歴史を勉強すれば、自分自身の“狭い経験”だけに閉ざされた日常を解放できる――。「世界史・日本史」に精通するプロに、本選びのポイントやおすすめ本を、初級・中級・上級と分けて教えてもらった。(教えてくれる人:【世界史】著作家、元代々木ゼミナール世界史講師 宇山卓栄さん【日本史】東京女学館大学国際教養学部専任講師 西 弥生さん)
「世界史」から現代をみる
-大きな世界観を持とうとする人は魅力にあふれている
世界史は難解なイメージでとらえられがちですが、世界の歴史を知ることは、日本人である我々の歩んだ軌跡を知るということです。同時にいま起こっているイスラム国やウクライナなどの時事問題を理解するのにも、世界史の知識があると大きな助けになります。仕事やレジャーで海外に出かけた際にも歴史的な文物を前に、それがどういう文脈で存在するのかを知っていると一段と理解が深まるでしょう。
では、どうやって世界史の本を選べばよいのか。「有名な人が書いているから」「売れているから」というのはあてになりません。書店で気になる本を見つけたら、しばらく立ち読みし、その一節だけで要点が伝わるかどうか、そういう筆力を持っている筆者かどうかを見極めなければならないでしょう。まずは小説仕立てのものから入っていき、少しずつ入門書に向かうのもひとつの手です。
歴史は時空を超えた人間の営為の巨大な累積です。ビジネスに直結する知識をすぐに与えてくれるものではないかもしれません。しかし、歴史を勉強することにより自分自身の狭い経験だけに閉ざされた日常から解放されます。巨視的な世界観を持とうとする人はおのずと魅力にあふれ、多くのチャンスを引き寄せるはずです。
世界史【初級編】
-まずは実用書や小説から手にとってみる
『世界史で読み解く現代ニュース』池上 彰、増田ユリヤ(ポプラ新書)
ニュースのトピックと、高校で習った世界史の知識が結びつく一冊。教科書の知識の使い方や考え方のコツが書かれているので、学生時代に世界史を勉強しなかった人は、どういう視点で勉強すればよいのかがわかる。
『カティンの森』アンジェイ・ムラルチク(集英社文庫)
第2次世界大戦中、帰国する途中のポーランド軍将校らがソ連内のカティンの森で虐殺される……、隠された歴史の断片をつづるドキュメンタリー小説。戦争に翻弄された人々の悲劇と苦悩を知る重要な手掛かりに。
『閔妃(ミンビ)暗殺 朝鮮王朝末期の国母』角田房子(新潮文庫)
朝鮮王朝最後の王妃は、なぜ殺されたのか? 1895年、ソウルの景福宮で起きた暗殺について角田氏独自の解釈が盛り込まれた、賛否両論の問題作。知られざる朝鮮王室の悲劇と日本の朝鮮支配の概要を知る貴重な入門書。
世界史【中級編】
-単なる知識以上のものを得たい人に
『仕事に効く教養としての「世界史」』出口治明(祥伝社)
ライフネット生命保険のCEO・出口氏独自の解釈で、各時代の歴史が述べられていて独創的。歴史学者が書くのを躊躇するような大胆な推論が展開されている。歴史をとらえる際の発想力や思考力が鍛えられておすすめ。
『100のモノが語る世界の歴史2 帝国の興亡』ニール・マクレガー(筑摩選書)
マクレガー大英博物館館長による所蔵品解説のBBCラジオ番組を書籍化。博物品の写真が美しく思わず引き込まれる。単なる博物品の解説にとどまらず、歴史の文脈が体系的に理解できる。
『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』臼井 隆一郎(中公新書)
イスラムの神秘主義者たちに愛飲されたコーヒーは、後にヨーロッパで爆発的なヒット商品に。コーヒーの産地を求めて、ヨーロッパは植民地支配に乗り出す。コーヒーを題材に歴史を俯瞰(ふかん)する中級者向けの一冊。
世界史【上級編】
-自分なりの視点を持てるようになる
『国家の盛衰 3000年の歴史に学ぶ』渡部昇一、本村凌二(祥伝社新書)
歴史書のエッセンスや歴史上の人物の発言を紹介しながら、国家や政治の本質を解き明かす歴史・文明論の傑作。国家の覇権や暴走のメカニズムにも詳しく触れられ、昨今の中国の覇権主義を考える助けにもなる。
『金融の世界史 バブルと戦争と株式市場』板谷敏彦(新潮選書)
歴史の超長期的視野で株や債券を考えると、マーケットの本質が見えてくる。投資家必読の書。1929年の世界恐慌をはじめ、歴史上の金融危機の原因や経過をひもとき、研究できる貴重な金融の通史となっている。
『帳簿の世界史』ジェイコブ・ソール(文藝春秋)
歴史はカネで動く。カネを誰がどのように捻出し、管理していたのか、カネの動きを追っていくことで、歴史の実相をつかもうとする画期的な試みの本。資本の動きを読むことが時代を知ることになると理解できる。
「日本史」の奥深さに触れる
-日本史を学ぶことは文化を守っていくこと
なぜ、私たちは日本史を学ぶのでしょうか。いま、日本には古文書や古記録など、いわゆる“史料”といわれるものが数多く残っていますが、こうした文化の継承というのは物事を大切にする心や、人と人とのつながりがあってはじめて成り立つものです。史料を読みながら、そういう心のあり方に触れることで日本の素晴らしい文化を守っていける人間になれる、日本史を学ぶ意義は、そこにあるのではないでしょうか。ビジネスも、また人と人とのつながりから生み出されるもの。日本史は教養として、ビジネスの土台になるのではないかと思います。
日本史の本を選ぶときは、時代はもちろん、人や戦など出来事に注目する方法があります。新書は一般の人向けに書かれたものが多いですから、まずは新書コーナーに行ってみるのもおすすめ。本を読みつつ、博物館に足を運び実際に史料に触れることも大切です。
学ぶということは大きな労力やエネルギーを必要とします。でもエネルギーを注いだら、それ以上のエネルギーがかえってくるのもまた事実。私も新しいことを発見した日は心がピョンピョンと跳びはねるような喜びに満たされます。ぜひ読者の皆さんといっしょに学ぶ楽しみを味わっていけたらなと思っています。
日本史【初級編】
-何から読めばいいかわからない人へ
『Story 日本の歴史』シリーズ日本史教育研究会(山川出版社)
時系列に歴史を辿りながら、各時代の重要なトピックをとりあげて解説した3冊シリーズ。気になるトピックだけを気軽にチョイスして楽しめるので、時間のないビジネスウーマンにぴったり。ルビ満載でわかりやすい。
『藤原道長の日常生活』倉本一宏(講談社現代新書)
「この世をば~」、いわゆる望月の歌を詠んだ道長の日常生活を探った本。貴族社会で権力の絶頂に上り詰めた道長が、実は病気で悩むなど人間らしい一面が垣間見られる。“人”から歴史に入りたい人におすすめ。
『仏像に会いに行こう 美術の見かた・感じかた』副島弘道(東京美術)
日本彫刻史専門の著者が、おなじみの作品を例に仏像の面白さを解説。仏像のスタイルやファッションとともに歴史的背景も考えてみては? 歴史嫌いな方も、仏像を通じて日本史の扉を開けてみたら意外と楽しめるかも。
日本史【中級編】
-歴史が急に身近に感じられる
『日本史へのいざない 考えながら学ぼう 全2巻』松本一夫(岩田書院)
「足利氏が幕府を開けたのはなぜか?」など、各テーマの問いに対して、史料や文献などを提示しながら解説。異なる史料解釈をすれば異なる歴史が描けるという、日本史の学びの面白さを体感できる一風変わった問題集。
『京女 そのなりわいの歴史』高取正男(中公新書)
各時代に京の都で活躍したビジネスウーマンの歴史の本。汗水垂らしながら家事と仕事の両立に励む京女の姿に、思わず自分を重ねてしまう。京都旅行に出る前に読んでおくと、いつもと一味違う旅が楽しめそう。
『日本史の森をゆく 史料が語るとっておきの42話』東京大学史料編纂所(中公新書)
古代から明治維新にいたるまでの膨大な史料を編さんする国内最高峰の研究機関に属する史料読みのプロたちが、興味関心に沿って書いた一冊。いろいろな角度から日本史の世界の奥深い魅力に触れることができる。
日本史【上級編】
-自分なりの“好き”を見つけたら
『日本史リブレット』シリーズ(山川出版社)
「日本史リブレット」は政治史や制度史、文化史、経済史など、さまざまな興味関心に対応できるシリーズ。人にフォーカスした「日本史リブレット 人」も。女性の生き方を学べる『足利義政と日野富子』はおすすめ。
『藤原道長「御堂関白記」を読む』倉本一宏(講談社選書メチエ)
初級編でおすすめした道長をさらに知りたいなら。道長の日記「御堂関白記」から抜粋し、自筆の日記の写真や現代語訳、解説がついている。歴史がどういう素材に基づいて語られるのかが実感としてわかる一冊。
『文化財学の構想』三輪嘉六(勉誠出版)
過去から伝わる文書や絵画、彫刻、建築などの文化財をどう取り扱うか。文化財の保存や継承のこれからの可能性を示したスーパー上級本。これを読めば、文化財の被害に関するニュースのとらえ方も変わるはず。
著作家。元代々木ゼミナール世界史講師。慶應義塾大学経済学部卒業。最新著書は『日本の今の問題は、すでに{世界史}が解決している。』(学研)。個人投資家としての顔も。
東京女学館大学国際教養学部専任講師。慶應義塾大学文学部卒業。日本女子大学大学院文学研究科博士課程後期修了、博士(文学)。研究テーマは日本中世史・仏教文化史。