新型デミオの実験統括として
マツダの主幹として私が担当しているのは、今月(2014年9月)に発売された新型デミオです。実験統括と言って、クルマの「走る」「曲がる」「止まる」といった“味付け”の部分はもちろん、基本骨格を決める段階から各実験部の担当者とコンセプトを共有し、製品の全体の性能を取りまとめてきました。
例えばクルマのキャラクターというのは、無数の素材の一つひとつが共通のコンセプトのもとに調和してはじめて出来上がるものです。
ハンドルの重さ、ペダルの重さ、ステアリングを切った際の感覚――。
担当する技術者にはそれぞれにとっての理想がありますが、みんながまちまちの思いで開発をしたら乗り味がバラバラになってしまいます。そこで、設計段階から担当者と議論を重ね、イメージに合う他の車種を一緒に乗り比べながら、どのようなクルマを作るかという方向性を決めていく。
まずはどのようなクルマにしたいのかという理想を描き、それに近いハンドリングはA社のBという車種、ブレーキの重さはC社のDという車種、とすでにあるクルマの中から探し出し、それを数値に落とし込みながら、全員で全く新しい1台を作り上げて共有するんですね。
マツダで女性初の車種担当
私は2011年にデミオの車種担当を任されたのですが、実は女性のエンジニアがこの立場になったのは弊社では初めてのことでした。
女性初ということは周囲から言われて「そうだなあ」と思うくらいで、それほど意識させられる機会はありません。クルマというのは走りのある領域を超えてしまえば、男性も女性も操作時に抱く感覚は同じですから。
ただ、そうは言っても開発の過程では、女性だからこそ気付けることがあるのも事実でしょう。例えば、私は身長が154cmと小柄なので手足が短く、男性の評価ドライバーやエンジニアよりも力が弱いです。なので、車内のレイアウトの使い勝手やペダルの操作のしやすさ、重さには敏感にならざるを得ません。特にデミオはコンパクトカーですから、女性ドライバーがとても多い。「女性開発者」として自分に何が求められているかを考えることは、いまの仕事を任されたときから大事なことだという気持ちはありましたね。
そこで私が今回のデミオで強く意識したのは、クルマが動き出す前、座った瞬間から小柄な運転初心者の女性が「私でもちゃんと運転できるわ」と感じられる空間を作り出すことでした。
ひとつ具体的な例を挙げれば、シートの長さと柔らかさ。女性ドライバーの中には、シートに深く腰掛けずに前かがみになって、ハンドルにしがみ付くように運転している方がときおりいらっしゃいます。
私たち開発者は深くシートに腰かけて操作してもらいたい。でも、なぜ彼女たちがそうした運転姿勢になってしまうかを突き詰めると、シートが長すぎて膝下が窮屈になっていることが理由の1つとしてあるんですね。
難しいのは、だからといってシートを単純に短くしてしまうと、今度は背の高い人は膝下に空間ができて、運転中に疲れてしまうんです。開発者も上司もほとんど男性ですから、最初は「短くしたら運転が疲れるだろ」と一蹴されてしまいました。ただ、そこは私にとって妥協できない点だった。
そこでこの問題を解決するための切り札となったのが、振動吸収ウレタンという新しい素材でした。とても優れものの素材で、大柄の人が座ると沈んでシートが長く使え、軽い人に対しては沈み込まずに反発してくれるんですよ。そうした微妙な感覚は、開発者の中に私のような小柄な女性がいなければ、なかなか気づくことのできなかったものでしょう。
どんなに時間がかかっても相手の話を聞く
そうした提案をする際も含めて、3年間の開発期間中に徹底して心がけたのは、とにかく相手が納得するまで話を聞くということですね。
クルマの開発は厳しい納期やコストの制約があり、その中で現場のエンジニアは常にフラストレーションをためていくものです。何かを前に進めようとするとき、「とにかく来週、月曜日までだから」と話を打ち切ってしまうのは簡単ですが、それではやっぱり関係がギクシャクしてしまう。だから、まずはどんなに時間がかかっても相手の思いを吐き出してもらおう、と最初に決めたんです。不満に思っていることを空っぽになるまで吐き出してもらって、その空っぽになったところにこちらの言いたいことを伝えるようにしよう、って。
とにかく現場で何が起きているのかを聞いて、私ができることがあれば自分が行動する。部品が必要なら、夜遅くても部品のありそうなところに連絡して探す、というように。
夕方に話を聞き始めて、気付いたら夜になっていたということも多かったのですが、その中でエンジニアとの信頼関係が少しずつ積み重ねていけたことが結果的には良かったですね。そうした信頼関係を築ける人たちを1人でも増やしていくことが、困難にぶつかったときに乗り越えるための力になっていく――デミオの開発はそのことを実感する日々でもありました。
女性であることを忘れないで
ちなみに私はもうすぐ40歳を迎えるのですが、その意味では若い女性のエンジニアについて2つ伝えたいことがあるんです。
1つは自分の夢をしっかりと思い描いて、技術や知識をがむしゃらに身に付けて欲しいということ。
それからもう1つは、女性であることを忘れないで欲しいと思うんです。
いまや職場で女性・男性の区別はほとんどないとはいえ、女性エンジニアの中には一生懸命にやろうとすればするほど、言動や所作振る舞いまで男性エンジニアの真似をしてしまう人もいるんです。ときにはスカートをはいてクルマを評価しないと、女性ドライバーの気持ちが分からなくなってしまうかもしれません。シートの開発の時のエピソードなどはまさにその一つですね。
1974年広島県出身。大学卒業後、97年マツダ(株)入社、電子技術開発部ワイヤーハーネス設計Gr.配属。99年開発・評価ドライバーとして評価専門チームに異動し、自他銘柄車の総合商品性評価を担当。06年車両開発本部へ異動、新世代商品群の技術開発を担当。2011年より現職。