女性美容師、高い離職率と多様な働き方の関係を考える

美容業界が抱える大きな課題の1つ。それは「休眠美容師」の多さだ。約50万人の美容師がヘアサロンで働いている一方で、美容師免許を持ちながら、就労していない休眠美容師は、全国に75万人以上存在すると言われている(※)。これほどまでに現場からの離脱者が出てしまう現状は、美容業界にとって長年の課題である。

※免許保有者数123万8000人(出典:理容師美容師試験研修センター資料、平成25年)、従業者数48万7636人(出典:厚生労働省「衛生行政報告例」、平成25年)より算出

柏村美生さん/1998年4月、リクルート(現リクルートホールディングス)に入社。社内新規事業提案制度を活用し中国に会社を設立。外国企業初の現地制作ブライ ダル雑誌である「皆喜」を発行。延べ6年の駐在後、美容サロン予約サイト『ホットペッパービューティー』の事業責任者を経て、2012年10月より株式会社リクルートライフスタイル執行役員 兼 美容サロン予約サイト『ホットペッパービューティー』の事業責任者就任。2015年4月より株式会社リクルートホールディングスの執行役員にも就任し、現在はグローバル販促領域における美容&ヘルスケア事業を担当している。

リクルートライフスタイルの執行役員であり、『ホットペッパービューティー』などの美容・ヘルスケア事業に携わる柏村美生さんは、休眠美容師が増える要因をこう考えている。

「美容師は、女性が活躍しやすい職業の1つです。しかし、その女性美容師たちが、結婚や出産を機に現場から退いてしまうケースがとても多いんです。背景には、長時間労働であることや、週末に休みを取りづらいこと、また十分な育児休暇が取りにくく、育休復帰後の時短勤務が取りづらい風土があることなどが考えられます。女性が非常に多く、活躍できる職種でありながら、ライフイベントによって彼女たちが復帰できなくなってしまうのは、本当に惜しいことだと思います」

実際にヘアサロンでは、育休復帰後に10時から16時まで時間限定で勤務するなどのスタイルをとりにくい風潮があるという。フルタイム労働の常識化に加えて、いわゆる「時短勤務」をすれば、指名客の予約が受けにくくなり、客が離れてしまう。その客離れを敬遠するあまりに、育休復帰後の労働時間のフレキシビリティを硬直させている影響もあると考えられる。結果、「産休などで一時的に現場を離れると、そのまま美容業界に戻ってこなくなってしまう。こうして休眠美容師が増えていくんです」と、柏村さんは指摘する。

女性が多い美容業界にとって、せっかく育った人材がライフイベントで離職してしまう問題は深刻だ。実際、柏村さんが全国のヘアサロン経営者と話すと、多くのサロンが「人手不足」に悩んでいるという。

そこでリクルートライフスタイルの美容に関する調査機関である「ホットペッパービューティーアカデミー」では、ワークライフバランスの啓蒙のため、全国の女性美容師たちを取材した冊子『女性美容師として生きていく。』を製作し、イベントなどで配布している。子育てをしながら働く人や、時間限定でサロンに勤める人など、さまざまな「女性美容師のワークスタイル」を取り上げ、ロールモデルとして紹介し、多様な働き方を提案しているのだ。それでも、休眠美容師が生まれる問題の解決に向けた道のりはまだ遠い。

老いても美しくありたい、生きる尊厳を再考する

美容業界についてもう1つ、美容サービスを受ける側が抱える課題についても紹介したい。それは高齢社会の進行で、在宅介護を受けたり、介護施設で暮らす高齢者の中に「美容室に行きたくても行けない人が増えている」ということだ。柏村さんは、この問題を次のように考察する。

美容インフラのサービス拡充が、今後の日本の高齢化社会を支えていけるか、期待する声は多い。

「高齢化が進み、今後ますますお年寄りの在宅介護が増えてきます。その中で、介護が必要で自由に外出ができない高齢者の髪を、介護する家族が簡易的にカットすることも多くなるでしょう。しかし、身だしなみや美容は “イキイキと生きていく”ことに結びつくもの。移動に不自由な高齢者の中にも、“美容師のプロのサービスを受けたい”と希望する人がいるはずです。そう考えると、在宅介護を受ける“高齢者の美容”についても、サービスの形を作らなければなりません」

柏村さんはまた、「おしゃれが好きだった自分の母親や、あるいは自分が介護される側になったとき、美容室に行けなくなり、仕方なく家族に髪を切ってもらう状況を喜べない気がする」と言う。同じ考えを持つ人は、決して少なくないだろう。

訪問美容のスキルや知識を考える「未来会議」を開催

美容業界が抱える、“女性の休眠美容師”と、“美容室に行きたくても行けない高齢者”という2つの問題。どちらも根深いものだが、柏村さんは「2つの問題を結びつけ、解決する方法がある」と語る。それが“訪問美容の普及”だ。

「訪問美容とは、美容師が家や介護施設などに訪問して行うサービスのこと。訪問美容がもっと活性化すれば、在宅介護を受けている高齢者が美容師のプロのサービスを受けられる機会が増えます。また、女性美容師にとっては“子どもを保育園に預け、その時間だけ訪問美容をする”など、働き方も多様化するはず。それにより、女性美容師の職場復帰に繋がる可能性があると考えています」

訪問美容というサービス形態は、昔からあったものだ。現在も、訪問美容を行っているサロンやNPOはある。とはいえ、数自体は決して多くない。その中で、訪問美容を普及・活性化させるには「いくつも課題がある」と柏村さんは言う。

「訪問美容のサービス自体を知らない業界の人は少なくありません。また、足腰の弱ったお年寄りに対しては、美容とは異なる介護面のスキルや知識が必要になってきます。例えば、骨粗しょう症の方は、長時間同じ姿勢で座っていることが難しく、短時間で髪を切ってもらうことが求められます。また、認知症の方への接し方も特別な対応が必要です。サービスをする美容師側に、そういった訪問美容特有とも言える知識について浸透を図っていく必要があるのです」

「訪問美容」ならではのスキルや知識の習得が必須だが、休眠美容師と在宅介護者のマッチングは、美容業界への大きなインパクトとなるはずだ。

リクルートライフスタイルでは、サロン経営者や美容師向けに「ホットペッパービューティーアカデミー」という経営支援スクールを開いている。加えて、10年後、20年後の美容業界を見据え、将来起こり得る課題や兆しについて、業界の人と話し合うイベント「未来会議」を行っている。柏村さんは今年、そのテーマの1つを「訪問美容」に設定し、2015年4月にイベントを実施した。実際に訪問美容を行っているヘアサロンや、NPO法人全国福祉理美容師養成協会の方を招きパネルディスカッションを行ったり、参加者同士で訪問美容というテーマについて話し合ったりすることで、訪問美容に対する知識や理解を深めてもらう契機となった。

「訪問美容を普及させるためには、美容師側にさまざまな働き方や価値観を持ったロールモデルを紹介して“型”を作っていくことが必須。今後は、訪問美容で成功しているサロンを取材して、1日の作業の流れを他のサロン経営者に広めることなども考えています。また、訪問美容特有のスキルを、ホットペッパービューティーアカデミーの講座で教えていきたいですね」

カギは、持続可能な訪問美容サービスの仕組みづくり

「訪問美容」の普及は、高齢者の生きがいにもつながる可能性を秘めている。柏村さんがこの取り組みに力を入れる遠因は、彼女自身の大学時代の体験にある。

美容師の持つ技術を「訪問美容」サービスとして体系化する試みが始まろうとしている。

「もともと私はソーシャルワーカーを目指しており、大学時代は障害者支援をしていました。その際、筋ジストロフィーを患った方に3年間関わっていたのですが、当時ブームだったカリスマ美容師に髪を切ってもらいたいと言われたんです。それが実現し、髪を切ってもらうと、その人は今まで見たことのない素敵な笑顔を見せてくれました。“美容師のプロのサービスを受ける”ということには、生活の質を上げ、生きる喜びを享受する力があると思うんです」

高齢化が進むこれからの時代において、在宅介護を受けるお年寄りの“生きがい”を作ることは重要になる。訪問美容は、それらを支える一端になるかもしれない。そして、サービスを提供する美容業界にとっても、美容師の働き方の多様性にもつながるだろう。

では、訪問美容を普及・活性化させる最大のカギは何だろうか。柏村さんは、「訪問美容を継続的に運用していける強固な仕組みを作ること」だという。

「訪問美容がお年寄りのニーズと合致し、女性の休眠美容師が働ける場を増やすとしても、それが両者にとってメリットをもたらす産業にならなければ、どうしても普及しません。訪問美容への補助金を出してくれる自治体もありますが、これを頼りにするのではなく、美容師にとってもサービスの受け手にとっても、無理なく継続していける仕組みをつくること。仕組みによって誰もが便利に利用できるサービスにすることが大切です」

その実現に向け柏村さんは、「訪問美容は、実際の美容室と同じく、サービスの受け手のニーズに徹底して答えるサービスにすることが重要で、ヘアサロンと同じように、ハイクラスなものからリーズナブルなものまで、いろいろな形の訪問美容が生まれればいい」と考えている。その状態こそ、訪問美容が産業として活性化した姿なのかもしれない。

女性休眠美容師の復職喚起と、在宅介護を受けるお年寄りの生きがいを支える“美容”とのマッチング。訪問美容の課題は多いものの、実現した時には大きなメリットがあるはずだ。美容業界の活性化に向けた取り組みに注目したい。