80人中、2人だけ

秩父鉄道 列車区 廣井綾子さん

私が運転士をしている秩父鉄道の有名な区間に、荒川橋梁という橋がかかる上長瀞駅-親鼻駅間があります。

レンガ造りの橋脚が並んでいる赤い橋で、運転席から見る長瀞渓谷の風景が私はとても好きです。橋がだんだんと近づいてくると、ちょっとレールが狭く見えるくらいの高さでちょっとドキドキして、まるで空を飛んでいるような気持ちになるんです。

この橋からの眺めは綺麗で、これからの季節なら紅葉で山が色付いて来るし、雪が降れば辺りが一面に白くなる。大雨が降ったときは川が増水していることもあるし、夏になるとキャンプをしている人たちの姿が見えて、「今日は賑わっているなあ」なんて思いながら通過しています。ライン下りの舟がちょうど通っていくときもあるんですよ。

ただ、私がそんなふうに運転席からの景色を楽しめるようになったのは、ここ最近になってようやくという感じですね。この仕事はお客様の命を預かり、同時にたくさんの規則を守りながら時刻表通りに電車を走らせなければなりません。やっぱり日々の運行の中では事故が起こったり、電車や機器が故障したりすることもあるので、新人の頃は特に緊張の連続でした。

今年、秩父鉄道は秩父地域開通100周年を迎えました。いま運転士は80人近くいるのですが、その中で女性は私を含めて2人です。もう1人の女性運転士と私が、女性として初めての運転士になったのは5年前のことでした。

試験会場に女性は1人だった

商業高校を卒業して地元埼玉県の短大に入った私にとって、運転士という職業は自分がなるとは想像していなかったものでした。高校も短大も商業科だったので、将来は会社の事務系の仕事をするんだろうなあ、とぼんやり考えていた程度でしたから。でも、実際にはパソコンの前に座りっぱなしの仕事ではなくて、もっと自分がわくわくするような何かはないかな、という気持ちもあって。

そんな思いを抱えながら就職活動の時期が近付いてきたとき、電車のいちばん前の車両でどんどん風景が流れていくのを見ながら、電車を運転するのってどういう気分なんだろうと思ったんです。運転士さんは制服もびしっと着こなしていてかっこいいし、自分もそういう仕事ができたらいいな、とふと思いついたんですね。それで、秩父鉄道の入社試験を受けてみることにしたんです。

でも、当時の秩父鉄道では女性運転士は募集していなかったんですよ。試験会場にいる女性も私だけでしたし、配属先の希望に「運転士」と書いたら、試験を監督している社員の方から「女性の採用は本社の事務か、現場であれば駅員のみです」と言われちゃって。

それで入社後は「御花畑」の駅に駅員として配属され、まずは出札と改札の業務をしていました。お客様を乗せた電車もそうですが、石灰石を運ぶ貨物列車が駅を通っていくと、あそこからの眺めはどんなだろうと、とりわけ感じていたものです。

運転士になりたい! と言い続けた

御花畑駅には西武線が乗り入れているので、たくさんの運転士が乗務交代のため駅事務所にやってきます。実は私は入社後もやっぱり運転士になりたいという気持ちが消えなくて、その度に他の人や上司に「運転士になりたいんです」と希望を伝えていたんです。

タイミングや運というのもあったのでしょう。ちょうど入社から1年が経った頃、秩父鉄道でも女性運転士の登用が始まったんです。聞けばこれまで女性運転士がいなかった秩父鉄道では、宿泊所もトイレも男性用しかなくて、その準備が整ったので登用を始めたとのことでした。会社から声をかけてもらえた時は、運転士になりたいっていう強い気持ちを捨てずに希望を言い続けてきて良かった、って思いましたよね。

電車の運転士になるためには、運転免許証を取得しなければなりません。いま私が持っているのは、動力車操縦者運転免許証と言います。これを取るためには教習所に通う必要があります。

秩父鉄道では運転士の教習を他社に委託しているんです。なので、私は列車区に異動して車掌見習いをしながら入所試験の勉強をして、合格後は委託先の教習所に10カ月間、通うことになりました。

秩父鉄道 列車区 廣井綾子(ひろい・あやこ)
1986年埼玉県出身。2007年秩父鉄道株式会社入社。御花畑駅員、車掌見習いを経て、運転士養成のための教習所に入所。2009年甲種動力車操縦者運転免許証を取得し現職となる。