「今の仕事をやめたら、もう正社員になれない」としがみつく時代は終わるかもしれません。
雇用の流動化――ニュースではよく見かけるが、否定的に取り上げられることが多い話題だ。今回の労働派遣法改正案で正社員と派遣社員の「同一労働・同一賃金」が盛り込まれるなど、働き方が大きく変わろうとしているが、それでも正社員を望む人が一般的だろう。
従業員が安定した雇用を望む一方、経営者は正社員の雇用を避け、非正規雇用者は増加の一途を辿る。なぜこのようなズレが生まれるのか。ファイナンシャルプランナー(FP)として多数の夫婦の働き方を見てきた立場から論じてみたい。
私が普段FPとしてアドバイスをする人の中には、大手企業や外資系企業で働く人も少なくない。そういった人たちに共通することは、例外なく長時間労働である点だ。しかし、長時間労働の最大の要因が「正社員が解雇されにくいこと」だということはあまり知られていない。
経営者は業績が悪化したときに解雇ができないと、人件費の分だけ赤字になるリスクが高まる。そのため、初めから正社員の数を絞り、結果として少ない社員に長時間残業をさせることで業務量の波を吸収させることになる。つまり、残業によって雇用のリスクをコントロールしようとするのだ。現在、労働時間が事実上の青天井であることも偶然ではない。
ただ、「強い解雇規制+長時間労働」の組み合わせには多くの副作用がある。
「長時間労働は当然」という働き方ができる人しか正社員になれないこともその一つだ。こうした問題は雇用リスクを企業に押しつけていることが原因で、“社員がクビにならなければ問題は発生しない”という発想が間違っていることは明らかだ。
企業に雇用リスクを過剰に負わせることが、正規雇用を避け、長時間労働をさせるゆがんだインセンティブを生んでいる。結局は解雇規制が社員を守っているように見えて、雇用リスクが形を変えて社員を直撃しているのだ。解雇規制の緩和は意見の分かれる話題だが、雇用にリスクがあることは動かしようのない事実だ。そしてこのリスクは必ず誰かが負担しなければいけない。経済が右肩上がりで雇用のリスクがさほど表面化しなかった時期はあったが、それは過去の話だ。
他国の状況を例に取ってみよう。まず北欧諸国の場合、解雇はごく普通に行われる。セーフティーネットの失業保険や職業訓練は充実しているが、その分税負担は重い。つまり雇用のリスクを国民全体で負っている。アメリカも解雇は行われるが雇用の流動性が高く転職は容易だ。雇用リスクは社員が引き受ける自己責任型といえるが、転職のしやすさがセーフティーネットになっている。
かなり乱暴な分類だが、北欧型・アメリカ型と日本型の違いは、企業に過剰な雇用リスクを負わせていない点だ。日本の「正規雇用=セーフティーネット」という捉え方が、現在のさまざまな雇用問題を生み出している。
「強い解雇規制+長時間労働」をもう少しマシな形に組み替えるのであれば、「解雇規制の緩和+労働時間の規制」という形になるだろう。現在は労働基準法の改正も進んでおり、今後は労働時間改革が進むと思われるが、それとセットで解雇規制にもメスが入る可能性は高い。
雇用の流動化が進めば不安に感じる人もいると思うが、実は大きなメリットもある。雇用の安定は、すなわち「雇用の固定」だ。人の入れ替えが困難な状況では、途中離脱の可能性が高い“女性”は、解雇以前に雇用の段階ではじかれてしまう。解雇は規制できても雇用は強制できないからだ。しかし、このような状況は大きく変わるだろう。そして流動性が高まれば取引が活発になって価格(給料)が上がるのは、株でも人材でも同じだ(これを流動性プレミアムという)。
雇用の流動化は多くの人にとって今後の人生を変えてしまうほどの影響がある。これからの法律の変化に注目したい。
ファイナンシャルプランナー、シェアーズカフェ・オンライン編集長。住宅・保険・投資等のアドバイスや、マネー・ビジネス分野の情報発信を行う。