妊娠・出産を経験して、ノルウェー国立バレエ団の舞台に立ち続けるプリンシバル西野麻衣子さん。ダンサーとしての自分、母としての自分、センターで踊る立場上、常に重圧はあるけれど、そんなプレッシャーすら好きだと西野さんは笑います。その強さはどこからくるのでしょう? ノルウェーの子育て事情とともにお伝えします。 

前編はこちら「バレエダンサーとして、母として『チャンスは絶対逃がさない』

パートナーとはぐくむ、北欧子育て事情

西野さんのバレエへの想いを、いつもそばで見守り、理解しているのが夫のニコライさんだ。オペラハウスの音響・映像の総監督を務めるニコライさんは、出産後、舞台復帰を決めた西野さんを支えるため、「僕が育休を取る」と5カ月の育児休暇を取得した。

ノルウェー国立バレエ団 プリンシパル 西野麻衣子さん。産後の復帰公演は、難易度を求められる「白鳥の湖」。舞台復帰を支えるべく、夫・ニコライさんはもちろん育休を取得。イクメン先進国ノルウェーだけに、育休をとらない父親は、むしろ周囲からネガティブに見られる、というから、日本の認識とは格段の差だ。

復帰から7カ月後の「白鳥の湖」公演で復帰すると決めた西野さんは、「頑張るよ。でも、80%の準備しかできなかったら舞台を降りる」とニコライさんに告げたという。

「そしたらニコライが『お願い、絶対に舞台を降りないで』って(笑)。なんで? って聞いたら、『踊れなくて、失望して泣く麻衣子を見るのは辛いから。協力するから、何があっても100%を出し切って復帰してほしい』と言ってくれて。というのも夫の母親はオペラ歌手で、彼の7歳下の弟を産んで舞台に復帰した芸術家。その母親の姿を見て育っているから、私の舞台復帰に前向きなんです」

妻の仕事復帰を献身的にサポートするニコライさんが、何も特別な例というわけではない。ノルウェーの法律では、父親が10週間の育児休暇を取るよう定められている。(※)

「ノルウェーって、2人で働いているカップルがほとんどなんです。高福祉社会で、税金が高いですから。女性だから家事をする、じゃなくて、あちらの女性は『私だって働いてるでしょ』と言います。だから、夫婦が家事を協力するのは当たり前。仕事帰りにスーパーに寄っているパパの姿もよく見かけます」

西野さんの家では、夕方、仕事を終えたニコライさんが2歳になった息子アイリフくんを幼稚園へ迎えに行き、夜は家族団らんで食卓を囲むという。

「ノルウェーではポピュラーなパートナーシップの形です。ノルウェーの会社は必ず、仕事は夕食前に終わるようにしていますね。ニコライは日本がすごく好きで、日本の事情もいろいろ勉強しているのですが、自分がパパになる前に『日本のパパっていつ子供に会うの?』って、シンプルな疑問を口にしていました。日本では、子供が朝起きた時にはパパは既に仕事に行っていて、寝てから帰ってくる、そんな生活が普通じゃないですか。『そんなの信じられない!』って驚いていたんです」

(※)ノルウェーの育児休暇制度
両親あわせて3年間の育児休暇の取得が可能。割り当てられた週数は父母それぞれに10週間で、残りはどちらが取得しても構わない。だが、最初の6週間は母親が取得するよう定められている。父親が割り当てられた週数を取得しない場合は、全体から差し引かれる。

5年後の私をイメージして、チャレンジを続ける

家族の強力なサポートもあり、プリンシパルとして多忙な日々を送る西野さんだが、どうしても肉体は加齢していく。自身の3年後、5年後の姿をどう思い描いているのだろう?

「3年後までは、全力で走っていきたいです。5年後には41歳、引退する年齢になるので、引退前には2児の母になっていたいですね」

ノルウェー国立バレエ団には永久契約の制度があり、ダンサーは41歳で定年退職することが決まっている。その後は年金が支給される、いわば公務員のような待遇だ。

「日本ではバレエダンサーって、まだまだ芸術家としても、きちんとした仕事としても認知が足りないと思うんです。新国立劇場バレエ団ができてからだいぶ変わったと思うんですけど、欧米に比べるとやっぱりまだ。ダンサーが給料で生活できるようにしないと。日本に帰ってくると常に思いますね」

では、5年後に引退したら、バレエの指導でもしながら、ゆとりある年金生活に入るのか……というと、ワーカホリックな西野さんに、そんな気持ちはさらさらないようだ。「41歳はまだ若いので、バレエの世界から一度離れたい(笑)」と、いたずらっ子のような笑顔になった。

「メーキャップアーティストの勉強をしたいっていう夢があるんです。メーキャップだったら、自分が今まで舞台で築いてきたメイクのテクニックで、いろんなことをクリエイティブできる。プロにはなれないかもしれないけど、勉強はしたい、チャレンジしたいっていう興味はあります。バレエ指導は41歳でも、50歳でも、いつでもできると思っているので、やっぱり若い間にチャレンジしたいです」

母として、プリンシパルとして

映画『Maiko ふたたびの白鳥』を観ると、西野さんのこのパワフルな生き方は、キャリアウーマンだった母・衣津栄さんの遺伝子をそっくり受け継いだがゆえだということがよく分かる。

「じっとできないんですよ、私たち。1つの部屋に入れたら、壁を這い上がっていくような(笑)。母は、もう今は仕事してないんですけど、ボランティアなどいろいろと活動しています。18歳からずっと大手メーカーに勤めていましたが、10年前、55歳の時にガンが見つかって。その治療の時に『病気を機にきっぱり辞めたい』って父に話していたのを覚えています」

懸命に築いてきたキャリアにおいて、病気を理由にパフォーマンスを下げることは受け入れられなかったのだろう。“舞台”では最後まで輝き続ける。正真正銘の似たもの親子だ。「母のDNAそのままですよね(笑)」

15歳で日本を飛び出し、ヨーロッパ各地でのダンサー生活を経て、ノルウェーで開花した西野さんのバレエダンサー人生。母となった彼女が、輝きを増したように、プリンシパルとしてもまた、さらに大きく花開こうとしている。


西野麻衣子さんのお気に入り

 ■感銘を受けた本  オリジナルのピクチャーブック
……本ではないのですが、毎年クリスマスに、息子・アイリフの1年の成長をピクチャーブックにまとめます。

 ■モチベーションをあげてくれるもの  愛息 
……息子のアイリフ!

 ■西野さんにとっての癒しとは?  パートナーとのひととき
……ソファに座って夫・ニコライの横にいる時。何も言わなくても彼といると安心しますし、疲れもとれますね。ノルウェーのクマさんなんで(笑)。

 ■お気に入りのおやつ  ケーキ!
……自分で作るチョコレートフォンダンが好きです。


西野麻衣子
大阪府生まれ。6歳よりバレエを始め、橋本幸代バレエスクール、スイスのハンス・マイスター氏に学ぶ。1996年、15歳で英国ロイヤルバレエスクールに留学。19歳でオーディションに合格し、ノルウェー国立バレエ団に入団。25歳の時、同バレエ団で東洋人初のプリンシパルに抜擢される。同年、「白鳥の湖」全幕でオデット(白鳥)とオディール(黒鳥)を演じ分けたことが評価され、芸術活動に貢献した人に贈られる「ノルウェー評論文化賞」を受賞。同バレエ団の永久契約ダンサーとして活躍中。
『Maiko ふたたびの白鳥』
監督=オセ・スベンハイム・ドリブネス
出演=西野麻衣子、西野衣津栄 ほか
提供=ハピネット 配給=ハピネット、ミモザフィルムズ
2015年/ノルウェー/70分
公式HP(http://www.maiko-movie.com/
■2月20日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開