メールや電話もよいけれど、手書きの手紙が届いて「おっ?」と印象に残った経験はありませんか。今回、日常的に手紙を書いているという著名人に、手書きの魅力を語ってもらいました!

手紙は書くのももらうのもうれしい小さなギフトなんです

作家・小川 糸さん

私は手紙を書くのが好きなので、封書で返事をいただくことも多いですね。本当に手紙上手な友人がいて、届いた封筒が郵便受けに入っていると封を開けるのも嬉しくて、とてもワクワクします。

手紙というのは、ただ近況などを報告するだけでなく、その人の周りにある空気感も伝わります。直筆の手紙を封筒に入れて切手を貼り、ポストに投函すると、人から人の手を経て相手に届けられる。手間がかかるものだけに、送る人と受け取る人の間で心通い合う物語が生まれるのだと思います。

そんな手紙を題材にして書いた作品が『ツバキ文具店』です。鎌倉を舞台に、先代が営む代書屋を継いだ女性が、町の人たちから代筆を頼まれる、手紙をめぐるお話。かつて好きだった女性の幸せを願う手紙、天国にいる夫から妻に宛てたラブレター……など、さまざまな物語が紡がれていきます。

この本を刊行するにあたり、書店員さんたちに宛てて手紙を書きました。日頃お礼を述べる機会はあまりなく、感謝の気持ちを伝えたかったのです。

ふだん自分で手紙を書くときは、日々の暮らしが殺伐としていると、なかなか筆も進まないもの。手紙は相手に気持ちを伝えると同時に、自分自身に対しても冷静に向き合うことになるので心の余裕が大切です。1週間に1度くらいはきちんと手紙を書く時間をつくるようにしています。

友人にお礼を伝えるときもメールで済ますことはできるけれど、手書きの言葉は伝わり方も違うと思うので、お礼状をさっと書いて送ります。さらに踏み込んだ内容になれば手紙という形にしたほうが礼儀を尽くせるでしょう。

“ここ一番”の手紙は深くお辞儀をするような緊張感で

たとえば本当に申し訳ないことをしてしまったときなども、お手紙で「ごめんなさい」の気持ちを伝えるほうがいいかなと思います。私も中学の頃、部活でかなり悪いことをしたようで顧問の先生にひどく怒られました。そこで何枚にもわたって反省文を書いたら、すごく褒められて(笑)。きちんと反省して誠実に謝ることが大事なのだと学びました。

時には自分がそんなつもりで言ったわけではなくても、相手を傷つけてしまうなど、気持ちの行き違いで誤解を招くこともある。『ツバキ文具店』の中でも、断りの手紙や絶縁状を書いてほしいという依頼が来ますが、そうした否定的な気持ちを伝えなければいけない場面でも手紙が活躍する場はたくさんあると思います。

私自身も“ここ一番!”と勝負をかける手紙を書くときは緊張感がありますね。深くお辞儀をするような感じで、きちんと背筋を伸ばして書かなければいけないので、万年筆を使います。

仕事の区切りで編集の方にあらためてお礼を伝えたいとき、今回のように初めて書店員さんたちに宛てた手紙も下書きを重ねて書きました。

刊行直前の3月末、書店員さんに宛てた手紙。ちょうど桜の時期で薄紅色の便箋に書いた。

勝負手紙を書くのは仕事の場が多いので失敗は許されず、一度きりで言い訳もできません。依頼状など簡潔で事務的なものでも、手書きであれば、より真剣さも伝わる気がします。誠実な気持ちが相手に伝わることが大事で、それはラブレターでも依頼状でも変わらないと思うのです。

小川 糸
作家。デビュー作『食堂かたつむり』が大ベストセラーとなり、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、13年にフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞。その他の著書に、小説『喋々喃々』『つるかめ助産院』『あつあつを召し上がれ』『サーカスの夜に』、エッセイ『ペンギンと暮らす』『こんな夜は』『たそがれビール』など多数。