保育士の処遇は子どもの命につながる

「保育園落ちた日本死ね!!!」ブログからはじまった、保育園の保護者の乱。国会でとりあげられ、『保育園落ちた人』たちが国会前でデモを行うまでになり、国も緊急対応を検討。5月の一億総活躍プランには「希望出生率1.8」を実現するための抜本的な対策として、保育士処遇の改善が入ることになっています。

今こうしてみると、「働きたい人が保育園がなくて働けないのはおかしい」という、あまりに当たり前のことをなぜ言えなかったのか、不思議なぐらいです。

税金を払っているのに、行政サービスが受けられない、子育てのために必要なインフラ、働くために必要なインフラが整っていないのですから。

2016年4月14日に自民党本部で開かれた待機児童対策会議で、保護者や有識者8名が現状の報告や提言を行い、当事者である武村若葉さんからChange.orgで集まった2万7000人分の署名が手渡されました。約20名以上の議員が参加。さらにマスコミも詰めかけ70人の部屋が満員になるほどの注目ぶりでした。

会議に出席したジャーナリストの治部れんげさんは、有識者であり、保育園に子どもを預けた経験も。「目的は3つありました。(1)保育園に入ることの難しさ、入った後の問題を知ってもらう(保護者の声)(2)安全や最低基準という『質』をおろそかにして『量』を拡大するのは危険(専門家の声)(3)(1)(2)から、保育園を質量ともに増やすには、予算を増やす必要がある(提言)」

保育園事故に詳しい弁護士の寺町東子さんの資料では「『安全』を切り捨てない待機児解消策」が提言されています。「保育士の処遇の低さが子どもの命にかかわる」という現状があることがわかります。

「04~14年に保育所で起きた事故で死亡した子どもは163人。認可外保育所での事故が7割にのぼるが、認可でも50人が亡くなっている」(日経新聞)ということですが、保育事故はどこでも起こりうるし、つい最近も東京の一流企業の企業内保育所で死亡事故が起きていました。「質の悪い保育園は気をつけている保護者でも、なかなか見抜くことができない」と保護者の一人は苦労を語っています。

寺町さんは誤飲、アナフラキシーショック、窒息死、虐待など、「国基準の人員配置等の基準のリスク」を説き、配置基準、さらに専門職としての「保育士」の処遇改善について提言しています。

保育士は専門職であり、一番投資効果が高いと言われる就学前教育の担い手であり、プロの子育ての専門家として、保護者と一体となって子育てを担うチームメンバー。それが「平均勤続年数7.6年」の職場で、ほかの仕事に就く同年代の就業者に比べて年収で100万円近く低い報酬で働いている。いくら「やりがい」があっても、これでは持続可能な仕事とは言えません。

保護者も保育士もへとへと

保育士資格を持つ人が保育士としての就業を希望しない理由の一位は「賃金と希望があわない」という給与の問題、三位は「休みが少ない、とりづらい」という労働時間の問題がありました。

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【上】資格を持っているのに保育士になりたくない理由は?【下】処遇が上がれば、辞めにくくなる効果も《毎年4.9万人が保育士となるが、その7割弱である、3.3万人が離職している。(平成25年社会福祉施設等調査(厚生労働省統計情報部)》

長時間労働の職場の保護者に合わせて、保育士自身が長時間労働をしていることも問題です。2位の「体力面」での問題は、保育園探しに奔走する親も「へとへと」なら、保育士自身も「へとへと」な状態で働いていることを意味します。

保育士を「結婚、出産前の女性が自分の時間、やる気、体力の資源を無限につぎ込んで働く」ことが前提の「結婚前の若い女性向けの低賃金の仕事」と位置づけている限り、この問題は続きます。

それではどうしたら、保育士が増えるのか? 「就業を希望しない理由が解消したら」、保育士になりたいという人が6割もいます。

保育園反対運動には、総理がメッセージを!

境治さん(コピーライター/メディアコンサルタント)は、保育園反対運動についての見解を報告し、「反対する人びとは言い出したことに依怙地になり、取りつく島がなくなってしまっている。必要なのは、上からの大きな声。与党や政権から「保育園がまったく足りないので理解してください」と反対側に呼びかけてほしい。安倍首相が国会で胸を張って「反対している皆さん」と呼びかけたり、反対運動の町に国会議員が行って話をするべき。そうしないと絶対に解決しない」と提言しています。

その会の後に開催された一億総活躍国民会議のテーマには「保育士の処遇改善」が入り、民間議員のプレゼンの中にも「処遇改善のための当初予算を増やすべき」という提言が盛り込まれていました。

私も、「処遇改善しないと子どもの安全、命にかかわる」という提言をし、さらに境さんがおっしゃっていた総理からのメッセージを要望しました。こちらは予算がかからないことで、すぐにできるからです。

「ぜひ『保育園反対運動』の高齢者の方たちに『保育園が必要であること』を総理からメッセージを送って、子ども歓迎の風土を醸成していただけるようお願いいたします」

会議の最後のスピーチで安倍総理は、「保育士の処遇改善については、新たに2%相当の処遇改善を行うとともに、キャリアアップの仕組みを構築し、保育士としての技能・経験を積んだ職員について、競合他産業との賃金差がなくなるよう処遇改善を行います」と表明しました。

声を上げることは無駄ではない

保護者の有志グループは、待機児童問題について引き続き、ほかの党にも呼びかけを行っていくそうです。

治部さんは「いちばん驚いたのは『働きたい女性が働けないのはおかしい』と言う男性議員が複数いたことです。背景には『一億総活躍』や『女性活躍推進』の流れがあります。多くの議員が予算について触れており、問題の本質が予算であることは分かっているようでした。次の課題は子ども政策の優先順位を上げること」と言います。

今回の「保育園落ちた日本死ね!!!」ブログからの一連の流れは、今まで「どこの誰かわからない」と思われていたネット上のサイレントマジョリティがしっかりと対面で政府に訴えたこと、顔が見える関係になったことが大きいと思います。

声を上げることは無駄ではなく、小さな子どもがいる忙しい方たちもネット上で署名したり、記事を拡散することができる。それが政府を動かすというのは大きな体験ではないでしょうか?

あの子育てしやすいと評判のフィンランドでは、50年も前に母親たちが「保育園不足」に対してデモを行っていたそうです。

現在「保育についてあなたの声をお聞かせください」という厚労省の意見の募集がありますので、ぜひ活用してください。(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000117083.html

●国民会議でのプレゼンと提言全文のアメブロはこちら
http://ameblo.jp/touko-shirakawa/entry-12154648389.html

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。1億総活躍会議民間議員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊1月5日発売『専業主夫になりたい男たち』(ポプラ新書)。