妊娠・出産というライフイベントをどう乗り越えるかは、働く女性にとって大きな問題の一つだ。グーグルで働く女性たちは、このハードルを軽やかに越えているかに見える。働きやすい会社ランキングで常に上位に位置するグーグルとそれ以外の会社では、いったい、何がどう違うのだろう?
働く女性を支援する活動はたいてい、女性が中心になりがちだ。しかし、グーグルでは、子を持つ父親がそれをリードしていた。ブランドマーケティングマネジャーの山本祐介氏は、「20%ルール(勤務時間の20%を好きなことに使って良しとする社内ルール)」を活用し、社外の女性の働き方を変える取り組み「Women Will(ウーマン ウィル)」に参加している。
「どうすれば女性が働き続けることができるようになるのか、は私個人にとっても大きな問題です。妻も働きたい気持ちを持っていますが、子どもがまだ小さいので現実的には難しい。そうした問題をママの頑張りだけで乗り越えるのは無理だと思います」
そう語る山本氏が今、力を注いでいるプロジェクトが「#Happy Back to Work」だ。さまざまな理由で離職せざるを得ない女性たちが、どうすれば仕事に戻りやすくなるのかのアイデアをインターネットで募り、企業や組織が参照できるプラットフォームを構築している。
上司や同僚には気兼ねして言えないことも、第三者になら言える。山本氏らが考案したサイトは、そうした人間心理をうまく活用して作られていた。投稿されたアイデアはどれもささいなものばかりだが、「育児休暇は1歳の誕生日に復帰じゃなくて、その次の日にしてほしい」など、読んでいると、ハッとさせられるものも多い。
アイデアにはそれぞれ「誰が実践できるか」も明記されており、企業の実践例も紹介されている。「Women Will」では、そうした実践的な企業や自治体、団体など、をサポーター企業と呼んでいる。
「午後5時が近づくと保育園に子どもを迎えに行かなくちゃ、とソワソワして仕事が手につかなくなってしまう、という声がありました。北海道のある企業はそうした働くママのために、迎えに行った後、職場に子どもを連れてきてもいいようにした。言葉で伝えるだけではなくて、床に子どもが寝転べるフローリングにしました。たったこれだけのことでも、働くママの気持ちは随分と楽になるはず」
日本ではいったん仕事を離れると、再就職するのは難しい。だが、キャリアブランクがあっても潜在能力の高い人材はいるものだ。そうした人材を発掘するために、グーグルは2013年から「gCareer Program(ジーキャリア プログラム)」も実施している。これは5年以上の就業経験があり、配偶者の転勤などさまざまな事情で職場を離れたプロフェッショナルを対象にしたインターンシッププログラムで、期間は16週間。本人の働く意思が明確でグーグルの採用方針と合えば、社員になる道も開かれている。
営業部門で不動産業界を担当する瀬戸川紀子氏も、この「gCareer」を通じて再就職のきっかけをつかんだ。正社員になったのは14年4月。2歳になったばかりの子どもを保育園に預けながら、時短勤務している。
「以前はシンクタンクに勤めていましたが、夫がニューヨークに転勤することになったのと同時に妊娠が判明。いったん退職して、ついて行くことになりました」
復職者向けのインターンシップ
日本に戻ってきてからも働きたい気持ちはあったが、子どもを預けて働けるのか、自信がなかった。そんなとき、グーグルのインターンシッププログラムを知った。
「インターンシップは普通、学生を対象にしていますが、グーグルではブランクのある人が対象なので、これならば引け目を感じなくて済むかもしれないと思いました」
与えられたのは、顧客のデジタル広告活用の結果を分析し、営業担当に改善案を提案する仕事だ。シンクタンク時代に培ったリサーチ力と分析力を生かせる。週30時間という決められた範囲内で好きなように勤務形態を選ぶことができたため、週に5日間、午後4時半までの短時間勤務を試した。
最初は会社近くの保育園に子どもを預けるしかなく、赤ちゃんと一緒に電車通勤するのは不安だった。あまりに混んでいるときは会社にその旨を連絡して、一本、電車を遅らせることもあった。慌ただしく過ごした16週間だったが、子育てしながらでも続けられる環境と仕事内容であることがわかり、再就職する決心がついた。
「会議をしていても、子どもを迎えに行く午後4時半になると、マネジャーが『時間じゃないの?』と声をかけてくれます。気を使ってもらっているとは思いますが、ママだからって特別扱いされている感覚はありません」
グーグルがここまで徹底して働く女性を応援する背景には、多様性こそグーグルの命であり、イノベーションの源泉であるという信念がある。
「画期的なサービスを生むには、徹底的に顧客の気持ちになって考えることが必要であり、そのためにはユーザーの多様性に合わせた社員構成である必要があります」と話すのは、アメリカ本社のイノベーション&クリエイティブプログラム担当統括部長、フレデリック・G・プフェールト氏だ。
彼自身も子どもが2人いて、いずれの場合も12週間ずつの育児休暇をとった。この11月に3人目が生まれる予定だが、「今度も率先して育児休暇をとるつもりだ」と言う。
多様な人材が自由に意見を交わす
アメリカ・スタンフォード大学の「dスクール」で講師も務めるプフェールト氏は、イノベーションにつながる抜本的なアイデアを「10×アイデア」と呼ぶ。ロジックを突き詰めただけでは「10×アイデア」は生まれない。多様な人材が出会い、自由に意見を交わし、共感しながら目標にフォーカスできる環境でないと、マジックは起こらない。そのために彼らはあえて従業員を職場から切り離す。何げない日常生活の中にこそ、重要なイノベーションのヒントが隠れていることを、知っているからだ。
組織の多様化と聞けばつい、女性や外国人を増やせばいいのか、と思ってしまう。しかし、重要なのはむしろ、あらゆる先入観をなくすことのほうかもしれない。
ダイバーシティビジネスパートナーの山地由里氏は問いかける。
「巨人ファンの中に1人だけ阪神ファンがいたら、きっと居心地の悪い思いをしますよね?」と。これも、一種の偏見によるものだ。このような無意識の偏見を、英語では「Unconscious Bias(アンコンシャス バイアス)」という。バイアスがかかると、それだけで評価の目が曇ってしまう。実際、履歴書に書かれた名前が男性的か女性的かによって理系ポジションへの採用率に変化が生じる。故障したコピー機を直してほしいと頼んだ場合、男性が断っても評価は落ちないが、女性が断ると評価が落ちるという研究結果もある。
無意識の偏見に悩まされているのは女性ばかりではない。介護や配偶者の転勤などで、一時的に仕事にフルコミットメントできない状況は誰にでも起こりうる。フレキシブルな働き方を標準化することは誰にとっても望ましいはずだ。
環境をつくるのは人である。グーグルで働く人たちはみな、当事者意識が高かった。一人ひとりが自立して働き、より理想的な環境を求めて声を上げるからこそ、会社もそれをサポートできる。働くママの問題を自分たちの働き方の問題だととらえ直すことから、イノベーションは始まる。