営業のキモは、企画や商品を語る以前の“非言語”領域にあった! クライアントとの初顔合わせから商談成立までの“非言語”テクニックを、時間軸で学ぶ新連載。まずは初めての訪問先ではずさない、営業の知られざる極意を、非言語研究に長年携わってきた日大芸術学部教授・佐藤綾子さんがお届けします。

みなさん、営業の極意ってなんだと思いますか? 完璧な資料作りでしょうか、それともよどみのないセールストークでしょうか。もちろんどちらも、クライアントに情報を伝えるために必要なスキルです。

パワポを駆使して資料を作成する、必要なデータを準備する、これらの営業スタイルを「論理性(ロゴス)」に訴える営業といいます。ロゴスはギリシャ時代、アリストテレスの「弁術論」に始まり、現在のロジカルプレゼンの基本となっている概念です。

論理的に説明することでクランイアントに理解してもらい、さらに納得してもらって商談が成立する、こういった正攻法のスタイルが「論理性(ロゴス)」に訴える営業です。ところが、その「論理性(ロゴス)」に訴える営業資料をそもそも受け取ってもらえるか否か、また受け取った上で採択してもらえるか否かは、実は別次元で判断されていることをご存じですか?

別次元とは、「感情性(パトス)」のことです。人は好感や親近感などの「感情性(パトス)」で、心が動かされる、興味関心を寄せるものなのです。ではあなたのクライアントは、企画や提案を受け取る時に、どのような「感情性(パトス)」に左右されているのでしょうか。

大切なのは「第一印象」

過去に私がアメリカ・韓国・中国の研究者と行った合同研究「非言語行動と相手の好感の関係」から、面白い結果を紹介しましょう。初対面の第三者から見て、言葉に頼らない部分(非言語領域)で、どのような人が“好感度”“信頼度”を得られるか、という実験をしました。結果はというと……まっすぐに伸びた背筋、広い歩幅、感じのいい顔つきや自然な動作、さらには清潔な服装と髪型、これらのスコアが高い人ほど、第一印象において第三者からの評価が高かったのです。これは「非言語表現の要素」がいかに重要かを証明するものです。

この実験結果から、クライアントはあなたの外見、しかも第一印象で、企画書を見ることなく、あなたは信頼に足りえる人間か、あるいは話を聞くにも至らない人間だとシャッターを下ろすか、を決めてしまう可能性が高いことを示しています。

スタートはパトスで始めよう。営業資料の論理的組み立てさえよければ売れる、と思うのは大間違い。「論理性(ロゴス)」で始めず、まずは「感情性(パトス)」に訴えることが鉄則。クライアントから好感を得ることが営業トーク以前の大事な仕事だ。

まずは、営業をスタートさせる時は、「感情性(パトス)」により良くに訴えかけることが大切、と覚えておいてください。人間の感情を動かす――つまり“好意”“親近感”“信頼感”の獲得です。それによって「自分を信用してもらう」というハードルをクリアしなければ、どんなに「論理性(ロゴス)」が確立されていようと商談はうまく進まない、ということです。

では実際に、クライアントの「感情性(パトス)」を、一瞬でつかむにはどうすればよいでしょうか。詳しく解説していきます。

「感情性(パトス)」は一瞬の情報戦

「感情性(パトス)」は視覚情報を得た最初の1秒で決まります。

人間の脳は1秒間に相当量の情報を処理している。あなたの印象は一瞬で判断されるのだ。「適応的無意識-Adaptive Unconscious by Timothy D. Wilson」

私は35年間、人間の自己表現の研究をしてきました。その中でも「非言語表現(言葉以外の表現)」の実験と研究データは日本で最大量を集めています。その実験結果から、クライアントの「感情性(パトス)」に効果的に訴えるテクニックを紹介しましょう。

その前に人間の視覚的な処理能力をみておきましょう。アメリカの心理学者ウィルソンの研究です。人の視神経は1秒間に1100万要素を認知します。その中で脳に伝達される情報は1秒間に40要素。一秒の間にかなりの情報量を得ていることになります。一瞬で得た視覚情報から、脳が印象を決定していくのです。

ウィルソンの実験では、一切の音声要素を抜いて、顔だけの情報しか見せないにも関わらず、被験者は顔の印象だけで、好感や親近感、信頼感、誠実さ、あるいは反対に頼りなさや冷たさの情報を読み取ったのです。さらに、その一瞬で判断された印象は時間が経過しても変化せず、初めに刻まれたイメージがそのまま継続する、という研究結果がでました。私の実験でも、同様の結論に至っています。

 
●一瞬の印象は、時間が経過しても変化しない
(1)人は相手の論理的説明を聞く前に、一瞬の「輪切りの印象(thin sliced impression)」で、相手に対して"好き"か"嫌い"かの1秒決定をしている。
―Timothy D. Wilson,2002,『Strangers to Ourselves』Harvard University Press.より引用
(2)人が最初の2秒で判断した印象は、5秒後も10秒後も変化しない。
「顔における第一印象形成の確度と時間」2008年調査 佐藤綾子

「あなたはどう見られているのか」を意識する

つまり、あなたがクライアントに与える第一印象は、「顔」で決まると言えます。さらに「顔」と同様に、相手に同じタイミングで視覚的に入っていく情報として、「姿勢」と「動作」もポイントとなります。

以前私は、御茶ノ水駅前で「人は人の印象を何メートル先から読み取るのか」という実験をしました。結果、人は15メートル先から相手を見て、その姿勢からその人のイメージを判断していることが分かりました。背筋が伸びて元気とやる気がみなぎっているのか、肩が落ちて背筋が丸くなり、自信がなさそうなのか。姿勢は顔と同様に、あなたを判断する情報として相手の視覚に入っていきます。

それらをクライアントへの訪問時に応用してみると……。応接室に通された時の立ち振る舞い、座った時の姿勢にも気を配る必要があります。背筋はちゃんとのびていますか? うつむきがちになってはいませんか? 脚を放り出して座ってはいませんか? 背筋は気を抜くと丸くなりがちです。クライアントが視覚に入ってから姿勢を正しても手遅れです。訪問先では特に、人の目にどう映るかを意識してください。あなたは15メートル先から見られているのです。

もうひとつ。私の実験結果から歩幅について紹介しましょう。日本人女性の平均的な歩幅は55センチです。もしあなたが営業先でトボトボと狭い歩幅で歩いていると、クライアントはその視覚的な情報だけで「なんだか自信なさげで暗い人だ。大丈夫かな?」と感じてしまいます。「顔」「姿勢」「動作」には、歩き方も含まれていることを忘れないでください。

「好意の返報性」の循環をつくる

人はまず「感情」、次に「論理」で動く生き物です。論理が先では動きません。営業テクニックも同じです。まずスタートは「パトス」、その後「ロゴス」へ向かう手順を守りましょう。

第一印象でクラアントに“好印象”を与えたら、論理的説明に入るのが営業の極意です。「感情性(パトス)」に響けば、クライアントは心を開いてくれます。そこに人の “好意の返報性”があります。「ああこの女性はいい人だな」とうれしく感じて共感すると、自分にこの快感を味わわせてくれた人の要望に応えてあげたい、という欲求を持つからです。

反対に初対面の印象が、生意気そうに上からものを言ったり、初めから性急に資料を並べたりすると反感を持たれます。人には自分に不愉快な感情を与えた相手には、不愉快な感情を返そうとする鏡のような作用があるのです。そうすると「この人の話をもっと聞きたい」という気持ちが沸いてこなくなります。「出かけるのは何時だっけ?」とあからさまに腕時計に目を移して、あなたを追い出しにかかるかもしれません。

クライアントの手前15メートルからの「姿勢」と「動作」、さらにテーブルに向かい合って接近した時の明るい「顔」の表情で、“好感度”を最高値にして、交渉の手がかりをつかみましょう。

佐藤綾子 パフォーマンス心理学 博士

常に女性の生き方を照らし、希望と悩みを共に分かち合って走る日本カウンセリング学会認定スーパーバイザーカウンセラー。日本大学芸術学部教授。「自分を伝える自己表現」をテーマにした単行本は180冊以上。新刊『30日間で生まれ変わる! アドラー流心のダイエット』(集英社刊)は9月4日発売。