劇薬治療・アベノミクスとその効果

アベノミクスが始まってから早3年近くが経とうとしています。アベノミクスは安倍内閣が政策の最優先課題を日本経済の再生に据えたことに鑑みた、ご存知“3本の矢”なる政策方針のことで、それは日本経済低迷の要因を単なる景気循環による不景気に帰するところとせず、構造的な病気であると規定した上で打ち出された、劇薬投与治療法でもあります。

長期デフレ経済下にあった日本。世界と比較して見たとき、その深刻さはいかほどのものなのでしょうか。

実は安倍政権も認定した通り、日本経済は病気に冒されて久しいのです。国家の経済規模を示す指標としてGDP(国内総生産)がありますが、手元の資料によれば、日本のGDPは1997年の規模が歴史上最大であり、以降今に至るまでその数字を上回ることができずにいます。つまり日本経済はかれこれ20年スパンで経済成長ができない状態が続いており、直近の2014年においてのそれは、1997年に対してのいまだ94%程度にとどまっています。その要因こそがデフレ病という、極めて重篤な経済の病気なのです。

日本経済はデフレであるという話は、テレビや新聞でも散々語られており、皆さんもご存知でしょう。そして経済が成長できない状態というのが、デフレという病気の顕著な症状のひとつであるのです。

さて、皆さんはこの病気の深刻さをどのように捉えますか? 日本の1997年時点でのGDPはざっと520兆円程度で、昨年が約490兆円。そんなにへこんでいるほどでもないし、重病というのは大げさじゃない? と思われるかもしれません。

思考回路を変えるときが来た

では、この同じ期間に世界の国々はどうだったのかを検証してみると、お隣の韓国は2.8倍に、そして中国ではなんと7.8倍にまで大きくなっています。ならばと、日本と同じ先進国で見てみたところ、米国も英国も2倍以上になっているではありませんか。そう、この間世界はちゃんとそれぞれの巡行速度で着実に経済成長していて、主要国で日本だけが成長から取り残されてきたのです。

ということは、世界の中で日本がどれだけ相対的に貧しくなっていったかご納得いただけるでしょう。これらの現実を知れば、皆さんもやっぱり経済成長できないこと、即ちデフレがいかに深刻な病であるか、認識いただけるはずです。

デフレ経済下では物価が下がるため、相対的に現金の価値が高まります。デフレが続くと思えば、人はお金を使わなくなり、経済は縮小していきます。デフレをずっと放置し、痛み止めのカンフル注射ばかり打ち続けてきた日本政府でしたが、安倍政権は初めてデフレ病を治癒させることを最重要政策に掲げ、アベノミクスの矢を放ったのでした。

それから紆余曲折がありましたが、日本経済は今、確かにデフレ脱却の出口まで来ています。とりわけアベノミクスの第一の矢と言われる金融政策は、強引にデフレを克服するための処方を実行し、日本経済は良くも悪くも約20年ぶりにデフレ社会からインフレ前提社会へと大転換期に入ったのです。

プレジデントウーマンオンライン読者世代は、既に物心ついたときからずっとデフレ社会の中で育ってきました。ですから皆さんの思考回路はもっぱらデフレ前提になっています。ところが私たちのよって立つ社会構造がいよいよインフレ前提へと舵を取るならば、20年間当然とされてきた価値観や行動規範、あるいは常識や社会正義に至るまで、否応なしに大転換を余儀なくされることを認識するべきときが到来したのです。

現金最弱時代と心得よ

さて、「脱・預金バカ」に話を戻しましょう。改めてデフレの定義をおさらいすると、デフレとはお金の価値がモノの価値よりも大きくなっていく社会です。この状態のことを英語では「Cash is king」と表現します。即ち現金は王様(最強)だということです。

デフレ社会においては現ナマが最強だとすれば、何も考えずひたすら銀行預金することは、結果的に正しい選択だったのです。お金を預金してじっと抱え込んでいるだけで、勝手にお金の価値が上がっていくのがデフレだからです。「預金バカ」こそが正しい行動規範だったわけですが、一方でインフレ社会における定義は、「Cash is loser」。つまり現金は最弱だ、にガラリと前提が変わる。まったく常識が逆になるわけです。

「脱・預金バカ」の意味が分かっていただけたでしょう。預金はできるだけ持たないことが、これからの賢明なる選択になるわけで、換言すればインフレ前提社会においては、お金(預金)をインフレに打ち勝つ資産に置き換えていくことが、新たなる行動規範となる時代が始まった、と読者の皆さんには強くインプットしていただきたいのです。

ちなみにデフレ病とは、人間の体に例えるなら低体温状態のことです。それを36度台の健康体温にまで引き上げていこうというのがアベノミクスの金融政策で、これが程よいインフレということです。ところが強引に体温を上げる治療ゆえ、副作用が出ると体温がどんどん上がり過ぎて高熱を発してしまうかもしれません。これをもってアベノミクスが劇薬と言われるゆえんです。

つまりこの先は、低体温のデフレを恐れることはもはや的外れであって、健康なインフレか高熱のインフレか、いずれにしてもインフレ経済が前提となる社会で私たちは自らの生き方を構築していく必然性に直面しているのです。

では次回、「脱・預金バカ」時代の賢明なる行動規範をお金の役割に考察しつつ深掘りしてまいりましょう!

※文中の「GDP」の数値は、「名目GDP」を使用しています。

中野晴啓(なかの・はるひろ)
セゾン投信株式会社 代表取締役社長。1987年明治大学商学部卒業後、現在の株式会社クレディセゾン入社。セゾングループで投資顧問事業を立ち上げ、海外契約資産などの運用アドバイスを手がける。その後、株式会社クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年に株式会社セゾン投信を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現し、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代を中心に直接販売を行っている。セゾン文化財団理事。NPO法人元気な日本をつくる会理事。著書に『投資信託はこうして買いなさい』(ダイヤモンド社)、『預金バカ』(講談社)など。