電話が鳴らないオフィス

東日本大震災で、会社も私のキャリアも大きく変わりました。「3.11」前、当社は他社のプロモーションやPRサポート業がメインで、私の仕事は主に化粧品メーカーのPR業務でした。2~3社を担当し、女性誌の編集部を訪ねて商品の説明をしたり、製品のリリースを書いて配信したり。

ところが震災でPRの仕事がほとんどなくなってしまったんです。

グライド・エンタープライズ取締役 佐藤すみれさん

前日まではクライアントや出版社からの電話がひっきりなしに鳴り響いていたのに、その日を境にしーんと静まり返ってしまいました。前に決まっていた雑誌の広告がなくなり、イベントもなくなり、テレビCMもなくなりました。

災害や不況など経済的な不安が高まったとき、企業が真っ先に削る分野の1つは宣伝広告費といいます。その直撃を受けてしまいました。売上は半減どころか、限りなくゼロに近づくほどの有り様です。

このとき、社員全員がよくオフィスに集まるようになりました。6~7人いましたが、そのうち女性は2人です。それまでは個々人がクライアントに密着して動いていましたから、社員同士が顔を合わせることが少なかったんです。仕事がないから、オフィスにみんな集まって、「これからどうする」って。そういう会議を毎日つづけるなかで、1つ不思議なことに気がついたんです。

震災後も化粧品は売れている!

2011年の1月にオンラインショップを立ち上げて以来、いろんなメーカーから仕入れた美容関連の商品を売っていました。東日本大地震でPR業務が激減した一方で、不思議なことにオンラインショップの売上はほとんど落ちませんでした。震災の1週間後、2週間後でも、化粧品はふつうに買われていたんです。発送先を見ると、東北の被災地の方たちも購入している。

私たちは、被災地の人たちは化粧品なんて求めていないだろうと思っていました。それよりも、食べ物や毛布が必要だろうと。

でも、どんなときでも化粧品って必要なものなんですね。口紅1本で気持ちが明るくなったり、お肌がつるつるするだけでうれしくなったりする。やっぱり女性ってそういうものなんだなと、改めて思いました。そこから、自分たちで化粧品を開発しようという発想が生まれていったのです。

「本当に喜ばれるものをつくりたいよね」「どんなものをつくる?」

みんなで話し合っているうちに、オンラインショップで売れ行きがよかった、エステサロンなどで使用されていた業務用フェイスマスクを、自分たちのブランドとして立ち上げようという話になりました。もともと、フェイスマスクは価格も1枚1000円、2000円と高価なものが主でしたが、それを個人が毎日お肌のお手入れに使える商品にしたいと考えました。

「毎日が大事」。これは震災後みんなで話し合ったときに共有していた価値観です。それこそ明日は、今日いるメンバーと一緒に働けるかわからない、会社がつぶれてしまうかもしれないという状況でしたから。

業界の常識をやぶる商品開発

自社ブランドのフェイスマスクは「ルルルン」という名前で、その年の7月に発売しました。ネーミングは、みんなで「女性がうれしくなるときの気持ちって、ルルルンって感じだよね」と話し合って決めました。それまでフェイスマスクは高価格なものがほとんどで、デートの前などの特別な日に使うものでしたが、私たちは「毎日が特別」というコンセプトでお客様にアピールしていきました。

毎日使っていただくためには値段も重要です。1袋42枚入りで1500円という価格をつけました。当時、この価格帯のフェイスマスクはありませんでした。

開発に入ったのは震災から1カ月弱のころです。業務用のフェイスマスクを製造していた四国の工場に電話し、お願いに行きました。安かろう悪かろうではいけません。高品質を維持しながらコストを下げる交渉です。私の場合、未来予測が苦手でその場の状況での交渉をしてしまいがちだったのですが、そこは会社の男性社員が「1年後にはここまで売上を持っていきます。2年目は、3年目は」と説得してくれました。

営業担当の彼らからは、「コストの部分の交渉は僕たちが頑張るから、佐藤さんはいいものを作りなさい。自分が毎日使いたくて仕方がないようなものを」と言ってもらいました。

フェイスマスクのサンプルを自分で試して改善していくために、会社ではすっぴんでいることも多かったですね。1日に何十枚も試しました。

あとは世の中にルルルンを広めるだけですが、そこにも困難はありました。