会社の信頼が失墜した原発事故。佐藤さんは補償相談室のマネジャーとして、補償に納得できない人の声を受けていた。もちろん厳しい仕事だ。佐藤さんはそれまで培ってきたマネジメント力をフルに発揮し、チームの一体感を高めて仕事に当たった。

子ども時代に感じた“明かりへの安心感”

社内から驚きをもって受け止められた執行役員就任から、およそ3年が経つ。佐藤梨江子さん自身も「マネジャーから突然、執行役員になるなんて人事はあり得ません」と寝耳に水の状況だったと振り返る。

東京電力 執行役員 佐藤梨江子●1990年入社。東京支店にて業務革新に携わった後、マネジャー層から経営幹部まで幅広い人材の育成を担当。2011年、福島原子力補償相談室にてお客さま対応をするチームのマネジャー。13年より執行役員。

なんで私なの? と自問し、自分なりに答えを出した。

「今まで現場に一番近いところで、お客さまにも一番近いところで仕事をしてきたからかな」

入社は理系採用だったが、生粋ではない。小説『最後の授業』を読んでフランス語に興味を持ち、お茶の水女子大学で文学を専攻。

「社会に出る前に世の中のことも知っておこう」と筑波大学大学院へ進んで環境科学を学ぶ。

修士課程が終わるとき担当教授から、東京電力が地球環境研究室を新設するらしいと聞き、よみがえったのが子ども時代の記憶。

「私、長崎県の島生まれで、田舎に住んでいました。バスで学校から帰るんですが、バス停から家まで10分くらい歩かないといけません。その間、街灯が2個くらいしかないんです。でも暗闇でその明かりを見るとホッとしました」

明かりへの安心感があった。

一緒にご飯を食べたい気持ちに気づかなくて

入社して最初に配属されたのは技術系の職場。変電所の建設や、新築ビルの電気供給ルートを検討する部署だ。

「電気の世界はオームの法則くらいしか知らなくて、今思えば恥ずかしい初歩的なことを先輩に聞いて、困らせていました」

びっくりしたのは、まだ迷信が生きていたこと。

「地中に送電線を引く工事現場を見せてほしいと先輩に頼んだら、『ごめんな。土の神様は女性だから現場に女性を連れていくと焼きもちを焼いて事故が起きるって、請負の人が嫌がるんだよ』と断られました」

ロクシタンのハンドクリームは季節に応じてさまざまな種類を使いわけ。またチョコレート好きを公言しているため、同僚からお土産にもらうことも。

そんな時代だから技術系の職場は基本、男性ばかり。ただし、庶務には女性の先輩たちがいた。年は佐藤さんと同じくらい。ランチでちょっと失敗してしまう。

「庶務以外に初めて女性が来るというので、すごく期待し、かわいがってくださろうとしたんです」

佐藤さんが男性社員と会議に入って昼休みに食い込んでも待っていてくれた。佐藤さんは、それは申し訳ないと思い「先に食べてください」と頼んだ。それが何回か続いた後のことだ。「せっかく私たちが待っているのに」ときつく言われた。

男性職場の中に、中高生にありがちな、「どこに行くのも一緒」というような文化が育まれていた。佐藤さんは「女性の人間関係って難しいな」と感じた。

研修シーズン、土日はほぼつぶれ……

1999年夏、営業部門に異動する。

「技術系で仕事をしていくうちに、お客さまと向き合う仕事のほうが合っているかなと思い始めました。相手が喜ぶことを考え、それをかなえるのが好きでしたから」

(上)1990~1999年(中、下)2006年~2011年

営業部門に移った佐藤さんはセールスそのものよりは管理職のマネジメント力向上の仕事に携わるようになる。2000年から電力小売りの自由化が段階的にはじまり、経営層は、競争を勝ち抜くため、マネジャーが現場の力をうまく引き出すことが不可欠だと考えた。その期待を背負う仕事だ。

佐藤さんはその後、営業部門に加え、業務マネジメントの改革にも関与し、06年からはあらゆる階層でイノベーションを生み出すための研修を担当するようになる。なかには部長や執行役員相手のものもあった。

「そのクラスだと土日しか研修できません。マネジャーは私一人、メンバー4人の小さなグループで大きな研修をいくつも回しました。私はすべてを見なくてはいけなかったので、研修シーズンの7月中旬から2月の終わりまで土日はほぼつぶれましたね」

平日はほかの研修が入るし、土日の研修のフォローや次の研修に向けた講師との打ち合わせなど、仕事は次々と押し寄せてくる。

「仕事はおもしろいし、やりがいもありましたが、自分の時間が持てなかったのは辛かったですね」

その時期を切り抜けられたのは、心の底に入社時の思いがあったからかもしれない。「自分たちが頑張れば世の中の役に立てる」

だが、すべてがひっくり返る。東日本大震災のときの原発事故だ。

培ったマネジメント力すべてを出し切った日々

佐藤さんはその年の8月、補償相談室に異動し、東京電力が提示する損害の補償額に納得できない人の電話を受け付けるグループのマネジャーに就く。

次々と叱責(しっせき)の電話が鳴る。

「なんで払えないんだ!」

それに対して丁寧に説明する。

メンバーは佐藤さんほか、あらゆる部門から集められた26人。日ごろ設備しか相手にしていない、会話下手な技術者もいた。メンバーの心が折れたら補償相談室は機能不全となり、それこそ被害にあった人たちの迷惑になる。

「厳しい仕事だけど全員でやり遂げなくてはいけません。各自がバックグラウンドもモチベーションも違います。メンバー一人一人に寄り添い、どうやったら100パーセント力を出してもらえるかといつも考えていました。自分が培ってきたマネジメントの力をすべて出し尽くしたと思います」

メンバーは一人も脱落することなく仕事をやり遂げた。だが事故の問題がすべて解決したわけではない。信頼の明かりを取り戻すため、フルにマネジメント力を発揮する日々が続く。

■Q&A

 ■好きなことば 
人生プラスマイナスゼロ(しんどい時期は、「これ以上落ちることはない」と、いい時は「調子に乗るな」と自分に言い聞かせる)

 ■趣味 
フィットネス、ガーデニング、料理

 ■ストレス発散 
犬と遊ぶ

 ■愛読書 
山本周五郎(全作品を揃えている)