家庭だけでは不十分なヨーロッパ社会

主人公のサンドラは、飲食店で働く夫と2人の子供がいるブルーカラーの階層だ。とはいえサンドラには、職場復帰の権利を勝ち取るために闘うよう鼓舞してくれる理解ある夫がいて、頼りになる友人だっている。仕事と家庭の両立に苦戦し、孤独感に苛まれがちな日本のワーキングマザーの目には羨ましくさえ映る家庭環境かもしれないが、サンドラは「失業すれば私は独りぼっち」とさめざめと泣く。仕事を失えば孤独――女性の社会進出が早くから進んだヨーロッパでは、社会的な帰属意識が日本以上に強固なのだろうか。

主演マリオン・コティヤールは『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』(2007)でアカデミー賞に輝いた国際的スター。クリスチャン・ディオールのミューズも務める華やかな美貌を封印し、監督曰く「1カ月間リハーサルを重ね、撮影初日には完全にサンドラになっていた」という。

「女性の立場が昔とはずいぶん変わったということですね。昔の男性を考えると分かると思います。いくら夫婦仲が円満であっても、社会で認められなければ満足できなかった。働く女性が多いヨーロッパでは特に、家族に認められ、母親として認識されるだけでは不十分なのです」と言うリュックさん。

ジャン=ピエールさんは、ヨーロッパの女性の社会進出の端緒を簡単に紹介してくれた。「1960年代に避妊が緩和されたことで、女性は子供を産む以外の役目も担うようになったと言えます。子供の数は減り、女性が学び、外で働くようになっていきました。いずれにしても、仕事でも認められたいという意識が出始めたのはその頃からでしょう」。リュックさんも異なる見方を付け加える。「ちょっと逆説的ではあるけど、二度の世界大戦も影響しています。戦争で男性が戦地に行ってしまう、あるいは死んでしまったことで、ヨーロッパでは第一次世界大戦の頃から、それまで男がやっていた仕事を女性も担うようになったんですよ」

ただし、女性が働くことの歴史が比較的長いヨーロッパでも、その地位が十分に認められいるわけではない。「解雇率が高いなど雇用にも不平等はありますし、賃金格差の問題もありますね。民間企業では、同じ役職であっても女性の給料が低いというケースが多々あります。労働市場においては、ヨーロッパでも女性の方が弱い立場に置かれているんです」(リュックさん)

他者との出会いで救われる弱者を描きたい

ダルデンヌ兄弟は、こうした社会的弱者の実情を映画という形で世に問うてきた。1999年の『ロゼッタ』では、失業状態から抜け出そうともがく少女の姿を描いた。映画は大反響を呼び、ベルギーでは「ロゼッタ・プラン」という、初めて社会に出る若者を雇用する経営者の社会保障負担を軽減する法律が成立したほど、その影響力は大きい。なぜ2人はいつも、過酷な状況に置かれた人間の姿をカメラに収めようとするのだろう?

カンヌ国際映画祭2度のパルムドールに輝く、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌの両監督。新作『サンドラの週末』では、人と人の絆、人間の弱さと強さを静謐に、丁寧に描いている。

「私たちが映画で語りたいのは、物質的に困窮し、孤独を感じている人が、手を差し伸べてくれる他者と出会うことができるかどうかという物語なのです。周りを見渡せばそういう人がいるのに、彼らには見えていないのです」(ジャン=ピエールさん)

「そして、その出会いによって、追い詰められた状態から抜け出すことができるかどうかを描きたいと思っています」(リュックさん)

『サンドラの週末』のラスト、主人公は一体何を勝ち取るのか。自己否定と孤独感に押しつぶされ、「私の立場になって」と懇願していた弱々しい女性が、他者の立場に立ってある決断を下す。 他者に対する想像力の欠如から生まれる悲劇が蔓延する世の中で、サンドラが他者との出会いの先に見出した一筋の光が胸を打つ。

映画『サンドラの週末 deux jours, une nuit』

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:マリオン・コティヤール、ファブリツィオ・ロンジョーネ、オリヴィエ・グルメ、モーガン・マリンヌ
配給:ビターズ・エンド
2014年/ベルギー=フランス=イタリア合作/95分
5月23日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
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