インフレになったら日本経済は元気になる? 私たちのお給料は上がる? ここで併せて考えなければならないのが金利についてです。インフレなのにゼロ金利が続いたらどうなるのか、そんなことが実際に起こり得るのか。セゾン投信社長・中野晴啓さんと一緒に「私のお金の守り方」を考えましょう。

インフレで手持ち現金の価値が下がる

前回の連載第4回「現金は最弱だ! インフレ時代を生き残るためにすべきこと」(http://woman.president.jp/articles/-/618)では、凝り固まったデフレ思考を脱し、インフレを前提とした行動規範へのリセットを行うことの重要性についてお話しました。それはすなわちお金との付き合い方において、預金は安全という大常識を捨てることを意味します。

インフレになれば景気がよくなるって言うけど、それってほんと? お金の「額面」でははなく「実質価値」に注目して、考えていきましょう。

黒田東彦日銀総裁は、日本経済が最も元気を取り戻せる環境を、インフレ率2%としています。これは先進国経済全体に共有されているコンセンサスでもあり、米国でも欧州でも自国経済の目標インフレ率を2%程度に置いています。なので、この水準のインフレが“経済の健康体温”になるのでしょう。

ここで気付くべきは、年率2%という理想的インフレ率が長期的に実現するとして、それが10年続けば累計で2割超インフレが進むことになる、ということです。

さて、日本の預金はプレジデントウーマンオンライン読者世代が物心ついたころからずっと、実質ゼロ金利ですね。ですから銀行に預けていても、名目上の金額はほとんど増えないことはもちろんご存知でしょう。

もしこれからもその状態のまま、アベノミクスの政策が良好な経済環境を実現できたとしたとき、皆さんの預金の名目残高がたとえば100万円だとすれば、10年後の実質価値は80万円を下回ることになってしまう、ということに気付かなければいけないのです。

これがインフレということであり、インフレ社会では預金は安全という常識こそが、大きなリスクを負うことになるのです。

インフレなのにゼロ金利のままなら?

銀行預金がこれからもゼロ金利だったら、という仮定をあえて置いたことには意味があります。それはアベノミクスという政策はゆるやかなインフレを進める一方で、金利を意図的に抑え込む仕組みがビルトインされているからです。

私たち生活者が日常で接する金利は、預金などに適用される短期金利です。日本の短期金利は、預金金利がずっとほぼゼロであるのと同様、デフレ経済に陥って以降やはりゼロ近辺に定着しています。これは経済活動が低迷している限り、仕方がないこととされています。

ところが将来のインフレ率を反映する金利とされる長期金利も、今の日本では限りなくゼロに向かって低下しています。長期金利というのは、私たちが住宅ローンなどを固定金利で組もうとする場合に適用される金利のことで、その基準は10年国債の利回りを見るのが一般的です。

皆さんは日本の10年国債の利回りを知っていますか? 日頃あまり目にすることはないでしょうが、2015年11月現在では0.3%程度です。これはアベノミクス政策において、日銀が日本の国債をかたっぱしから買いまくっているため、意図的に下がり続けているのです。つまりこの政策が続く限り、日本は長期金利も上がらない! ということは、アベノミクスがうまくいって2%のインフレ率を達成したとしても、金利はおそらくゼロ近辺のままであると想定しておく必要があります。

健全な自由主義経済においては、インフレの進行でお金の価値が下がった分は、金利が上がり、価値下落相当分をカバーしてくれるものです。ところがアベノミクス下の日本経済では、私たち生活者は短期金利から長期金利に至るまで、インフレ分のお金の価値の目減りが金利によって報われることはないと覚悟しておくべきなのです。

国民の富が政府に吸い上げられていく?

アベノミクスがよい成果をあげることができなかった場合、どうなるでしょうか。実はアベノミクスの副作用と言われることですが、インフレ率が2%にとどまらずにどんどん上昇してしまうと考えられます。つまり経済が“高熱”のような状態になってしまったときでも、日本政府は相応の成果が得られることになるのです。

ご承知の通り、日本政府の債務は1千兆円を超えてさらに増え続けています、それは国の経済規模の2倍を超えるものであり、日本は世界で他の追随を許さぬ大借金国家なわけで、インフレの進行が政府債務の実質価値をインフレ分だけ減らす効果があるのは、預金の目減りと同様のことです。

政府の借金は本来インフレ上昇に伴って金利負担の増大でトレードオフになるはずが、金利が意図的に低く抑え込まれているならば、金利負担を負うことなく債務の実質負担のみ軽減されていくという、政府にとって実に都合のいい仕組みになっているのです。

国内のお金の実質価値の変動は金利では補われず、インフレ分の減耗(げんもう)を余儀なくされる。言い換えれば、私たち国民・生活者の富が、明らかに国家・政府に移転されることにほかなりません。

ここまで考慮したなら、「脱・預金バカ」は、生活者が国や社会構造そのものから自らの財産を、ひいては人生をも守る上で最も重要な行動規範であると理解できるはずです。

「脱・預金バカ」が喫緊のことと分かれば、次は行動あるのみです。それは単純明快に言えば、「預金をインフレに打ち克つ資産に置き換える」ことです。すなわち「貯蓄から投資へ」、何だか耳にしたことのあるキャッチですね。これは政府が10年以上前から使い出したフレーズですが、デフレ社会においてはただむなしく響くのみでした。ところがインフレ前提社会への大転換期である今こそ、そして金利でのカバーが成されないアベノミクス政策下にあってはなおさら、珠玉の響きを帯びてきました。

ただし、これを安直に捉えてはいけません。皆さんが考える投資のイメージは、きっとインフレを克服する本来の投資とは違うものである可能性が高いと思われるからです。なぜ「脱・預金バカ」が必須のことかを得心したプレジデントウーマンオンライン読者の皆さんは、具体的手段に向けてアプローチするところまできました。次回はインフレに打ち克つ本物の投資について学んでいきましょう!

中野晴啓(なかの・はるひろ)
セゾン投信株式会社 代表取締役社長。1987年明治大学商学部卒業後、現在の株式会社クレディセゾン入社。セゾングループで投資顧問事業を立ち上げ、海外契約資産などの運用アドバイスを手がける。その後、株式会社クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年に株式会社セゾン投信を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現し、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代を中心に直接販売を行っている。セゾン文化財団理事。NPO法人元気な日本をつくる会理事。著書に『投資信託はこうして買いなさい』(ダイヤモンド社)、『預金バカ』(講談社)など。