「ちょっと値引きしてくれるなら、商品を買ってもいいよこのように、取引の場で“値引き”を求められたことはありませんか。「消費税分くらい値下げしてもいいかな……」なんて思ってしまいそうになりますが、ちょっと待って。その安易な値引きが恐ろしい結果をもたらすのです。どういうことでしょうか?

「代金の端数を、なんとかしてもらえないものでしょうか……」取引先との商談の場、他社とのコンペ(競争)となるときに、このような交渉が行われることがあります。どうしても契約をまとめたい場合、値引きの打診に安易に応じてしまってはいませんか。あるいは、「消費税分、勉強させていただきます!」を決め台詞にしていないでしょうか。確かに受注はできるでしょう。その結果「売上が増え、ノルマも達成できて、万事OK!」と思われますが、その取引は、本当に会社に利益をもたらしているのでしょうか。

単価1%アップの影響力はどのくらい?

まずは、簡単な問題を解きながら考えてみましょう。

売上50万円で、売上原価15万円、販売費および一般管理費30万円がかかる小売業の会社の営業利益はいくらになるでしょうか。

営業利益については、連載第1回「数字が苦手でも、最低限知っておくべき『2つの利益』とは?」でお伝えしました。営業利益は、売上高と販売費および一般管理費(販管費)を差し引いて計算されます。この問題では、売上の50万円から売上原価15万円と販売費および一般管理費30万円を引いて、営業利益は5万円になります。

さて、ここで、商品価格を1%上げるとしましょう。たった1%の値上げですので、販売数量や、仕入原価は変わらないとします。営業利益は元の利益からどれくらい増加するでしょうか。

答えは10%! 実際に計算して確かめてみましょう。数量、原価は変わりませんので、売上=単価×販売数量だけが50万5000円になります。(50万円×1.01=50万5000円)。この売上から、売上原価15万円と経費30万円を引くと、利益は5万5000円。営業利益額の変化率は(50万5000円-50万)÷5万円×100=10%。なんと10%も上がるのです。

単価の変更が、いかに営業利益に大きなインパクトを与えるかが分かります。たった1%の値上げでこれだけ営業利益の変化率が上がるということは、値引きをするとどうなるか……ちょっと怖くなってきませんか。では、値引きについても問題を解きながら考えてみましょう。

「ちょっとくらい値引きしても、売上が立つなら平気かな……?」そんなどんぶり勘定では、会社に大きなダメージを与えてしまいます。まずは簡単な問題を解きながら、値上げ、値下げが経営に与える影響の大きさを確認していきましょう。

たった3%の値引きで営業利益が10%以上減る!?

あなたは取引先に見積書を提示しました。その金額は1億800万円。取引先からは、「端数を切り捨ててもらえませんか? 1億500万円にしてくれたら購入します」との申し出がありました。300万円の値引き、あなたは受けますか? この案件にかかっている費用総額は8640万円とします。

値引き率としては、300万円÷1億800万円=約2.7%。3%未満ですし、取引が成立すれば1億円を超える売上です。今期の売上目標も達成できます。この条件で、取引を決めるべきでしょうか。

それでは、前の問題と同様、営業利益額を計算してみましょう。見積書の金額で取引が成立した場合、営業利益は、1億800万円-8640万円=2160万円。取引先の求める条件で取引が成立した場合、営業利益は、1億500万円-8640万円=1860万円。利益額の変化率は、(2160万円-1860万円)÷2160万円×100=約13.9%。300万円だけ、約2.7%だけの値引きですが、利益額は約13.9%も下がってしまいます。

企業の平均営業利益率は4%未満

そもそも、企業の営業利益率とは、いったいどのくらいなのでしょうか。 財務省が出している「法人企業統計調査結果(平成26年度)」によると、全産業の平均売上高営業利益率は2014年で3.7%しかありません。

では、この平均売上高営業利益率に近い、利益率が4%の会社があったとしましょう。売上は1億円、経費は9600万円、営業利益は400万円とします。この会社が3%の値引きをしたとすると、売上9700万円、経費9600万円、営業利益100万円となり、営業利益額は値引き前の4分の1に減ってしまいます。

このように平均的な営業利益を出している企業では、たった3%程度の値引きで、利益額の4分の3が吹き飛んでしまうのです。営業担当者が全員、「受注のためなら3%くらい……」と、値引きをするとどうなるか。安易な値引きは会社の利益を食いつぶす危険なものなのです。

問題として挙げたこれまでの例では、「仕入原価は変わらない」という前提で話を進めました。実際には、例えば小売業の場合、販売数量が増えれば仕入れ量も増え、その分、仕入れ価格を下げられるというケースがあるかもしれません。

しかし、資金力が脆弱な企業、あるいは設立間もない企業は、交渉力が弱いことが多く、また値下げ交渉を行えるほどの大きな数で発注を行えることはそれほど多くないため、仕入単価を下げることは難しいものです。ということは、値引きによるマイナスの影響をもろに受けことになるのです。

安易な値引きをしないために必要な準備

しかし、値引きは商談をまとめる上での有効な手段の一つです。「してもいい値引き、してはならない値引き」を区別するためには、どうしたらいいのでしょうか。

まず、安易な値引きがいけない理由は、値引きによって会社の利益を食いつぶしてしまうことがあるからでした。ということは、利益がマイナスにならない、つまり最低でも利益がゼロにとどまる売上高を把握しておく必要があります。「もうこれ以上、下げてはならない」という売上高のデッドラインです。

「利益がゼロになる売上高」ときいてピンときた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

前回の記事「あなたの部署は黒字?赤字?損益分岐点を簡単に調べる法」を思い出してみてください。総コストを上回る売上額であれば利益が出る、ということでしたよね。このコストに応じた「利益を出すために最低限必要な売上高」を損益分岐点売上高と呼びます。だからこそ、コストがどれくらいなのか、どうしたら減らせるのか、ということを常に把握しておくことが必要なわけです。

この「これ以上、下げてはいけない」という売上高のデッドラインを把握し、それよりも上の範囲で、「自社の利益が出て、取引先や顧客が喜ぶ金額」の最低ラインを決めて交渉に臨むことになります。

値上げのできる企業の共通点

では、損益分岐点売上高以上に売上を上げて、利益を出すにはどうしたらいいのでしょうか。コストを下げずに売上を増やすわけですから、販売量を増やすか、価格を上げるかのどちらかになります。しかし、一般的には企業規模が小さくなるほど、販売量を急に増やすことは難しいものです。そうすると、残された選択肢は「価格を上げる」ということになります。

私は中小企業診断士として、企業のコンサルティングを行っています。その経験から言うと、安易な値引きをせずに、値上げに踏み切れる企業には、共通点があります。その一つは、最終的に商品を購入する消費者、取引先、自社の社員といった「周りの人たち」がどうすれば喜ぶか、という点をとことん真剣に考えていることです。言い換えれば、どれだけ「想像力を働かせているか」ということになります。

会社の利益を上げるための近道

商売において「相手を喜ばせる」といえば、「割引」「無料」などを思い浮かべがちですが、果たして、そうしたことが相手を喜ばせているでしょうか。

例えば、私が実際にコンサルティングを行うとある企業では、見落とされがちなオプションサービスの利用促進に工夫を凝らすことで、顧客1人あたりが使う金額(客単価)を上げることに力を入れています。季節により来店者数が減るようなことがあっても、売上を増やしているのです。価格は高くなりますが、買い手は有益なオプションサービスが利用できるため喜んで支払いを行い、売り手も利益が増えるという、両者がうれしい状態を生み出しています。

割引や無料に踏み切れば、当然、サービス提供側ができることに制限が出てきます。ですので、値引きの誘惑に甘えず、想像力を働かせ続けることが必要となるのです。どうすれば製品やサービスの価値を伝えられ、理解、納得の上で財布の口を開いてもらえるのか。どうすればファンになって使い続けてもらえるのか。どのように顧客の役に立てているのか……、それらは会社、製品、サービスごとに異なることであり、想像力を働かせることによってきめ細かく把握し、丁寧に実行していくことにより、活路が開けるのです。

単なる値上げでは、顧客にそっぽを向かれ、もともとあった売上を損なうことにもなりかねません。安易な値引きはもちろん、安易な値上げもダメ。ですので、会社の利益を上げられる価格設定をするためには、経営に関わる基礎数値を理解し、顧客や取引先についてとことん想像力を働かせながら、「ここ!」というポイントを探っていくというのが、王道にして近道なのです。

このように、本連載「会社を楽しくサバイブするための会計財務[超]基本講座」では、「損益分岐点売上高」などさまざまな“会社を経営の視点から見るために必要なポイント”をお伝えしてきました。こうしたツールを使いながら、毎日の業務に主体的に取り組んでみてください。仕事に対するあなたの視座は、どんどん上がっていくはずです。今回で連載は最終回となります。ありがとうございました。

小紫恵美子(こむらさき・えみこ)
株式会社チャレンジ&グロー代表取締役、経営コンサルタント事務所Office COM代表。2児の母。東京大学経済学部卒業後、大手通信会社にて主に法人営業に従事。1998年中小企業診断士取得後、のちに退職。10年間の“ブランク”を経て、独立開業。現在は企業研修講師や中小企業への経営支援、執筆活動を行う。企業研修では会計、ロジカルシンキング等ビジネススキルを伝えるとともに、女性経営者を中心に数値とロジックに基づいた経営の重要性を伝える自主セミナーを展開。最近は、これまでの実績と、自身の大企業勤務→専業主婦→子育てしながら独立開業、という経験を踏まえ、女性の働き方についての執筆や講演に力を入れている。「活き活きと働くオトナが増える社会」を目指して日々活動中。

 

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