テクノロジーの進化により、今までになかった「新しい仕事」が生まれています。この連載では、リクルートライフスタイルのアナリストであり、データサイエンティストとして活躍する原田博植さんを聞き手に迎え、新しい仕事の領域を切り開くフロントランナーにインタビューを行います。

今回は人気セレクトショップを多数展開する株式会社ユナイテッドアローズ(以下、ユナイテッドアローズ)で、CRMをリードする安藤彩子さんに、専門分野との出会いと覚悟についてお話を聞きました。

ユナイテッドアローズwebサイトより (http://www.united-arrows.co.jp/index.html)。ユナイテッドアローズ、ドゥロワーなど、働く女性からも人気の高いブランド名が複数並ぶ。2016年8月1日からは、会員サービスを大きくリニューアル。ハウスカードポイントの変更など、一連のリニューアルの裏には、CRMを担当する安藤さんの活躍がある。

もっとCRMに取り組みたくて転職

【リクルートライフスタイル 原田博植さん(以下、原田)】安藤さんは、なぜユナイテッドアローズに入社したのですか?

【ユナイテッドアローズ 安藤彩子さん(以下、安藤)】Webなどのデジタルデータを活用しながら、お客様との関係性を構築するCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の分野で、さまざまなチャレンジができるのではないかと考えたからです。前職の衣料品メーカーでもCRMを担当していたのですが、もっとCRMに取り組みたくて転職しました。ユナイテッドアローズは、お店もよく利用していましたし、社是である「店はお客様のためにある」にも共感していました。それに、オンラインとリアルの店舗(オフライン)の連携(O2O)で先進的な企業ということで、よくメディアにも取り上げられていて、前職でベンチマークしていた会社だったのです。

【原田】ユナイテッドアローズという会社は、ユナイテッドアローズ、ビューティ&ユース ユナイテッドアローズの他にもアナザーエディション、ドゥロワーなど、複数のストアブランド(以下、ブランド)を展開しています。そうした場合は通常、CRMを活用することにより、年齢に応じて単価の高いブランドへのステップアップを促したりしますね。

【安藤】確かに、他のアパレルメーカー様ではよく行われています。でも、当社は、そういった考え方とは少し異なります。気に入られた1つのブランドと長期的にお付き合いいただきたいという思いを基礎に持ったブランドが多いです。それと同時に、当社の多種多様なブランドやお店の存在をご紹介した上で、最終的に選ぶのはお客様ですから、実際のところ、特に若い人向けのブランドでは、ある程度の年齢になると、そのブランドを“卒業”されてしまうことがあります。ですので、その卒業理由に適時に応えられる、お客様にふさわしいブランドをご紹介できるといいと思います。データを分析してみると、年齢に応じてお客様が卒業するブランド、卒業しないブランドがあることが分かりました。

【原田】そういったことが分かるのが、データ分析の強みですね。人の心の動きをくみ取って解決策を示すことができるのが、分析の良さです。

【安藤】そうなんです。私はすべてのブランドを横断してCRMを担当しているので、どのブランドであっても、会社としてどうしたら長くお客様とお付き合いすることができるかを考えています。

 私が入社したのは2013年の8月1日なのですが、くしくも今年、2016年8月1日に、会員サービスのリニューアルを実施します。これまでは、お店での会員サービスと、オンラインでの会員サービスが分かれていたのですが、両者を統合するのです。私たちは、「顔と名前がわかるお客様を増やす」ことをサービスの目標に掲げています。ですので、この統合によって、店舗でもオンラインでも、お客様の顔と名前が分かっているような、きめ細かいサービスをシームレスに提供することを目指しています。ポイントカードの仕組みも変わります。これまでは、一定数のポイントをためていただいた場合は、ギフトカードをご自宅に郵送するというものでした。今後は、1ポイントからでも気軽に利用することができ、お客様の多様な購買スタイルに対応します。

全社、店舗へ働きかけるCRMの力

安藤彩子(あんどう・あやこ)さん。株式会社ユナイテッドアローズ 事業支援本部 デジタルマーケティング部CRMチーム リーダー。大学卒業後化粧品メーカーへ就職、その後トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社へ転職し、SPA事業の店舗運営・販売促進を経てCRMに従事、システムリプレイス・サービス刷新の一員としてグローバル社内表彰の“Coustomer Orientation”部門で優秀賞受賞。2013年株式会社ユナイテッドアローズ入社。CRM戦略・戦術プランニング、事業部向け顧客化コンサルティングなどを行っている。現在社内のCRM刷新プロジェクトおよびEC&CRM統合プロジェクトに参画。

【安藤】当社は1999年、日本ではお店で接客しながら洋服を販売することが主流の時代から始まっているので、店舗に対する思い入れが非常に強いです。一方で、これだけネットやスマートフォンが普及する中で、お客様からは便利さも求められていますので、オンラインストアのサービスも充実させています。小売業界では、オンラインから店舗へ、店舗からオンラインへ「送客する」という言い方をすることがありますが、私はあまり好きではありません。お客様に、さまざまな選択肢を提供し、それぞれに合ったブランドやお買い物の方法を選んでいただきたいと考えています。

【原田】なるほど。言葉の選び方から意識付けをしているのですね。他にもCRMの担当者として、気を付けていることはありますか?

【安藤】店舗であれオンラインであれ、もちろんお客様にはまず商品を気に入っていただき、さらにたくさん購入していただきたいと考えていますが、「たくさん買う」というのはどういうことなのか、全員が目線を合わせなくてはならないと思っています。同じ「たくさん買う」でも、例えば1回に100万円買っていただくのと、10万円を10回買っていただくのと、どちらがいいのか? 同じ価値なのか、違うのか。そこの目線を、社内の他部署とも合わせようと努力していますが、なかなか難しいです。

私たちCRMでは、同じ売り上げでも、買っていただく回数が多い方がいいと思っています。データを分析してみると、少額でも複数回購入の履歴があるお客様の方が、長く私たちとお付き合いをしてくださっているのがデータ上の結果で分かるからです。こうしたデータを活用しながら、長期にご来店いただくことを目指そうと、働きかけています。

【原田】とはいえ、世の中に「客単価」という言葉があるように、関係性の評価の仕方は組織機能ごとにさまざまです。社内の他部署のみなさんと目線を合わせるのは大変だと思いますが、どうやって推進するのですか?

【安藤】「現状を変えよう」という話は、「会社の外で何が起きているのか」という比較対象がないと判断できません。ですので、視線を外に向けてもらえるよう、「今、市場はこんな状態です」「他社はこんなことをやっています」という情報を提示した上で、「当社は何を目指しましょうか」というトーンで話をしています。

「CRMを手放すな」から生まれた覚悟

原田博植(はらだ・ひろうえ)さん。株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。人材事業、販促事業、EC事業にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。

【原田】ご自身のコミュニケーションを非常によくコントロールされていますが、それを一般化して引き継ぐことは難しそうですね。部下の育成で意識されていることは?

【安藤】ベースは教えるものの、必要以上に手取り足取りは教えないですね。自由にやってもらっています。私も、前の会社の上司に「自分でできるようにならないと、成長しないから」と言われ、必要以上に手を出さないスタイルでしっかり育成してもらえました。おかげで自立して仕事ができるようになったと思っています。

【原田】すばらしい。そのような尊敬できる上司に出会えてよかったですね。

【安藤】昔、「自分にはスキルがない」と悩んだことがありました。これからどうやってキャリアを築くべきか迷っていたときに、その上司から「CRMを手放しちゃいけない」と言われたんです。当時の私は、CRMはあまり好きではありませんでした。CRMの前は販売促進を担当していたのですが、そちらの方が、キャンペーンやプロモーションなど、やることも華やかですし、対象にする層が広いのでリアクションも大きい。それに比べるとCRMは地味ですから。でも、「CRMを手放すな」と言ってもらえたことに、今はとても感謝しています。私はCRMしかできないし、CRMこそが私のやりたい仕事です。CRMにおける専門的な知識・スキルを持っていると自負しています。

【原田】もともとデータの分析などは得意だったのですか?

【安藤】いえまったく! 大学も文系で、数字は苦手でしたので、最初は大変でした。5年くらい前のことですが、前職で、CRMのデータ分析を担当することになったときに、3カ月くらい週1回毎回5時間、データ分析のトレーニングを受けました。当時の会社から5人で参加していたのですが、一番パソコンが苦手で数字にも弱いのが私でした。とにかく行きたくなくて、つらかったです。

価値あるスキルが未来をひらく

【原田】いつ、そのつらさを越えて、おもしろさを感じるようになったんですか?

【安藤】カリキュラムが終わって、データ分析ツールを使って仕事をし始めてからです。これまで使っていたソフトでは分析できない量のデータを集計・分析することができ、ほしい情報が得られたときに、「もっとできるようになりたい」と思いました。

振り返ると、社会人になってから身につけたスキルの中で一番価値があったと思います。戦略を立てようとするときに、自分で根拠となるデータを分析できないのは苦痛です。自分で仮説を立て、数字を分析して腑に落ちて初めて、戦略のプランニングにつながります。自分で数字を見ることができるようになったのは、本当に大きかったです。

【原田】CRMに対する見方は変わりましたか?

【安藤】前は「CRMは地味」と思っていましたが、今はまったくそう思っていません。CRMはここ10年で大きく変わりました。昔はCRMといえば、ダイレクトメールを送るのがメインで、分析の範囲も狭かったです。今は、Webでも一人ひとりに合わせたワントゥーワンのマーケティングが可能ですし、プロモーションやキャンペーンなど幅広いターゲットに向けた販売促進の手法に代わるものになってきました。

お客様との接点も、Webの履歴やメールだけでなく、LINE、アプリなどチャネルが増え、得られるデータ量も大きくなっています。お客様の姿を知ろうとすると、すべてのチャネルのデータをつないで分析しないといけません。それだけの量のデータをきちんと分析して、お客様へのサービスのために使えるようになりたいと、今、あらためて思っています。CRMの持つマーケティングの力は大きくなりました。「CRMが地味」と言っていた自分が恥ずかしいですね。

【原田】仕事において価値観が転換することは、得難い経験だったと思います。いま、将来の夢や、“野望”はありますか?

【安藤】私は30代のこれまで、仕事をすごく頑張ってきたつもりです。ずっと、何か専門性がほしいと思っていたんですが、やっと、自分でも「CRMの専門的な知識を持っている」と思えるようになりました。そう思えるようになったことは、本当にうれしいです。ただ、それを手に入れるために結婚と出産を諦めたわけではないので、結婚して子供もほしいですね。ただ、結婚して出産してからも、社会から離れるつもりはないです。仕事を続けるだけでなく、しっかりとしたキャリアを築きたい。そこまでできたら、「私の人生、よかったな」と思えるかもしれないですね。

■インタビューを終えて
安藤さん、ありがとうございました。仕事にも、人生にも、まっすぐに要望して真摯に取り組んでいく姿勢を尊敬しています。CRMというご自身の専門分野も、出会いは魅力的なものでなくても、根気強く向き合うことでご自身の自信の源になるまでに鍛え上げられました。このように、一見クールそうに見えても実は内側に熱いものを持っている、つくづくツンデレな安藤さんだなあ、と思って活躍を見守っています。引き続き、こんな風に壁は乗り越えられるんだよ、という姿を見せていてくださいね。
原田博植(はらだ・ひろうえ)
株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。2012年に株式会社リクルートへ入社。人材事業(リクナビNEXT・リクルートエージェント)、販促事業(じゃらん・ホットペッパー グルメ・ホットペッパービューティー)、EC事業(ポンパレモール)にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2013年日本のデータサイエンス技術書の草分け「データサイエンティスト養成読本」執筆。2014年業界団体「丸の内アナリティクス」を立ち上げ主宰。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。早稲田大学創造理工学部招聘教授。