このところ、テレビや新聞で「下の子の育休中の退園問題」が話題になっています。

子ども・子育て支援新制度の実施を理由に、所沢市では、下の子の育児休業をとった場合、上の子が3歳未満なら退園というルールを発表し、親たちの間で大ブーイングとなっています。

市は、「育児休業中は家庭で子育てが可能なので、『保育の必要性』に該当しない」と説明しました。

そんなことを言われても、いったん保育園を出されてしまったら、復帰のときに下の子だけでなく上の子の保活もしなければなりません。そもそも保育園を楽しみにしている上の子に「明日から保育園に行けない」なんてとても言えないと親たちは動揺しています。

いったいどういうわけなのでしょう。

新制度のせい?

今年4月から実施された子ども・子育て支援新制度(以下、新制度)。

新制度では、これまで「保育に欠ける事由」と言っていた認可保育園(保育所)の入園要件を「保育の必要性」という言葉に改めました。

親が働いているなど、家庭で保育できない理由がないと、「保育の必要性」は認められず、認可保育園等には入れません。

以前の「保育に欠ける事由」も新制度の「保育の必要性」も内容的にはほぼ同じですが、新制度では、求職中、就学、虐待やDVの恐れがあるなどの場合も要件に加わり、国としては、制度を利用できる人の範囲が「広がった」と説明しています。ただし、多くの自治体で、新制度以前からこのようなケースも入園資格を認めていましたので、新制度がそれを追認した形だったと思います。

実は、その「広がった」要件の中に、「育児休業取得時に、すでに保育を利用している子どもがいて継続利用が必要であること」というものがありました。

そう。育休中の上の子の在園は「広がった」要件に入っていたはずだったのですが、なぜこんなことになったのでしょう。

都市部の「育休退園」は少数派

私が代表を務める保育園を考える親の会の調査冊子『100都市保育力充実度チェック』によれば、育児休業中の上の子の在園についての自治体の対応は図のようになっています(「100都市」は、首都圏の主要市区と全国の政令指定都市)。

図を拡大
育児休業中の上の子の在園の可否(2014年度)

100自治体のうち86自治体、つまり86%が年齢にかかわらず上の子の在園を認めています。認める期間は、下の子が1歳になった年度末までが最多でした。法定の育児休業期間経過後に下の子が4月入園し親が職場復帰できるという想定になっています。1歳までとしている自治体も、入園できなかった場合には一定期間延長できる規定になっているところが多数でした。

一方で、話題の所沢市のように上の子が3歳未満の場合は退園としているところも5自治体ありました。5歳未満、2歳未満というところも各1自治体ずつありますが、このような自治体は、少数派です。

これは2014年度の数字ですが、新制度後に育休中の上の子についての規定を変更したところがどの程度あるのか、それは「広げる」変化か、「狭める」変化か、保育園を考える親の会でもまだ調査中です。

13年前の通知がよみがえった

実はこの問題は古く、保育園を考える親の会は2002年にも、この問題について厚生労働省に意見を出しています。そのとき問題としたのが、厚生労働省の次のような通知でした(一部抜粋)。

「保護者が育児休業することとなった場合に、休業開始前既に保育所へ入所していた児童については、下記に掲げる場合等児童福祉の観点から必要があると認める場合には、地域における保育の実情を踏まえた上で、継続入所の取扱いとして差し支えないものである。(1)次年度に小学校への就学を控えているなど、入所児童の環境の変化に留意する必要がある場合(2)当該児童の発達上環境の変化が好ましくないと思料される場合」

2013年6月、新制度について保育園を考える親の会が内閣府から意見聴取されたとき、下の子の育児休業中の上の子について、年齢にかかわらず保育の必要性を認定し継続して在園できるようにしてほしいと訴えました。しかし、その後に明らかにされた「対応方針」の内容は、13年前の通知とほとんど同じ(2項目目に「保護者の健康状態」も加えられる)。つまり、配慮すべき事柄を示しつつ自治体の判断に任せる内容にとどまっていたのでした。とはいえ、新制度の趣旨から考えて、これを根拠に現在の対応を後退させる自治体が現れるというのは、私には想定外でした。

現在、多くの自治体が育休退園による環境の変化を子どもの発達上望ましくないものと判断し、そのデメリットを理解して、上の子の保育の継続をしています。今後もより柔軟な対応が広がることを期待したいものです。

そのためにも、「育休退園」のデメリットとして、次のようなことをおさえておく必要があります。

待機児童対策にはならない

所沢市からは「入園を待機している保護者との公平性」を考慮したというコメントもあったようです。

しかし、退園させられた上の子も数カ月後には、親が仕事に復帰します。育休退園の再入園の優先順位を高くしても、希望する保育園の年齢クラスに空きがなければ戻れません。トコロテン式に待機児童が入れ替わるだけになってしまいます。その間、自治体の側も家庭の側も、無意味な事務とストレスを増加させることになります。

子どもの立場からすれば

下の子が生まれる3歳未満児といっても、最低でも1歳以上でしょう。保育士との関係は強いものとなっており、2歳ごろには、クラスのお友だちとのかかわりの中で自己主張をしたり、周囲の刺激を受けて自分でいろいろなことにチャレンジしようとする時期に入ります。

そんなとき、突然、慣れ親しんだ生活環境を奪われ、数カ月後には、元の場所に戻れず、まったく違う保育環境に入らなければならないかもしれないというのは、子どもにとって大きなリスクです。

子育て支援の後退

核家族での孤立した子育てになりがちな今の時代、生まれたばかりの赤ちゃんと1歳児・2歳児を親1人で見るというのは、なかなかたいへんです。

「保育園を利用していない家庭はそれをやっているのだから、公平にしろ」というのなら、親が働いていなくても、下の子が生まれた1~2歳児の保育園入園を認めるくらいの子育て支援をしてもいいくらいだと思います。少なくとも、家庭や子どもにとっての生活の継続性を考えれば、在園児の保育継続を保障することは、いろいろな観点から合理的です。

いまだ「母性神話」が強く、子どもが母親と離れている時間を「不幸な時間」と考えている人が少なくないようですが、質を確保した保育施設、親のワーク・ライフ・バランスが整えば、子どもは決して不幸ではありません。

親が子育てだけに追いつめられることなく、適度な密度で子どもとかかわれてこそ、子育ては本当に豊かで楽しいものとなるはずです。もっと広い視野から、子育て支援・子ども支援を考える必要があります。

保育園を考える親の会代表 普光院亜紀
1956年、兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務を経てフリーランスライターに。93年より「保育園を考える親の会」代表(http://www.eqg.org/oyanokai/)。出版社勤務当時は自身も2人の子どもを保育園などに預けて働く。現在は、国や自治体の保育関係の委員、大学講師も務める。著書に『共働き子育て入門』『共働き子育てを成功させる5つの鉄則』(ともに集英社)、保育園を考える親の会編で『働くママ&パパの子育て110の知恵』(医学通信社)、『はじめての保育園』(主婦と生活社)ほか多数。