秘書の本質とは、上司が働きやすい環境をつくること。「言われる前に動く」「細かく説明されなくても意を汲み取る」……、求められる素養は、すべてのビジネスパーソンに通じるものです。
壱番屋創業者秘書をはじめ、30年以上に渡りその道を究め、日本秘書協会の「ベストセクレタリー」にも選ばれた中村由美さん。著書『日本一のプロ秘書はなぜ「この気遣い」を大事にするのか』からの抜粋を、ちょい読み版としてご紹介します。誰からも求められる気遣いと仕事術を、プロフェッショナルより学びましょう!
「納得いかない!」、でもいったん引き下がる
秘書の立場であっても、上司に提案や疑問を投げかけることもあるでしょう。その結果、予想外の激しい議論に発展してしまうことがあるかもしれません。今回は議論になった場合の「場の収め方」についてお話しします。
上司と議論になってしまい、このまま話し続けても平行線だと感じたら……。この場合、取るべき対応はただひとつ。秘書が引くのです。「なるほど、わかってまいりました。お時間をいただいて、ありがとうございました」でも構いませんし、「そのようにお考えでしたか。勉強になりました」でもいいでしょう。何か考えがあって始まった議論なので、進展のないまま切り上げることには納得がいかないと思います。しかし、とりあえずは「上司の考え方を理解しました」と言って、いったん引き下がってください。それ以外によい場の収め方はありません。
引き下がることで、多くを得られる!
そもそも、こちらが「このまま話していても、ただの言い合いにしかならないな」と感じているときは、たいてい相手も同じように感じています。とはいえ、上司には経験値があり、上司としてのプライドも権限もあるため、「相手の言い分もわかる」と感じていても、素直に伝えられない人もいるのです。そうであれば、その議論はお互いの関係を悪くするだけの行為。理解を深めるために始まった議論であるはずなのに、本末転倒です。今後の関係を考えれば、後味の悪さを残さないためにも、部下であるこちらが引くのが得策でしょう。
また、誤解から上司に叱られた場合なども同じです。指示通りにしただけなのに、「僕は○○と言ったのに、どうして××になっているんだ」と怒られれば、誰でも「理不尽だ!」と腹が立つことでしょう。しかし、そこで「あなたが××と指示しました。これが証拠です」と何らかの証拠を突きつけても、「上司を言い負かした」と一瞬気分がスッとするだけのこと。相手は「そういう言い方はないだろう」と腹を立てるでしょうし、結果的にこちらには何の得もありません。この場合もやはり、「申し訳ありませんでした」と謝り、こちらが引き下がるのが得策なのです。
怒り心頭だった上司も、怒ってすっきりすれば冷静になります。そもそも、「もしかして自分の説明不足が原因かもしれない」という可能性についても考えるでしょう。さらには、メールなどを確認して「自分の思い違いだった」と知ることもあるかもしれません。そうすれば、自分に非がないのに引き下がり、甘んじて怒りを受け止めてくれた秘書に「申し訳ないことをした」という気持ちを抱くはずです。そして、今後は勘違いから理不尽な怒りをぶつけることのないよう、怒る前に少し立ち止まるのではないでしょうか。指示ミスを犯さないよう、注意深くなってくれる可能性もあります。長い目で見れば、反論せず黙っておいたほうがいい場合もあるのです。
とはいえ、自分の指示を綺麗さっぱり忘れてしまうような上司であれば、話は別。同じ問題が起こらないよう、メールや文書で指示の記録を残すようにします。上司には多少嫌味に聞こえてしまうかもしれませんが、「これは○○で進めてもよろしいですね?」と確認する回数を増やすのも、効果的でしょう。
「上司にとって働きやすい環境を整えるのが秘書の仕事である」とはいっても、それは横暴を通すということではありません。必要であると思えば、意見を言うことがあってもいいのです。ただし、引くときは引く。反論すべきでないと判断したら、黙っておく。嫌な空気を残さないよう配慮するのは秘書の役目です。
プロ秘書からのメッセージ
長い目で見れば、反論せず黙っておいたほうがいい
コンサルタント会社の社長秘書を経た後、株式会社壱番屋に入社。創業者・宗次徳二氏をはじめ、3代の社長に仕える。日本秘書協会(元)理事、ベスト・セクレタリー、秘書技能指導者認定、サービス接遇指導者認定。カレーハウスCoCo壱番屋創業者(宗次夫妻)秘書。著書に『日本一のプロ秘書はなぜ「この気遣い」を大事にするのか』(プレジデント社刊)(http://presidentstore.jp/books/products/detail.php?product_id=1730)などがある。