別の「横浜方式」

昨年5月、横浜市は待機児童ゼロを達成したと発表しました。

安倍首相はこれを高く評価し、成長戦略のひとつである待機児童対策に「横浜方式」を取り入れるとコメントしました。「横浜方式」は一気に有名になり、そのノウハウは多くの自治体に参考にされました。

横浜市は、待機児童対策にしっかりお金を投入している自治体です。地域のニーズを調べ、保育所(認可保育園)、横浜保育室、幼稚園の預かり保育などの整備拡大に力を入れてきました。新規参入事業者による保育所が急激にふえたことをふまえ、質を確保するための指導監督等にも力を入れていると聞いています。

しかし今、その「横浜方式」ではない別の「横浜方式」が普及しているのではいないかと心配しています。

それは、待機児童のカウント方法です。

入れなかった申請者数は100倍

横浜市の2014年4月入園での待機児童数は、20人と発表されています。しかし、横浜市はこれとは別に、入所保留児童数というものを発表していて、その数は2,348人でした。入所保留児童とは、保育所に申し込んだけれども入れなかった子どものことです。この数が待機児童数の100倍にものぼっているのです。

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図1:保育所に申し込んだが入れなかった入所保留児童2384人の内訳

どういうことか、図で説明しましょう。

入所保留児童の半数近くは、横浜保育室等(保育ママや一時預かり、幼稚園の預かり保育も含む)に在籍しています。次に多い「特定保育園のみの申込者」とは、通える範囲の保育所を勧められても希望園以外は断っているケースです。

実は、これらのケースを待機児童数から除外してよいとする通知を2001年に国が出しています。そのため、多くの自治体がこのようなカウント方法をとっています。一方、「育休を取得している」「主に自宅で求職活動をしている」などは、独自性が高い除外項目(横浜方式?)のカウント方法といえます。

横浜市は情報を開示しているのでこうしてグラフ化できますが、待機児童数カウントのマジックを闇の中に葬っている自治体は少なくないでしょう。

横浜市の名誉のために付け加えると、2014年4月の横浜市の保育所への入所決定率(新規入園者数÷新規申込み者数)は84.5%ですが、これは「保育園を考える親の会」が調べている都市部の市区の中では優秀な(入りやすい)ほうであり、「本当の横浜方式」は機能していると考えられます。

待機児童数の定義が変わった理由

2001年に、国はなぜ待機児童の定義を変更したのか、その理由は明らかです。東京都の認証保育所制度が開始したのが2001年でした。このとき、自治体が独自に補助金等を出して行っている保育事業(認証保育所、横浜保育室、その他、自治体によって補助額や基準はさまざま)に入れた子どもは待機児童数にカウントしなくてもよいことになったのです。

当時「自治体の独自施策も認めよ」という議論が渦巻いていたことが想像されます。もちろんその主張にも一理あります。

でも、保護者にとっては、認可(保育所)と認可外(認証保育所など)ではまったく意味が違います。保育料や施設環境などはどうしてもネックになるからです。保育所に入れなかった人数はきちんとカウントしてほしい、その不満を「リンゴがほしいという人にミカンを渡して、リンゴはいらなかったことにするというのはいかがなものか」と表現した保護者もいました。

広がる「待機児童数の空洞化」

「横浜方式で待機児童ゼロ」フィーバーから1年がたった今年の6月23日、東京新聞は独自調査により、政令都市の多数が待機児童から「育児休業中(延長中)」「求職中」「自治体が助成する保育事業の利用を断った」などのケースを除外していることを報道しました。その中には「待機児童ゼロ」を宣言した自治体もあったと言います。

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図2:東京都の保育所定員と申込者数(進級児含む)の差

さらに、図2は、東京都の保育所についての公表数値をグラフ化したものです。紫の折れ線が待機児童数の公表値。緑の折れ線は申込者数合計(進級児を含む)と定員合計の差です(自治体発表数値で注意しなければならないのは、申込者数に進級を申請した児童が含まれていること。申込者数とは、在園児と新規申込み児童の合計になる)。つまり、緑の線はほぼ「保育所に入園申請したけれども入れなかった子どもの数」と考えられます。

紫の線と緑の線はどんどん乖離しており、待機児童数の公表値の空洞化が顕著です。認証保育所などの利用児童数がふえていることが最も大きな原因ですが、いろいろな理由をつけて待機児童数から除外するワザも広がっているのです。

待機児童数の定義の統一を

認証保育所など自治体が独自に助成する施設は認可外であり、その在籍者を待機児童から除外するのは児童福祉法に照らしても理屈にあいません。自治体の助成制度が悪いと言っているのではありません。それらが果たしている役割はいまや大きなものです。しかし、認可の保育所へのニーズはきちんととらえ、その上で議論すべきです。

カウント方法の曖昧化は、保護者から見れば「姑息な手段」です。「育休中」の親も「求職中」の親も、保育所入園を申請して空きを待っているのであり、除外される理由はありません。遠い保育所や質に不安がある認可外を勧めておいて断った家庭を待機児童から除外するようなことも、もしも行われているのならやめてほしいと思います。

新制度ではどうなるのか

2015年から新制度が始まり、認可と認可外の地図が塗り変わります。

認定こども園、小規模保育、家庭的保育(保育ママ)は認可施設・事業になり、保育料が保育所と同じになります。また、これらへの行政の関与(指導監査など)も、認可施設の施設・事業として実施されるはずです。

新制度によって安心して利用できる保育の受け皿が広がることを期待しています。

新制度での待機児童のカウントがどうなるのかはわかりません。小規模保育等も認可なので、第一希望の保育所に入れず小規模保育になった場合も待機児童にはカウントされなくなりそうです。しかし、これらの保育は3歳未満児対象であり、3歳で保育所などに移れるかどうかに不安を感じる保護者は多いと思います。

自治体は、地域の年齢ごとの需要と供給の状態を調べ、必要な整備を行うとともに、認可になった施設や事業の質が認可としてふさわしいものとなるように支援や指導を行っていかなくてはなりません。

待機児童数をごまかしている場合ではないのです。

保育園を考える親の会代表 普光院亜紀
1956年、兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務を経てフリーランスライターに。93年より「保育園を考える親の会」代表(http://www.eqg.org/oyanokai/)。出版社勤務当時は自身も2人の子どもを保育園などに預けて働く。現在は、国や自治体の保育関係の委員、大学講師も務める。著書に『共働き子育て入門』(集英社新書)、『働くママ&パパの子育て110の知恵』(保育園を考える親の会編、医学通信社)ほか多数。