キャップを開けるとシュワッと爽快な音と喉越し。世界中に展開する「コカ・コーラ」の品質を多摩工場で保っているのは、工場初の女性社員のリケジョだった。

コカ・コーライーストジャパンの多摩工場に勤務する藤川雅子さんは、品質管理課という部署で働く。東京都の東久留米市にある工場への通勤には、自宅から1時間半ほどかかる。そのため7時半には家を出るが、「小学生の息子と娘が幼い頃は、本当に忙しかった」と振り返る。

コカ・コーライーストジャパン 製造統括部 多摩工場 品質管理課スーパーバイザー 藤川雅子さん

「2度の育休を取った後も、私は同じ課で働いてきました。同じ部署に戻ったからこそ、一人前以上に働かなきゃ、という気持ちだったのをよく覚えています。子どもが熱を出したりしても、夫と一緒に『若くて体力があるうちは気合だ』と毎日が必死でした」

これは子どもが小学生になった現在でも同じだ。働きながら子育てをしていると、ときどき思うことがある。朝は朝食や登校の準備、夜は夕食にお風呂、歯を磨かせて、子どもたちを布団に連れていく――。気が付くとそんな一日のサイクルを、仕事の延長のように繰り返しているときがある、と。

「そんなとき、これではいけないな、といつも思うんです。普段、子どもたちと一緒に過ごす時間が短いと、どうしても次はコレ、次はコレ、と接するようになってしまうものですよね。だから、なるべく彼らの話を聞くようにして、自分のほうからも母親の仕事を知ってもらうために、職場の話を積極的にするようにしています」

多摩工場の見学会に参加したときもいつも働いている現場を子どもたちに説明しながら見学して回った。職場の仲間とも家族連れで冬にはスキーに行くこともある。「コカ・コーラ」は世界中の誰もが知っている飲料。子どもの理解も早かった。

「このお兄さんはコカ・コーラの中身を毎日、何トンも作っているんだよ」

「あのお姉さんはジュースの味を調べるのが得意なの」

そんな会話をしていると、子どもたちの母親を見る目が少し変わった。工場のトラブルで帰りが夜遅くなると、以前は泣いていた娘が言うのである。

「ママは忙しいみたいだから、私もおうちでのお仕事を手伝うね、って。そんなときは胸が熱くなります。お互いにいま困っていることを共有して、理解し合うことを心がけています」

藤川さんの働く多摩工場は、同社の中でも50年以上の歴史がある。製造される製品は100種類にのぼり、なかでも瓶入りの「コカ・コーラ」が製造されているのは東日本では同工場だけ。彼女も就職活動で、その製造過程を見たときのことが印象に残っている。

「ラインを空の瓶がバーッと流れてきて、充填(じゅうてん)機を回りながら中身が詰められていく。それに次々と栓がされて、ザーッと出てくるのを見ていると、何だかわくわくしました。思えば私も大学の研究室では、よくあの赤い自販機でコカ・コーラを買っていました。世界中で親しまれている飲料を自分がつくるのは、ちょっと面白いかもしれないと思ったんです」

【上】コカ・コーライーストジャパン スーパーバイザー職の構成/全8工場では管理職であるスーパーバイザーの中で、女性は藤川さんただ一人。【下】仕事の必需品/キャップ型のヘルメットとつなぎのユニホーム。赤いロゴに、身が引き締まるという。

ただ、実際に2003年に配属された多摩工場は、文字通りの「男職場」だったという。

現在、工場で働く総勢209人のうち女性従業員は15人、藤川さんのいる品質管理の部署では、16人のうち半数が女性である。しかし、大学院で工学を学んだ彼女が製造職として配属された際、工場には女性エンジニアがまだ一人もいなかった。さらに社員の世代交代の時期でもあり、父親世代に当たる男性が半数を占めていた。

「今後は女性が現場でも活躍していくべきだから、逆境があっても頑張れ」

そう激励してくれる先輩社員がいる一方で、周囲の女性社員に対する戸惑いは深刻だったようだ。

「相手からすれば気を使っているだけだと思いますが、何をするにも『危ないから君は遠くで見ていればいい』と言われることもありました。女には機械がわからないし、そのうち別のオフィスワークをする部署に行くのだろう、という先入観があったと思います」

だが、それでは現場の仕事を覚えることができない。意気揚々と多摩工場に来た彼女にとって、それは最初の乗り越えなければならない「壁」だった。

 

12kgのケースも運び、女だからと言わせない

そこで彼女が力を注いだのは、工程や機械の内容や管理方法を自ら聞き、機械の説明書や仕様書を読み込み、仕組みを深く理解すること。

「幸いにも工学部の出身だったので、操作がわからなくても理解できることが多かったんです。操作がわからなくても、仕組みがわかっていれば何かあったときに意見が言える。そうやって知識を蓄えたことは、いまでもすごく役立っています」

香り、色などを含め、実験室で毎日製品のチェック。気温や機械の状態などによって日々少しずつ異なる条件の中で、同じ品質を保つために細かな確認を怠らない。

また、仕事中は挨拶と笑顔を欠かさない。12kgあるケースの積み降ろし作業も積極的に手伝うこと。

騒音が絶えない工場内は耳栓をしなければならないほどで、夏に大変な暑さになる場所があれば、冬の寒さがこたえる作業もある。ラインで働く従業員たちから現場の苦労や意見を丁寧に聞くうちに、彼女を見つめる周囲の目は「骨のある奴だな」というものに変わっていったという。

「それは工場に配属された新人社員が、必ず通っていく道でもありますね。誰もが一人ひとり、周囲に自分の能力をわかってもらう努力が必要なんです。そうして初めて、仕事を任される存在になっていくのですから」

そして、「初の女性エンジニア」として工場で働く彼女にとって、最も大きな体験となったのは最初の産休・育休を取得するときのことだろう。会社には制度は当然あったが、彼女より以前にそれを利用した者がいなかった。

「産休や育休を取得した後、自分がどんなふうに働いていきたいか。これまでと同じであることを望むのか、それとも働き方を変えるのか。人事部の担当者も初めての事例なので、希望を細かく聞かれ、自分の思いを伝えました」

学生時代から、結婚や出産で仕事を辞めるという選択肢は考えていなかった。だが、その思いは漠然としたもので、実際に人事部と話をして初めて、曖昧だったキャリアに対する希望が言葉になっていったという。

「そこから学んだのは、『自分がこうしたい』とか、『頑張らなきゃ』と思っているだけではダメだということ。特に女性の進出が進みつつある組織では、しっかりと希望を発信して、会社とも意見を交えていく必要がある。一つ一つの制度というのは、そうやって構築していかなければ生きた制度にならないんですね」

【上】工場の同僚たちと子連れでスキー旅行へ。みんな家族も参加するくらい仲がいい。【下】勤務者の家族を対象とした工場見学会に子どもたちと参加。いつも働いている現場を子どもたちに説明しながら見て回った。

いま、彼女は同工場の品質管理課のスーパーバイザーとなり、部下をまとめる立場にもなった。同社には多摩工場の他に、7つの生産拠点がある。今後、より上の立場へと昇進していく過程で、様々な課題が家庭と仕事を両立するうえでも出てくるだろう。

「各部署に活躍する女性社員も増えて、今では男女の区別なくあらゆる仕事を任される雰囲気になりつつあります。その中で私もいろんな挑戦をしたい。そのたびに見える景色がきっと変わると思うので、その変化を楽しむくらいの気持ちでいます」

▼藤川さんの24時間に密着!

6:00~6:30 起床
6:30~7:30 朝食・子どもの宿題
7:30~9:00 通勤、読書、PTAや習い事の連絡
9:00~9:30 出勤、始業MTG
9:30~10:00 工場マネジャーMTG
10:00~12:00 進行中のプロジェクトMTG
12:00~13:00 昼食
13:00~17:00 工場で工程の検証作業、分析し報告書にまとめる
17:00~17:30 検証予定の打ち合わせ
17:30~18:00 日報確認、報告、連絡
18:00~20:00 退社/電車内で本や食材をスマホから注文
20:00~20:30 夕食
20:30~21:00 家事、子どもの宿題
21:00~24:00 入浴、ストレッチ、読書
24:00~6:00 就寝

【左上から時計回りに】資材や洗浄剤メーカーなどサプライヤ-との会議。/この日は工場内の女性たちと食堂でランチ。/現場にて検証作業を行う。/日報の確認なども管理職としての仕事。
藤川雅子
コカ・コーライーストジャパン 製造統括部 多摩工場 品質管理課スーパーバイザー。2003年コカ・コーライーストジャパンプロダクツの1期生として入社。多摩工場品質管理課に所属。工程管理、微生物検査などを担当。04年、06年に産休・育休制度を利用して出産。15年3月より品質管理のスーパーバイザーとなる。