自分の勤めている会社が倒産することなどありえない、と漠然と思ってはいませんか? 現金が足りなくなると、たとえ黒字でも会社は倒産する場合があります。では会社に現金がどのくらいあるのかを社員が確かめるには、どうすればいいのでしょうか?
給料がきちんと支払われるためには
会社はたとえ黒字であっても現金がないと最悪の場合倒産してしまう、だからこそ経営数値を読むときは利益率ばかりではなく現金がいくらあるかに注目すべき、ということを前回の連載第2回「最低限知っておくべき『現金』の必要性――なぜ黒字でも会社は倒産するのか?」(http://woman.president.jp/articles/-/885)で説明しました。では、私たちは何を見れば現金がどれくらいあるのか、ひいては会社が倒産しないかどうかを知ることができるのでしょうか?
少しだけおさらいしてみましょう。前回、現代の信用取引において、売掛金が回収できないということは、次の取引に必要な仕入の代金などが入ってこないことを意味する、という話をしました。売掛金とは、企業の売買取引においてまだ集金できていないお金のこと。企業間の商品取引では、商品の引き渡し時には代金を支払わず、決められた期日までに後で支払うというやり方が多くとられており、この支払いの方法を「掛取引」、また「信用取引」と言うのでした。もう一度、図を見ながら確認していきましょう。今回は、製造業や小売業を前提として説明します。
企業は自力で、あるいは他の人から現金を借りて事業に必要な資金を調達します。その資金を使って仕入や製造を行います。製品あるいは商品を販売して、売上を現金の形で回収し、次の年度に必要な資金を準備します。
仕入や製造、販売には、仕入コストや製造コスト(材料費、人件費、経費)、販売コスト(輸送費、販売に携わる人たちの給料、広告宣伝費など)がかかります。これらのすべてのコストを回収した売上で賄い、さらに利益を出して、次期の生産活動につなげていくという流れがあって初めて企業を継続することができます。売上を現金で回収できなければ、こうしたコストに対して現金で支払いを行うことができなくなっていくのです。
「キャッシュフロー計算書」が見られないなら「貸借対照表」を!
財務について勉強をしたことがある人は、手元にある現金残高を確かめるためには、キャッシュフロー計算書を見ればよいのでは、と考えるかもしれません。確かに、キャッシュフロー計算書を見ると、現金及び現金同等物(現金そのもの以外に、普通預金や定期預金、短期の定期預金などを含む)の有高が分かります。しかしながら、キャッシュフロー計算書の作成・開示が義務付けられているのは、主に上場企業です。中小企業など、大部分の会社では開示されません。
では、会社にある現金残高を確認するためにはどうしたらいいのでしょうか?
連載第1回「数字が苦手でも、最低限知っておくべき『2つの利益』とは?(http://woman.president.jp/articles/-/759)で、会社の経営成績や財政状態を示す財務諸表は大きく分けて3つの決算書、「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」から成るとお伝えしました。その際は損益計算書にある2つの利益(営業利益と当期純利益)の意味を理解し、会社がなぜ利益を出さなくてはならないか、ということを考えました。
今回の「会社がつぶれないかどうか」ということを知るには、貸借対照表を使います。キャッシュフロー計算書とは異なり、貸借対照表と損益計算書は会社法で作成が義務付けられており、社員であれば見ることができます。
貸借対照表には「流動資産」という欄があり、その「現金・預金」という項目に会社が保有している現金や短期預金といったものの金額が掲載されています。細かい数値として、いくらあるのかということが分かるようになっています。
連載第1回で損益計算書を見た時と同様に、今回も細かい科目を追っていくのではなく、貸借対照表をシンプルに「構造」として捉えてみましょう。
構造でシンプルに捉える貸借対照表
貸借対照表は、図のように大きく5つに分けられます。
まずは「資産」、「負債」、「純資産」の3つに分けられ、さらに資産と負債がそれぞれ「流動」「固定」に分けられます。流動か固定かについては、「1年基準」、あるいは「正常営業循環基準」に当てはまるものが流動に分類されます。
1年基準とは、「1年以内に現金化できる(=資産)/現金で返済しなくてはならない(=負債)」かどうかのことを言います。
正常営業循環基準とは、「製品の生産・販売等の主たる営業活動に属しているかどうか」という基準のことを言います。たとえば、販売にこぎつけるまでに1年以上かかるような高額の製品、すなわち、1年以内に現金化されない製品であったとしても、それが主たる営業活動の対象であれば、流動資産に計上できるのです。
会社の安全性を判断するためには、この「1年基準」に基づいて、貸借対照表を見ていきます。
最初に見るべきは流動資産と流動負債の割合
1年基準で考えると、流動資産とは「1年以内に現金化できる資産」であり、流動負債とは「1年以内に現金で返済しなくてはならない負債」ということになります。
ではここで、クイズです。倒産の可能性が高いのは、次のうちどちらのケースでしょうか。
A)流動資産>流動負債
B)流動資産<流動負債
正解はB)の流動資産<流動負債です。
図右側の、流動資産<流動負債のケース、すなわち、「1年以内に現金で返済しなくてはならない負債」の方が「1年以内に現金化できる資産」を上回っている場合というのは、一度に返済を請求された時に、返済しなくてはいけない現金が、1年以内に回収できる現金の額を上回っているということを意味します。これは、1年以内に(=短期的に)企業から現金がなくなる可能性があるということで、倒産の危険性が高いと言えます。
このように、貸借対照表を見て流動資産と流動負債の金額を比較すると、「企業がつぶれる可能性の高低」、すなわち企業の「安全性」が判断できます。(流動資産÷流動負債×100)という計算式で導き出されるパーセンテージは「流動比率」と呼ばれ、企業の短期的な支払能力を判断する指標として使われます。この流動比率を見る時に1点だけ注意すべきことがあります。それは流動資産の「中身」です。
その資産は本当に資産と言えるのか?
流動資産には、主に現金や1年以内の預金、1年以内の保有目的の有価証券、1年以内に回収できる売掛金や受取手形、企業の通常の営業活動で取り扱う商品や製品などが含まれます。通常、こうした「資産」はすべて、販売や回収によって現金化できるはずです。
しかし、残念ながら現金化できない資産も現実には出てきてしまいます。たとえば、売掛金や受取手形。取引とは、売上の計上は今月、実際の入金は来月末、などという契約に基づいて行われるものです。取引先の業績が順調であればよいのですが、前回の連載第2回で見たように、取引先の業績が悪化し、売上が現金で回収できないということが起こりえます。これを「貸倒れ(かしだおれ)」と言います。貸倒れは一定の確率で起こりうるという前提で、あらかじめ貸倒引当金という項目が設定されている場合もあります。
話を元に戻しましょう。流動資産にはこの売掛金や受取手形などが含まれています。したがって、流動資産がすべて「1年以内に現金化できる資産」とは言い切れないのです。そのため、「流動資産>流動負債」ならばいつでも安心、というわけにはいかなくなるのです。流動資産の中身をチェックして、それがいわゆる「不良債権」(現金化できないような資産)で多く占められていないかという点に注意しなくてはならないのです。
決算書から得られる情報はこれだけではありません。1年を超えて長期的に企業が安全かどうか、また収益性(稼げる会社か)、効率性(資産を効率よく使って売上に結び付けているか)についても知ることができます。
次回は、こうした財務分析について、イメージをしやすいように具体例を交えながら話を進めていきます。数値を読む”ことができるようになるだけで、会社の仕組みに対する理解力も、勤め先の経営状況に対する判断力もぐんと高まります。会社を楽しくサバイブするために、まずは数値を"読む"力を身に付けていきましょう!
株式会社チャレンジ&グロー代表取締役、経営コンサルタント事務所Office COM代表。2児の母。東京大学経済学部卒業後、大手通信会社にて主に法人営業に従事。1998年中小企業診断士取得後、のちに退職。10年間の“ブランク”を経て、独立開業。現在は企業研修講師や中小企業への経営支援、執筆活動を行う。企業研修では会計、ロジカルシンキング等ビジネススキルを伝えるとともに、女性経営者を中心に数値とロジックに基づいた経営の重要性を伝える自主セミナーを展開。
最近は、これまでの実績と、自身の大企業勤務→専業主婦→子育てしながら独立開業、という経験を踏まえ、女性の働き方についての執筆や講演に力を入れている。「活き活きと働くオトナが増える社会」を目指して日々活動中。