を進める企業代表のお二人に、ブランク女性が秘める可能性を語っていただきました。

(左)サイボウズ 代表取締役社長 青野慶久さん(右)Waris 代表取締役 田中美和さん

――今日はお二人に、“ブランク女性の人材としての魅力”について語っていただきたいと思います。実際に、両社で共同事業も実施されたとか。

【田中さん(以下、敬称略)】はい。2016年6月に、「キャリアママインターン」というプログラムを実施しました。私たちは総合職の経験が10年以上のキャリア女性と、高スキル人材を求める企業をマッチングするサービスを行っていますが、登録者の女性の中には高いスキルがありながらも「離職年数が長い」という理由だけで選考から外されてしまう方が多いことが気がかりでした。ブランクのある女性を採用するというノウハウが日本の企業社会にはまだ根付いていないという課題を感じると同時に、女性側にも自信を取り戻す機会が必要だと考え、サイボウズさんと企画しました。

【青野さん(以下、敬称略)】労働力不足が進み、ますます採用活動が厳しくなる中で、これまで労働市場に組み込まれていなかった女性たちこそ、優秀な人材として活躍いただけるんじゃないかと思いました。そんな仮説をもってインターンをやってみたら、もう期待以上のアウトプット! 今回は5人の女性たちに参加いただいたのですが、相当優秀な方々ばかりでした。

【田中】女性たちが実際に企業内で職務体験をした後に、自信と意欲を取り戻してくださったというのは私もとてもうれしかったです。

【青野】経歴を見ても、そうそうたる企業で重要かつ責任のある仕事をなさってきた方ばかりで、能力も高い。他社でも引っぱりだこでしょうと思ったら、そうでもないそうですね。

【田中】そうなんです。離職期間が数年あるというだけで書類選考の段階で落とされてしまうことがほとんどです。

【青野】その判断がまったく理解できませんね。

【田中】ブランクがある分、能力まで目減りするかのような印象を持つ人事担当者が多いのは残念ですね。

【青野】いや、むしろブランクがあることは経歴上“プラス”になると僕は見ています。これは僕自身が子どもが生まれるたびに育児休業を取ったり、短時間勤務を選択してきた経験から実感しているのですが、企業側が“ブランク”と位置付ける時間に、決して「何もしていない」わけではないんですよね。家事、育児、地域活動を通じて、“社会”を見て深く関わっている時間なんです。この「社会にコミットする経験」というのは企業にとってマイナスどころか、市場で勝つために絶対に必要な要素。なぜなら、企業の命題は突き詰めると「社会の問題解決」だからです。ずっと会社の中にいる人よりも、社会にコミットした経験のある人のほうがアウトプットは高くなると僕は思っています。

【田中】「ブランクは決してマイナスではない」というメッセージは、アメリカで人材インターン事業を行うキャロル・コーエンさんも強く発信されていますね(参考:アメリカで進む「40代からのインターン」 http://president.jp/articles/-/22142)。いわく、「キャリアブランク」ではなく「キャリアブレイク」だと。より多様なものの見方や思考を吸収するためのブレイクとして、離職期間をとらえるべきだとおっしゃっています。

田中美和●Waris 代表取締役。1978年生まれ。慶應義塾大学卒業後、日経ホーム出版社入社(現日経BP社)。雑誌編集に携わった後、フリーランス記者を経てWaris(ワリス)設立。著書に『普通の会社員がフリーランスで稼ぐ』。

【青野】興味深いですね。そもそも世間でとらえられている「働く」の定義の範囲が狭いのではないでしょうか。会社に行って給料をもらうことが「働く」で、家事や育児は「働く」ではないのはおかしい。家事や育児をアウトソースしたら安くない料金が発生しますよね? れっきとした仕事ですよ。だから、会社に所属して給料をもらう期間だけを「働く」と考えることには相当違和感があります。

【田中】ビジネスの実務特有のスキルやコミュニケーションの面で勘を取り戻す時間は少し必要かもしれませんが、論理的思考やチームワークといった人材の基礎スキルはブランクによって劣化しないはずです。日ごろ女性たちにヒアリングをしながら、優秀な方はやはり優秀だと感じています。

【青野】日本の大企業でのモデルは、一律に新卒で一括採用して、1年、3年、5年、10年……と連続した時間の積算に比例する形で人は成長していく、という前提の考え方がありますね。でも、実際には仕事ができない課長や部長はざらにいて、優秀か否かは勤続年数で測れないんですよね。一度、会社生活を離れたほうが、ひらめきの感度がより磨かれる人だっている。「アイデアで新たな価値を創造する」をミッションとする仕事であれば特に、ブランクは強みになると僕は思います。

――サイボウズのようなIT企業では、常に時代に取り残されないようにスキルのバージョンアップをしなければならないというイメージがあります。それでもブランクは強みになると言えるのでしょうか?

【青野】確かにIT企業を取り巻く環境の流れは日進月歩ですが、それについていくための努力は誰もがしなければいけないことですし、本気で勉強すればすぐに習得できます。むしろ、「実際にママ友コミュニティーでSNSがどう使われているか?」といった消費者目線では、離職期間のある方のほうがたけている可能性だってあるんじゃないかと思いますけどね。

【田中】青野社長のように言っていただけると心強いのですが、実際には自信を失っている女性がとても多いのも事実です。難関資格を持ち、非常に高いスキルを備えている女性でも、「私はもう通用しない」と一歩を踏み出せないんです。だから、背中を押してあげる仕掛けづくりは必須だと感じます。

【青野】自信を持ってほしいと思います。ずっと会社にいる男性たちには決して得られない、生活者視点という強みを備えているんですから。

【田中】育児や地域活動を通じて磨かれた「大人力」も強みになりますよね。

【青野】ああ、なるほど。わかります。

青野慶久●サイボウズ 代表取締役社長。1971年生まれ。大阪大学工学部卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。97年、サイボウズを設立し、05年より現職。3度の育児休業と短時間勤務を経験。著書に『チームのことだけ、考えた。』など。

【田中】今はどの企業でも、決まりきった正解の型があるわけではなく、混沌(こんとん)とした中からイノベーティブなものを生み出す力が問われる時代ですよね。その過程では、臨機応変に問題発見・解決ができる柔軟な対応力というのが求められる。仕事仲間も顧客も、多様なバックグラウンドを持つダイバーシティの時代でもあります。そこで発揮されるのが、育児や地域活動で得た柔軟な対応力だと思うんです。本当に複雑で混沌とした世界での問題解決能力を培ってきたのだと、見方を変えていただきたいです。

【青野】深くうなずけます。子どもなんて、言うこと聞かない相手の代表ですからね。毎朝大変です(笑)。

【田中】かわいいですね(笑)。

【青野】かわいいんですけど、一分一秒を争っているときに限って……(笑)。こういう日常を繰り返していると、完全に腹が据わりますよね。想定外のことに対して耐性がつく。どんなに理不尽なことが起きても落ち着いて対処できる。これ、変化の激しい今の時代にはすごく大事なビジネススキルですよ。また、ブランク女性に限らず時間制約がある社員に言えることですが、時間管理能力はバツグンですね。徹底的に優先順位を見極めて重要なタスクから着実に取り組んでいく。

【田中】複数の仕事の優先順位を瞬時に判断して処理していくマルチタスク能力は、まさに育児や地域活動の経験から鍛えられるのでしょうね。

【青野】総理が「脱・長時間労働社会」を掲げましたが、今まで長時間労働に頼ってきた人は本当にまずいですよ。生産性の差があからさまに見えてしまいますから。時間制約のある中で必死に結果を出してきた人との差が。

【田中】育児経験のある女性たちにヒアリングを重ねていると、会社から帰宅した後の育児タスクがいかにハードであるか、伝わってきます。こういった日常をイメージできるかどうかは、これからの組織のマネジメントで欠かせない視点になってくると思いますし、その発信源としてもブランク女性は貢献できると思います。

――満足できるキャリア復帰ができる女性の共通点は? 大企業でかなり専門的なスキルを積んだ人でなければ厳しいのでしょうか?

【青野】社会経験がある方に求められるのはやはり即戦力ですので、「これができます」とハッキリと言える方には企業も接点を持ちやすいと思います。

【田中】そうですね。必ずしも大企業の出身ではなくても、「私はこれが得意です」と胸を張って言える経験をアピールできることが大事なポイントかなと思います。

【青野】一番不安なのは「仕事感覚を取り戻せるか」という点かもしれませんが、今回のキャリアママインターンの参加者を見ていて感じたのは、非常に“キャッチアップ力”が高いということです。中途採用の場合、ハイキャリアの方ほど「私はこういうやり方でやってきたから」と拒否反応を示す人が多いのですが、ブランク女性たちはとても謙虚な姿勢でキャッチアップしようとしてくださった。受け入れたり、上手に諦めたりするのがうまい。即戦力につながる経験を持ちながら、柔軟な吸収力もある。人材として、とても大きな魅力です。

【田中】そうなんです。その謙虚さがブランク経験のある女性たちの最大の魅力なのかもしれません。ブランク期間があるからこそ「働く喜び」を真っすぐに受け取ることができるし、本当に意欲が高い。

【青野】そこに安心感があるんですよ。謙虚さがスピーディーなキャッチアップ力につながって、喜びを感じながら働いてくれるのだから自然と成果も出る。何より会社の風土づくりにとてもいいと思っています。育児経験豊かな社員もいることで、例えば若い女性がワーク・ライフ・バランスで悩んだときの相談相手になってもらえる。多様なロールモデルが社内にいることは、全体の離職率低下につながるはずです。

【田中】確かに、比較的長い育児期間を経て復帰された方には、会社の中の“お母さん”的存在になっている女性が結構いるようです。組織の中の関係性の質を向上させるキーパーソンにもなりえる存在だと思います。

――最後に、これから復帰を考えている女性たちにエールをお願いします。

【青野】育児や社会に深くコミットした経験を強みととらえて、自信を持って一歩を踏み出してください。働き方が根底から変わっていくこれからの時代、主役となるのは女性です。一緒に頑張りましょう。

【田中】気になる業界のニュースを検索してみる、新聞を読むといった小さな一歩からビジネススキルの磨き直しはできると思います。家族を味方につけながら、少しずつアクションを始めてみてください。応援しています!