■編集部より指令

男社会で働き続けているうちに考え方から行動までオジサン化してしまって、これはいかん! と思うことがあります。オジサン化を防ぐ方法はないでしょうか。

■佐藤留美さんの回答

男社会は「レリゴーの精神」で泳いでいこう
http://president.jp/articles/-/13039

■大宮冬洋さんの回答

「オジサン化」は悪いことではない

オバサン化は厚顔無恥になることならば、オジサン化とはどんな現象を指す言葉なのでしょうか。人によってそれぞれの意見があると思いますが、僕は「夢や理想を求めなくなること」だと定義します。

同じ職業や会社で10年以上働いていると、すごく楽になってきますよね。たいていの失敗はしてきたので、無駄なく無理なく仕事が進められるようになります。面倒くさい作業は後輩やアシスタントに押し付けつつ、成果は自分のものにするコツもつかんでいる。「がんばらなくても泳げる」状態です。

同時に、自分の性質と限界もわかってきて、いろんなことをあきらめ始めます。憧れの存在やロールモデルもなくなり、「オレはこれでいいんだ」と達観するようになる。「沈まない程度に同じ場所を泳ぎ続けて満足する」状態ですね。

僕はこのオジサン化が悪いことだとは思いません。仕事はほどほどにして、趣味や家庭に幸せを見出すのも一つの生き方ですからね。でも、美しいか否かという観点で見たら、確実に美しくないですよね。言い訳と現実逃避ばかりで、自分の仕事に悪戦苦闘しようとしない男性が美しいはずはありません。

今回の「指令」を編集部からもらったとき、僕は20代の頃に繰り返し読んだ本の一節を思い出しました。久しぶりに本棚から引っぱり出して来たので、少し長いのですが引用します。

<夢を見ることは青春の特権だ。
これはなにも暦の上の年齢とは関係ない。十代でも、どうしようもない年寄りもいるし、七十、八十になってもハツラツとして夢を見続けている若者もいる。
だから年齢の問題ではないが、青年の心には夢が燃えている。だが、そういった夢を抑圧し閉ざしてしまう社会の壁がこの現代という時代にはあまりにも多すぎる。
僕は口が裂けてもアキラメロなどとはいわない。
それどころか、青年は己の夢にすべてのエネルギーを賭けるべきなのだ。勇気をもって飛び込んだらいい。(中略)人間にとって成功とはいったい何だろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。
夢がたとえ成就しなかったとしても、精いっぱい挑戦した、それで爽やかだ。>
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版社)

理想を持ち続ける

ページのあちこちの蛍光ペンや鉛筆で線が引いてあり、20代の僕が興奮して手に取り続けたのが伝わってきます。著者の岡本太郎は、芸術家として「日本の芸術を変革する」という夢を持ち続けた人物です。長いフランス留学からの帰国直後に中国戦線に出征した彼が本格的に活躍を始めたのは戦後であり、すでに30代半ばになっていました。当時の写真を見ても「オジサン化」とは対極的な風貌と表情をしています。

この数年間、僕はこの本から遠ざかっていました。たまにページを開いてみても、「熱い理想論ばかりで息苦しくなる」と感じてしまうからです。そんなことよりも、録画してあるお笑い番組を観ながらのんびり晩酌したいな……。完全にオジサン化していますね。

でも、この文章を書きながら軌道修正したいと思いました。1日の終わりに休息をするのはいいけれど、理想を捨ててはいけない、と。

かつて僕は「よく生きるとはどういうことなのか。取材と執筆を通して考えて表現し、自分と読者を同時に救う」という志を立てました。壮大なテーマですよね。だからといって、社会人大学院に入るとか修行僧になるといった道は僕の場合は「逃げ」な気がします。挑戦しなくてはいけないのは目の前の仕事(例えばこのコラム)だからです。自分のために、前掲書をもう一度引用して終わりにします。

<「いまはまだ駄目だけど、いずれ」と絶対に言わないこと。
“いずれ”なんていうヤツに限って、現在の自分に責任をもっていないからだ。生きるというのは、瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。
過去にこだわったり、未来でごまかすなんて根性では、現在を本当に生きることはできない。(中略)人間がいちばん辛い思いをしているのは、“現在”なんだ。やらなければならない、ベストをつくさなければならないのは、現在のこの瞬間にある。>

大宮冬洋
1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。ビジネス誌や料理誌などで幅広く活躍。著書に『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、共著に『30代未婚男』(生活人新書)などがある。
実験くんの食生活ブログ http://syokulife.exblog.jp/