「ああいう人になりたい」。職場でちょっと年上の女性社員に憧れたり、目標にしたりしている女性は多いのではないでしょうか。しかし30歳くらいから、女性の働き方にはさまざまな選択肢が出てきます。働く目標を見失ったとき、あなたがするべきこととは……? 「キャリア」の専門家・サカタカツミさんの連載で、働くこと、仕事について改めて考えていきましょう。

働く女性の見本がとても少ない時代があった

女性も大学を卒業して就職、という道筋が普通の時代になりました。が、昔からそうだったというわけではありません。

今から30年近く前、ある大企業での話です。新卒採用に使うイメージ広告を作成するために、私がその企業の人事部へと打ち合わせに訪れたところ、「ついでに」と相談されたのが、“本社に女子トイレが1つしかない”でした。「今後、多くの女性が職場に進出してくる。このビルに(とても大きな会社です)勤務するとしたら、トイレが足りなくなってしまうだろう。頭では分かっているけれど、本当にそんなにたくさん女子が入社するのか、とても実感できない」というのです。人事担当ですら、そんな意識だった時代です。

今となっては笑い話ですが、かつてはそんなことを考えなければならないほど、女性が働くこと、さらには長く働き、出世する、という状況は一般的ではありませんでした。そのため、働く女性にとって見本となる人はとても少なく、貴重な存在だったのです。その、ごく一部の頑張ってきた女性たちが先頭となり、後続を引っ張って、現在の女性のキャリアのロールモデルのようなものが形づくられてきました。俗に(厳密な意味では違うのですが)「雇均法一期生※」と呼ばれる女性たちが、それに当たると思います。彼女たちは手探り状態の中、どのように働けばいいのかと一生懸命考えてきたのです。

※編注:雇均法は「男女雇用機会均等法」(1985年制定、翌年施行)の略。雇均法が適用された、1986年新卒入社の女性社員と、その前後の世代で現在50歳前後の女性社員のことをそう呼ぶ。

見本が増えすぎたからこそ見本を見失ってしまう

しかし、最近の女性のキャリアには少しずつ変化が起きているようです。かつてのように「誰もが知っているすごい女性、手本となるような女性を目指す」という働き方ではなく、「周囲の様子をうかがいながら、でも自分らしく働く」という選択をする人が増えているのです。理由はとてもシンプルで、“見本となる人が増えた”ことにほかなりません。有名ではないけれども、自分にとっては憧れの人が、それこそ就職活動をしているときから当然のように存在し、入社後もその人を目指すというスタイル。遠く離れた、まるで手が届かない人ではなくて、少し頑張れば真似できるかもしれない人という点が、とても大切なようです。

少し前を走っているだけなので、その背中は追いやすい。テレビで、パソコンの画面の中で、本や雑誌で、そんな自分とかけ離れた場所で見かけるような人は目標にもなりませんが、目の前で働いている先輩なら、なんとなく頑張れる……そういう気持ちになるのは、分かるような気がしますよね。

しかし30歳を過ぎ、ふと改めて前を見てみると、ひとかたまりの集団なっていたはずの先行集団が、実はバラバラになっていることに気がつく。昇進、結婚、出産、転職、独立――見本となる人は同じトラックを周回していたはずなのに、だんだん別のトラックを走り始めている。そのことに愕然とするのです。

戸惑って立ち止まってしまう「キャリアの曲がり角」

こう書くと「そんなことない。もっと前にそうなることに気がついていたはず」という声が聞こえてきそうです。その指摘は正しいけれど、多くの人は問題を先送りしたがるのが世の常。

さらに問題を深くしてしまうのは、30歳を過ぎたあたりから「自分の能力にある種の見切りをつけなければならない」と思い込んでしまう女性が多いことです。見本にしていた先輩たちの今を見て、自分の現在の能力と比べてみると「このくらいまではいける」逆に「この程度しかいけない」と、勝手に悟ってしまいがち。そのタイミングと先行集団がバラける時期が重なると、どうにも戸惑ってしまうようです。

ただ、このタイミングだからこそ、戸惑って立ち尽くしているのではなく、改めて自分のキャリアを見直してみる絶好の機会だと考えてみてください。日々そういうことを考えているという人は別にして、多くの人は自分のキャリア、働くことと暮らすことなどを、真剣に考えたのは、就職活動のタイミング以来なはずです。そう、その頃の自分と今の自分は、少なくとも、まるで違っているはず。もうすっかり別人になったのだと自覚をして、改めて、これからどうするのかを検討してみてください。方法は簡単です。働き出したころの気持ちを“引っ張りだしてきてみる”ことからスタートです。

「前を行く人を追いかける」という働き方から脱却してみる

もちろん、新しいロールモデル、つまり次の見本となる人を探し出すという方法もあるのですが、お勧めはしません。いつまでも他人に依存しているようだと、その人が大きく道を変更したときに、またしても戸惑ってしまうこと請け合いです。

それならば、次の道は自分を信じて、自分なりに進むプランを立てるほうがいい。その基準となるのが、過去の自分です。働き始めたときに思い描いていた自分と今の自分。比べてみてどうでしょうか? 違っていることが悪いことではないのです。当時考えていた未来と、今がまったく違っていたとしても、今の自分に満足しているならば、問題はない。逆に不満でも、何も問題はありません。

このコラムを読んでいるあなたが、35歳だとして。22歳で大学を卒業し、就職してから12年ほどです。65歳まで働くとして(数字でみると長いですね)、あと30年あります。30年ということは、あなたが経験してきたキャリアよりも長い年数が、まだ残っているということです。少なくとも、働き方を見直し、新しいチャレンジをするのに遅すぎると断言する年齢ではない。

もしあなたが今、目標やロールモデルを見失ってしまったり、戸惑っている状況なのだとしたら、それはチャンス到来と捉えるのがベストなはずです。とはいえ、「働く」だけが人生ではないので、それはそれで難しいところなのですが……。それについてはまた、機会をみて書くことにします。

サカタカツミ/クリエイティブディレクター
就職や転職、若手社会人のキャリア開発などの各種サービスやウェブサイトのプロデュース、ディレクションを、数多く&幅広く手がけている。直近は、企業の人事が持つ様々なデータと個人のスキルデータを掛け合わせることにより、その組織が持つ特性や、求める人物像を可視化、最適な配置や育成が可能になるサービスを作っている。リクルートワークス研究所『「2025年の働く」予測』プロジェクトメンバー。著書に『就職のオキテ』『会社のオキテ』(以上、翔泳社)。「人が辞めない」という視点における寄稿記事や登壇も多数。