男性が圧倒的多数を占める医薬品業界。彼女が壁を乗り越え、男性部下6人を率いるリーダーになるまでの軌跡を追った。
貞光さんが、武田薬品に入社したのは2002年。毎年、数百人の社員が入社する同社で、当時は女性のMRが全国でようやく100人を超えた頃だった。医薬品の営業の現場は、現在に至るまで、男性の割合が非常に高い職場だ。取引相手である医師も同様である。新人研修を終えた彼女は、福岡の営業所で病床数の多い基幹病院を担当することになった。
「最初は緊張して足がすくみました。医局のドアを開けられず、固まっていたのをよく覚えています」
そんな中、彼女がとりわけ忘れられないのは、あるベテラン医師から「担当を替えろ」と告げられた経験だ。
「上司と一緒に説明を終えた後、『新人で、しかも女が担当になるとは、武田はうちを何だと思っているんだ』と目の前で言われたことがあって――」
帰り道、上司から「どうする? 担当を続けるか?」と問われ、彼女は「続けさせてください」と強く答えた。
「悔しくて泣きました。でも、変えられない性別についてそう言われたことが引っかかって。もしここで交代してしまったら、今後もずっと逃げ続けてしまう。それは嫌だという新人なりの意地でした。担当を続けて、私のことをわかってもらうしかない」
結果として5年近く担当を続け、彼女はこの医師からも次第に信頼を得ていった。苦い思い出だが、それを力へと変えたのだ。
「最後の面会時、お花までいただける関係を築けたんです。あのときの選択がなければ、今の自分はなかったかもしれません。女性のMRが増え始める過渡期でしたから、多かれ少なかれ、みなが同じような体験をしていると思いますけれどね」
そうして福岡で5年を過ごした後、彼女は本社の医薬研修室へ異動した。新人MRの教育研修を担う部署で、当時としては最年少の抜てきだった。
それは彼女のキャリアにとって、次なる転機となった。医療や薬の知識、人間の命に携わる仕事をするうえでの倫理観やマナー――それらを半年かけて教えた4年間で、600人以上の新入社員と出会うことになったからだ。
チームリーダーとして働く今、その経験が彼女の大きな財産になっている。
「私のチームでは、部下にその日の成果報告を強要しないんです。むしろ普段の会話の中で、課題に思っていること、困っていることなどを、さりげなく聞くように心掛けています」
彼女がちょっとした会話の中で注目するのは、「大きな成果の手前にある成果」だという。
「見られる存在」としての責任感
「とりわけ若い男性社員は数字的な成果を気にするあまり、それ以外のことに目が向かなくなりがちです。だけど、実は目に見える結果の手前には、とても大切な一歩一歩の前進がある。『これまで会えなかった先生に今日は会えた』でもいいし、『以前はあまり話を聞いてくれなかったけれど、最近は対応が変わってきた』でもいい。こうした『成果の手前にある成果』をきちんと評価し、自分が前に進んでいることに気付かせてあげることが、リーダーの大事な役割だと私は考えています」
これは研修室で多くの新人を教育した経験から、彼女が培った姿勢だろう。第四チームのリーダーとなって2年が経つ。今後は別の地域でリーダー職に就くのも楽しみだし、再び新人の教育に携わる仕事にも興味がある。しかし、「どんな立場で仕事をするにしても……」と彼女は笑った。
「女性リーダーの数がまだまだ少ない職場ですから、後輩からも上司からも自分は『見られる存在』の一人なのだと思います。だからこそ、日々の仕事では肩に力を入れず、私自身が楽しそうに、生き生きとしていることが大事。その中で、男性だから、女性だからではなく、自分らしいマネジメントのやり方を発信していきたい。それが今の私の目標です」
■貞光さんの24時間に密着!
6:00~8:00 起床
8:00~8:30 自宅出発
8:30~10:00 特約店到着/出社・朝礼/打ち合わせ
10:00~11:00 チームメンバー面談
11:00~13:30 内勤
13:30~14:30 昼食
14:30~18:30 得意先訪問
18:30~20:30 帰社/内勤
20:30~21:30 友人と食事
21:30~24:00 帰宅/入浴/読書
24:00~06:00 就寝
大阪府豊中市出身。2002年4月、武田薬品工業に入社。医薬営業本部のMRとして福岡県福岡市内と近郊の病院を5年担当した後、医薬研修室(東京本社)で新人研修などの講師を担当。13年4月より現職。管轄エリアは東京都江戸川区。