男性が圧倒的多数を占める医薬品業界。彼女が壁を乗り越え、男性部下6人を率いるリーダーになるまでの軌跡を追った。

武田薬品工業の貞光美貴さんの周りには、いつも和気藹々(あいあい)とした雰囲気がある。朝から医薬品卸会社での打ち合わせがあったこの日も、彼女を中心に取引先の男性営業マンたちが談笑していた。出身地の大阪弁がときおり交じる彼女の冗談に、みながどっと笑う。その様子を見つめながら、若い部下が言った。

【武田薬品工業 医薬営業本部 東京支店東京第二営業所 第四チームリーダー 貞光美貴さん】化学や生物が好きだった貞光さん。大学の生命工学科でDNAや有機合成を研究したことが医薬品への興味につながった。

「貞光さんは相手がどんな立場の人でも、それぞれを立てながら会話をするのが本当に上手なんです。一緒にいて楽しいし、とても働きやすい」

彼女がリーダーを務める東京第二営業所第四チームは、主に江戸川区の病院を担当する営業部隊だ。メンバーは彼女を含めて7人。部下のMR(医薬情報担当者)はみな男性である。

1人当たり50を超える病院を受け持つ彼らにとって、医薬品を各病院に販売する卸会社からの情報は重要だ。

例えばこの日、血糖値を下げる新薬の長所を説明した貞光さんは、卸会社の営業マンから「この薬は少し大きめだね。半分に割って飲んでもいいの?」という質問を受けていた。

「こうした声をいかに汲(く)み取り、担当の医師とコミュニケーションをとるかが大切なんです」と彼女は言う。

「一口に病院と言っても、先進医療を重視する大病院から小さなクリニック、お年寄りの多い町の医院までさまざま。環境が変われば先生たちの薬に対する考え方も変わるわけですから」

薬の大きさもその一つで、たとえ効能が以前の薬より優れていても、それだけでは医師の心には響かない。高齢者が多く訪れる医院なら、飲みにくい薬は処方しないかもしれないからだ。

【チームリーダーの必需品】名札、iPad、スマートフォンにメモ帳。メモホルダーにはかわいい形のクリップを常備。医師に資料を渡すときにさりげなく使用する。

「現場からの薬の評判や要望は、日頃からお医者さんと密に接している卸会社の方々がよく知っている。それは次に私たちが医師と話をするとき、とても大切な情報になるんです」

特に南北に細長い江戸川区は、病院や医師の特性が多様だという。北側の下町には高齢の患者とベテランの医師が多く、南側は若い年代の医師が多い傾向にある。MRに求められるのは、医師によってコミュニケーションの方法を変え、臨機応変に良好な関係をつくり上げていく力だ。

苦い経験を力に変えて

卸会社での朝のミーティングを終え、営業車を停めた駐車場への道すがら、「私も新人の頃は、お医者さんとのやりとりがうまくいかず、よく怒られたものでした」と彼女は笑った。

この薬は絶対に先生にヒットする。そう思って自信満々に話をしたら、「何を偉そうに」と言われたり、「忙しいから後にしてくれ」と追い返されたりしたことも。

「若い頃は独りよがりになりがちで、相手の状況を慮(おもんばか)れないものです。何度も怒られてその塩梅(あんばい)がわかり、だんだん一人前になっていく。この仕事に就いた誰もが通る道でしょうね」

貞光美貴(さだみつ・みき)
大阪府豊中市出身。2002年4月、武田薬品工業に入社。医薬営業本部のMRとして福岡県福岡市内と近郊の病院を5年担当した後、医薬研修室(東京本社)で新人研修などの講師を担当。13年4月より現職。管轄エリアは東京都江戸川区。