新しい企画やアイデアの売り込み。クライアントに時間をとってもらえたのなら、企画の実現に向けて前向きに検討してほしいもの。先方が話を聞きたくなる営業トークの切り出し方を、パフォーマンス研究の第一人者・佐藤綾子さんが解説します。

発言数の少ない営業マンが売れるわけ

営業でいい成績を上げている人は、きっとおしゃべり上手で、たくさん発言しているだろうと思いがちです。でも、実際そうとは限らないのです。自分ばかりが話してしまうと相手から発言権を奪うことになりますが、熱心に相槌を打ちながらクライアントの話を聞くことで、相手は自分の「自己表現欲求」が満たされ、満足感を抱きます。営業成績のいい人は、相手の表現欲求、発言欲求を十分に満たしている人なのです。ではなぜ営業活動に、欲求の満足度が関係するのでしょうか?

会社や組織で決定権を持っている人に、「EPPS」という心理テストをすると、「自己顕示欲求」「支配欲求」「変化欲求」のスコアが高い人が多い、ということが分かります。集団をリードし、理念にしたがってプロジェクトを動かしていきたいという気持ちがあり、自分の言うことを聞いてほしいという欲求がある人の方が、リーダーになりやすいのです。

したがって、まずは営業相手の話を拝聴し、自己顕示欲求を満たしてからでないと、相手側に欲求不満が残ってしまい、あなたがよい案件や提案を持っていても、こころよく話を聞いてもらえる確率が下がってしまうというわけです。

たとえ相手が苦労話や昔話を始めたとしても、うんざりした表情を見せずに、「どんなやり方だったのですか?」と身を乗り出して、目を輝かせて話の先を促しましょう。一回聞いた話であっても「前に一度聞きました」と言ってはいけません。かといって「初めてお聞きします」と言う必要もないのです。「前にちょっと伺いましたが、実際はどうだったのですか?」などと尋ねましょう。そうすると、相手は質問されたことを快適に思い、積極的に話をしてくれます。

そして相手が、十分に話したと感じる瞬間を狙って、自分に発言権を握るのです。そこで必要なのが、「受け継ぎの法則」です。

「受け継ぎの法則」とは、会話の主導権を相手から自分へ移す、これを無理なく、相手へ不快感を抱かせることなく成功させるための手法です。まずは、決裁者は「自己顕示欲求」が高い、ということを思い出して下さい。一般的な傾向を整理するとこうなります。

・成功している人(この場合は主に決裁者)は、自分のことを話したがる。
・会話では、相手が長く話している場合の方が、人間関係がうまくいく。
・目上の人から目下が、あるいはクライアントから自分が発言権を得るには、適切なタイミングとやり方を守らないと、相手に不快な思いをさせてしまう。

上記を念頭において、相手に気持ちよく話してもらった後に、会話の主導権を上手に受け継ぐ必要がありますが、そのためにはタイミングが重要です。

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「受け継ぎの法則」を利用する3つのタイミング

●「受け継ぎの法則」を利用する3つのタイミング
(1)ずっと話し続けている相手の、声のトーンが下がる時。
(2)相手が息継ぎをした時。
(3)相手が資料に目を落とした時。

これらのタイミングを見計らって、「受け継ぎの法則」につなげましょう。

「受け継ぎの法則」の3ステップ

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「受け継ぎの法則」実行の3つの手順

ここで初めて「受け継ぎの法則」を実行します。言葉以外の非言語表現をまじえたこの法則には、3つの手順があります。

●「受け継ぎの法則」実行の3つの手順

【Step1】相手をよく観察して、自分の発言のタイミングを狙って、相手を見つめ直す。
【Step2】アイコンタクトをきちんと相手に向けていて、タイミングがきたら片手を小さく動かしたり身を乗り出したりして、自分の「話したい気持ち」を無言で発信する。
【Step3】それでも相手が気付いてくれなかった時に初めて、「あの……」と声を発する。

このように、小さい動作から大きい動作へ、自分の発信のレベルを上げていくのがポイントです。相手の声のトーンが変わらず、息継ぎもなく、どんどん話している時に、いきなり【Step3】のように「あの……」と言ったのでは、「なんだい?」と言わんばかりの嫌な顔で見つめ返されるだけです。

相手の話し声が少し下に落ちる「フォーリングイントネーション」で言葉が区切れた時、「そうでしたか、よく分かります」と、きちんと聞いていたことのフィードバックを返してから、自分の話を切り出しましょう。

タイミングがつかめない場合の対処法

それでも営業先には、「受け継ぎの法則」のタイミングがつかめないほど、一方的なスピーチになってしまいがちな、「自己実現欲求」と「自己表現欲求」の強い人がいるでしょう。主に次のような特徴があるタイプです。

・アイコンタクトが強い
・何かと努力家である
・表情にメリハリがある
・声が大きい

このような人は、努力して成功しているので、自分のことを話したいと思っている場合が多いのです。そのような場合はどうすればよいのか。おもしろい研究結果を紹介しましょう。

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アメリカでのメディカルパフォーマンスの研究で、医師のベックマンが行った「遮りの研究」です。彼は、医師が患者と接する時に、患者の長話をどのように聞いているかを調査しました。結果、ほとんどの医師が、患者の話を途中で遮っていることが分かりましたが、もし遮らなかったとしても、78%の患者は150秒で自ら話を止めたというのです。150秒といえば、2分半です。この研究は、営業活動における対人関係にも通じるので、クライアントが話し続けているからといって、この数分に焦ってイライラしないことをお薦めします。

営業先の相手の性格や、自己表現に対する意識、あるいはその自己表現のもとになっている自己実現欲求の強弱を、あなたがきちんと汲み取って、上手に「受け継ぎの法則」を使って発言権を得られるかどうかが、営業の成功につながります。

佐藤綾子 パフォーマンス心理学博士
常に女性の生き方を照らし、希望と悩みを共に分かち合って走る日本カウンセリング学会認定スーパーバイザーカウンセラー。日本大学芸術学部教授。「自分を伝える自己表現」をテーマにした単行本は180冊以上。新刊『30日間で生まれ変わる! アドラー流心のダイエット』(集英社刊)は9月4日発売。