転職の意思を固めた夫を、妻が阻止する……最近話題の「嫁ブロック」は、人材業界では実は以前から定説です。最近増えているのが、妻が仕事ができるがゆえの嫁ブロック。なぜ起きるのか、そしてそれを防ぐにはどうしたら?

最近流行りの「嫁ブロック」、その昔は「親ブロック」だった

ここ数週間、国民的アイドルグループの解散騒動が勃発し、その経緯が多くのメディアで流れていました。ことの真偽はさておき、飛び交う情報の中には「あるメンバーの妻が事務所にとどまる道を選ばせた」という記述がありました。この記事を見て「おや、いま流行りの“嫁ブロック”だ」と思った人もいるのではないでしょうか。

→河崎環「WOMAN千夜一夜物語」:工藤静香の“嫁ブロック”を尊重する、キムタクの男前

嫁ブロック。すなわち、夫が転職をする際に、一番の障害になるのは他でもないその妻である……というのは人材業界では定説。今に始まったことではないのですが、最近はいろいろなニュースなどで紹介されるキャッチーなワードになってしまいました。しかし、かつて仕事に就くことをブロックしていたのは嫁ではなくて、親でした。

今のように「石を投げれば大卒者に当たる」というわけではない時代に、新興企業や、今でいうベンチャー企業に就職しようものなら、親御さんの猛反対に合いました。「せっかく大学まで出したのに親不孝この上ない」「どこの何とも分からない企業に子供を就職させるなんて、ご先祖様に顔向けができない」など、それこそ大変な勢いだったのです。そのため、企業の採用担当者は菓子折りを持って親御さんの元へ出向き「どうぞご子息をうちでお預かりさせてください」と頭を下げて回った、そんな時代もあったのです。……と、昔話はこのくらいにして。今日はそれとは違う“嫁ブロック”の話を。

共働きが増えることで「仕事を家庭に持ち込む」ケース激増

共働きが増えている。何かのデータを持ち出すまでもなく、実感としてあるでしょう。以前は一定の年齢(お忘れかもしれませんが、ちょっと前までは女性は25歳になるとクリスマスケーキに例えられ“売れ残った”などと言われる時代がありました)を過ぎると「結婚して寿退社、そして専業主婦」というルートを女性が通過するのが当たり前でした。

しかし今は、その“当たり前”が少数派になってきています。結婚しても当然仕事は続ける、出産し、子育てしながらでも仕事は続ける、というのが今の女性の“当たり前”になりつつある。そういう環境の変化の中で、家庭内の環境も少しずつ変わってきています。それが「仕事の家庭内流入」です。

これまで、戦後日本の一般家庭は「腰かけ程度にしか仕事の経験がない女性」と「外で家庭を顧みず頑張っている男性」と「子供」で構成されていました。そうなると、男性は「家で仕事の話をしても、分からないのだから仕方ない」と、家庭で仕事に関する話題をすることは、多くなかったのです。

しかし今は違います。女性もバリバリ働いており、会社などの事情にも精通している、同業で働いているならば、仕事に関するアドバイスももらえる。もしかすると、このコラムの女性読者の中には「自分の方が夫より会社のポジションが上、というケースもあるかもしれません。時代は変わったのです。

最も親密な関係だからこそのデメリット

自分のことを最も理解しているだろう妻からのアドバイスは、とても有効であると推測されます。性格を熟知しているのはもちろん、能力のある部分と足りない部分もある程度把握できているでしょうから、助言によって助けられるケースも少なくないはずです。

しかしその半面、親しい関係性であるが故に「言い過ぎてしまう」ケースも起きてしまいます。相手のことを真剣に考え、最も理解し、さらに家庭という場を「守る」立場として、リスクを最小限にするための助言が、相手にとって愉快だったり、十分に傾聴に値するものとは限らない。言われたら辛いことも、きっとあるのです。

もちろん、パートナーが現実を直視していない、勝算のない賭けに出ているなど、本人にとって耳の痛い話をすることが最善であるケースも時にはあるでしょう。しかし逆に「あなたが知らないパートナーの一面」が、仕事においてその行動をとる理由になっていることもあるはず。あなたの知らない能力を生かして「ここは踏ん張り時だ、少しリスクを冒してでもチャンスをものにするためにチャレンジしよう」と思っている時に、知らず知らずの間に「嫁ブロック」を発動してしまわないよう、気を配らなくてはなりません。そうしないと、家庭へ仕事が流入し過ぎてしまい、夫にとっては気の休まる場所がなくなってしまうとも限らないのです。

嫁ブロックをしてしまわないためには

思わぬ“嫁ブロック”をしないようにするにはどうしたらいいのか? これはとても難題です。例えば、仕事の同僚であれば多少のリスクがあるなと客観的に見て思えるケースでも、本人の意思が固ければ「やっちゃえ!」などとけしかけることもあるでしょう。自分にはリスクがない立場だからです。しかし、妻の場合は微妙です。少しでもリスクを回避するために、確実な選択肢を取ることを相手である夫に要求するはずですから。なので、嫁ブロックをしないためには、立場の使い分けが必要になるでしょう。リスクが大きい内容であるほど、自分の立場を例として挙げた2つに分けて、発言するのです。大変ですけど。

リスクの大きな問題ほど、立場を2つに分けて発言することを意識すべき。

具体的な言い方としては、「私が会社の同僚だとしたらAだけど、妻としての立場からの発言だとB」という感じでしょうか。そうすることで、発言が感情的にならないという効果も見込めます。夫からは「結果的に、どう考えればいいんだよ」とイライラされそうですが、そこからは丁寧な話し合いをする必要があるでしょう。ただ、妻という立場だけで物事を考えてしまわず「嫁ブロックをむやみに発動しない」ことが、結果的に家庭を平穏なものにすると考えるのが、現状ではベターかもしれません。家庭への仕事の流入が増えてくればそのうちこういう悩みもなくなりそうですが、それはまだ先の話ということで。

サカタカツミ/クリエイティブディレクター
就職や転職、若手社会人のキャリア開発などの各種サービスやウェブサイトのプロデュース、ディレクションを、数多く&幅広く手がけている。直近は、企業の人事が持つ様々なデータと個人のスキルデータを掛け合わせることにより、その組織が持つ特性や、求める人物像を可視化、最適な配置や育成が可能になるサービスを作っている。リクルートワークス研究所『「2025年の働く」予測』プロジェクトメンバー。著書に『就職のオキテ』『会社のオキテ』(以上、翔泳社)。「人が辞めない」という視点における寄稿記事や登壇も多数。