2016年2月に、日本で初めてマイナス金利という金融政策が導入されました。その目的とは? 私たちを取り巻く環境に、どんな変化が起こるの? 「資産運用のセオリーの前提に、マイナス金利という概念は存在しなかった」と言うセゾン投信社長・中野晴啓さんに、この大変な時代にこそ必要となる“お金の扱い方”について考えます。
マイナス金利で金融業界、投資業界は大混乱
金利がほとんど上がらないまま、インフレを前提とする時代が到来し、預金さえしていれば安心の「預金バカ」では資産価値の保全はおぼつかない。故にお金を経済活動の中に働きに出して、時間を味方につけながらゆったりのんびり、インフレに打ち勝つ資産育成をはかる長期投資の必要性を、皆さんにお伝えしてきました。
経済活動とは、すなわちビジネスの営みのことです。さまざまな事業が私たち生活者に満足や喜びを与えてくれる、その集積によってもっと豊かな世の中が実現していく。これが経済成長であり、成長を養分にしてお金がゆっくりと育っていく。だからこそ、ビジネスが新たな価値を生み出して、成長に至るのに必要充分な時間をお金に与えながら、ゆったりのんびりと投資を続けることが、何より大切なわけです。
さて、2016年2月16日から日本でマイナス金利なる金融政策が導入されました。きっと皆さん、何が起こったのかと戸惑っておられるはずです。
マイナス金利政策とは、読んで字のごとく日銀がコントロールする金利をマイナスにすることですが、実はこれによって金融業界全体に大きな混乱が発生しています。もちろん、僕ら資産運用業界も例外ではありません。なぜなら資産運用のセオリーの前提に、マイナス金利という概念は存在していないのです。我々資産運用の世界は、現代証券投資理論なる考え方をベースにすべての仕事が構築されていると言ってよく、その理論において金利の底辺はゼロで成り立っているため、その下のマイナスという概念はもはや学んだことがない、いわば鏡の中の世界がいきなり現実世界で始まったに等しい衝撃に直面しているのです。
ところで、今回日銀が始めた政策の中身は、金融機関が日銀に資金を預ける当座預金の金利に、マイナス0.1%を適用するというもので、すぐに皆さんの預金金利がマイナスになるわけではありません。それでも銀行が顧客向けの預金金利を軒並み限りなくゼロに引き下げたのは、銀行が生活者の預金に金利付与することが物理的に困難になったということにほかなりません。
マイナス金利はデフレ脱却のための最終手段
マイナス金利政策の狙いと仕組みをやさしく解説しましょう。アベノミクスはデフレ脱却を図り、インフレ前提社会を構築するために、日銀とタッグを組んで量的金融緩和政策を推し進めています。量的緩和とはマネタリーベース(現金通貨+中央銀行への預け金)を拡大すること、端的に言えばお札の発行量を増やすことです。日銀は今でも毎月800億円ずつ新しいお札を発行し続けています。そして増やした紙幣は銀行に渡りますが、銀行はその大半を日銀当座預金に預金していました。何故なら既に世の中の預金金利は実質ゼロ金利になって久しい中で、日銀当座預金は0.1%という相対的に高い金利が付与されていたからです。銀行にしてみれば、無理して貸出しなどに資金を回す苦労をしなくても、置いておくだけで0.1%の金利が稼げるならノーリスクで楽だと判断して、結局銀行が預け置いた日銀当座預金は200兆円規模にまで積み上がってしまいました。
こんな状態では日銀がインフレを目指してお札の発行量(マネタリーベース)を増やしたところで、それらが市中に回っていかなければ、実体経済でのお金の量(マネーストック)は拡大しないわけで、この現象がアベノミクスによるインフレ率上昇を妨げる大きな要因のひとつだったのです。
それならば「銀行が日銀当座預金に置いておくと損になるようにしてしまおう!」と考え出されたのが、日銀によるマイナス金利政策です。銀行が余剰資金をそこに積み上げたままだと、金利を払わなければならなくなる。すると必然的に銀行がそれらを取り崩して、市中に回るお金(マネーストック)が増えることにより、インフレ率が上昇していくに違いない、というのが日銀の狙いなのです。
銀行がお金を市中に回す手段はやはり貸し出しがいちばんですが、企業や個人の資金需要は景気が上向いて安定してこないと増えるものではなく、すぐには融資を増やすことなどできないのです。そのため、金融機関は現在ひたすら当座預金に置けなくなったお金で、国債を買いまくっており、日本の国債利回り(長期金利)は10年金利までマイナスになってしまいました。この先おそらくもっと長い20年や30年といった超長期金利まで、ゼロに向かって低下していくことでしょう。これは、いよいよ本当に日本社会から金利が消滅する時代が到来したことを意味します。
マイナス金利政策が始まったということは、これで効果が足りないとなれば、日銀は更にマイナス幅を拡大させることが予想されます。やがて金融機関は、悲鳴をあげて貸し出しを増やすなど、いや応なく市中にお金を回さざるを得なくなります。マイナス金利はこれまでの常識を覆す、インフレ必至のメガトン級な劇薬なのです。
長期投資で現金をインフレに打ち勝つ資産に置き換える
マイナス金利が始まった今、少なからぬお金持ちの人達が、自分の預金を解約して金庫にしまう、あるいはツボに入れて庭に埋めるといった行動に出ているようです。この先、銀行預金もマイナス金利になれば、自分が預けた金に利息を払う羽目になる。そうなることを恐れてお金を避難させているつもりなのでしょう。しかしマイナス金利時代とは「預金バカ」のレベルを遥かに超え、「お金をお金のままにしていたら、増えないどころかどんどん腐っていく」ことを意味します。金庫やツボにしまい込んだ現金は、腐蝕が進み、ゼロ金利より遥かに強烈に目減りしていくことになる。こうした人達は最もやってはいけない行動をとっているわけです。
お金が腐るマイナス金利時代が到来した今、資産防衛のためには、もう現金をインフレに打ち勝つ資産にリプレイスするしか手段はありません。そこで、これまで学んできた長期投資の出番です。インフレ経済の中で、インフレを克服し拡大していく経済活動にお金を働きに出すことの合理性と必然性を、今回改めて皆さんにしみじみと噛みしめていただきたいのです。そう、大変な時代が始まりました!
セゾン投信株式会社 代表取締役社長。1987年明治大学商学部卒業後、現在の株式会社クレディセゾン入社。セゾングループで投資顧問事業を立ち上げ、海外契約資産などの運用アドバイスを手がける。その後、株式会社クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年に株式会社セゾン投信を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現し、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代を中心に直接販売を行っている。セゾン文化財団理事。NPO法人元気な日本をつくる会理事。著書に『投資信託はこうして買いなさい』(ダイヤモンド社)、『預金バカ』(講談社)など。