忙しい現役世代にとって、家事は面倒なこと極まりない。生活史研究家の阿古真理さんは「血流がよくなり、気持ちが安定し、不安が減ることが科学的に注目されている家事がある。自分や家族の家事へのモチベーションを上げたい人には朗報だ」という――。

人の心身を健康にする家事とは

「気分がスッキリする」「ストレス解消になる」といった掃除の効用を感じたことがある人は、多いのではないだろうか? 掃除は本来、環境をきれいにし心身の健康を守る家事だが、実はその行為そのものにも、人を健康にする側面がある。そうした特性には、科学的にも裏づけがある。

森の中でリラックスして瞑想を実践する女性の背中
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そこで今回は、海外の実験結果から掃除の効用を分析してみたい。「掃除が面倒」と感じている人、家族に評価されないなど報われない気持ちを抱いている人、家族にも掃除をしてもらいたい人には、特に読んで欲しい。

“LIFE SCIENCES MEDICAL NEWS”が2022年1月18日に配信したレポートが、部屋の掃除とメンタルヘルスの関係を検証した実験を2つ報告している。

1つ目は、インディアナ大学の研究者らが2000年に始めた研究で、セントルイス在住の49~65歳で心血管疾患のリスクが高いアフリカ系アメリカ人998人が対象。住む家の内外の清潔さ、騒音、空気の質、家具の状態について、自己評価と客観的評価を行った。

すると、「清潔な住居に住む人は、散らかった住居に住む人に比べて健康状態が良い」こと、さらに家の内外の環境要因を肯定的に評価した人は、掃除をする可能性が高いことが分かった。

掃除に集中すると起こる変化

インディアナ大学の研究者らが行った2つ目の実験は、不安レベルが高いグループ、低いグループに分けた62人の大学生を対象に、掃除の行動を調査したもの。すると、不安レベルと掃除の行動の間には、明らかな関係があるという結果が出た。

同記事は、散らかっていない部屋は目に入る刺激を減らせるため、集中力と注意力を高めること、特に掃除で今この瞬間に集中するマインドフルネスを実践すると、安定した環境を保っているというコントロール感をもたらし、不安を軽くすると結論づけている。

2つの実験結果から、不安になると、掃除などの作業がより反復的、固定的になることがわかった。掃除をして環境を整えることが身体の健康につながるのはわかるが、なぜ、気持ちまで安定させ不安を減らせるのかも、科学的に検証できるのだろうか?

心への影響については、別の角度から検証した実験がある。それは世界最大の医学図書館、アメリカ国立医学図書館(NLM)が2022年7月9日に配信した論文、「Actual Cleaning and Simulated Cleaning Attenuate Psychological and Physiological Effects of Stressful Events(実際の清掃と模擬清掃は、ストレスの多い出来事の心理的および生理的影響を軽減する)」。こちらの実験は、空間ではなく体の清掃、つまり洗うことについて実験し、きれいにすることの心理的作用を2通りの方法で検証している。

心の中の汚れも取り去りたい

1つ目の実験では、洗うことをイメージさせている。アメリカから募集した男女の参加者は、不安と覚醒を誘う動画を見せられたのち、手洗いの方法、円を描く方法、卵の殻を剥く方法を見せる3本の動画のうち1本を見せられる。

手洗いの方法の動画を見た人たちには、腕、顔、首、髪を水で徹底的に洗うところを想像させるグループ、それらの部位に触れることをイメージさせるグループ、そしてどちらも行わないグループの3つに分けた。すると、1つ目のグループが最も不安と緊張が和らいだことがわかった。実験参加者のうち、検証が有効な人数は465人だった。

床を掃除する女性
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2つ目の実験では、実際に清掃をさせている。カナダの大規模大学の学生たちを集め、強いストレスを与えてから、グループを2つに分け、片方には消毒用ウェットティッシュを調べさせ、もう片方にはウェットティッシュで清掃をさせた。この実験の有効なサンプル数は74人。ここでは、終始厳しい表情をした白衣の審査員たちの前でプレゼンをする、という形でストレスを与えている。すると、特に実際に清掃したグループは、心拍数が上がったということがわかった。心拍数が上がれば血流がよくなる場合がある。考えてみれば、掃除をすれば身体が温まって汗をかくことも多い。運動をすればストレスが解消することはよくあるが、掃除も身体を動かすことで血流がよくなり、リラックスにつながるのかもしれない。

同論文は、清掃をイメージすることと実体験の両面から、特にストレスが多い状態の影響を心理的に減らせると結論づけている。この実験では、清掃には嫌な過去を浄化し、より良い未来を作る心理的な作用を引き起こす可能性についても考えさせている。

つまり、「きれいにする」という行為には、人間にとって、心の中の汚れも取り去りたい、あるいは取り去った気持ちになれるという要素が含まれているのではないだろうか。掃除で気分が落ち着くこと自体に、イライラや怒り、不安を鎮める作用がある。身体を動かすことで血流が上がって温まり、落ち込みから回復しやすくなる側面もある。

自己肯定感も高まることに

実験に参加したのは欧米で暮らす欧米人だが、こうした浄化作用について宗教的な価値を見出してきたのが日本だ。神社は掃き清められ、人は手を洗って口をゆすぎ、お参りをする。禅宗には、掃除を修行の一環と見なす考え方がある。「水に流す」という慣用句もある。私たちは、人間の普遍的な「清める」行為で過去の不安や問題を解消する方法になじんできたのかもしれない。

こうした浄化作用を得るには、掃除や洗う行為が大事ということだ。単に清潔な環境を保つだけなら、家族に任せる、ロボット掃除機を使う、家事代行サービスを使うことでできる。しかし、ストレス解消や自己肯定感を高めること、自分で空間をコントロールできるという安心感は、自ら身体を動かさなければ得られない。

もちろん、ストレス解消法として、カラオケで歌う、好物を食べるといった自分なりの方法論が確立されている人もいるだろう。自己肯定感を高める方法も、自己コントロール感も、いろいろなやり方がある。

しかし、そういったさまざまな作用を一度に得られる掃除は、お金もかからず体重増加にもつながらない、しかも家がきれいになるオトクな実践方法とは言えないか。「ちゃんと自分で掃除しているまっとうな人間」といった自己肯定感も得られるだろう。

自分で環境をコントロールできるという感覚

現代人にとって、特に大事と思われるのが、自己コントロール感だ。何しろ現代の生活は、自分で制御できないモノだらけだ。

アナログな道具が中心だった頃と違い、コンピュータが使われる家電などの機械類は自分で修理するのが難しい。同時に、料理や裁縫などのアナログ技術も、できない人が増えた。パソコンやスマホなどのIT機器は、アップデートするタイミングも内容もコントロールできないし、ITが苦手でも、そうした機器なしの生活が不可能な人も多い。

オフィスで働いている間に休憩を取る若いビジネスマンのバックショット
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また、自然環境はここ数十年で過酷さを増し、夏は酷暑で、災害級の大雨、大雪もあり、震災も各地で発生する。エアコンが苦手でも、使わずに過ごせば熱中症で倒れるリスクも大きくなった。災害を大きくしない取り組みは続いているが、完全に被害をなくすことは不可能だ。

そして、いつの時代も、人間関係のストレスは最も大きい。ある意味で不確定要素が最も高いジャンルと言える。苦手だからと言ってつき合うのをやめられない相手は、いくらでもいるだろう。

そんな中、日常的に過ごす空間の掃除は、自分の意志で環境をコントロールできている、という感覚を与えてくれるはずだ。掃除機をかければゴミやホコリが取り除かれ、拭き掃除をすればこびりついた汚れが取れる。目に見えにくい汚れも、掃除機内にたまったホコリを確認する、雑巾やモップについた汚れを見れば確認できる。具体的な手応えから、気持ちよい空間ができたと感じられるだろう。合わせて片づけをすれば、目に見えて空間がスッキリしたことがわかる。

小さな掃除のススメ

掃除をするうちに、モヤモヤが消えてスッキリする、イライラが鎮まる、落ち込みが回復していくのを感じられる場合もあるだろう。空間を整えることで、気持ちが整理されていくのを感じる人もいるのではないか。

忙しいときほど掃除をしてしまう人は、おそらく忙しさゆえのストレスを、掃除がある程度解消してくれることを体感として知っている。程度によるが、思い切って掃除してしまったほうが、その後の生産効率も上がるかもしれない。

もちろん、掃除の時間を日常的には取れない人もいるだろう。ロボット掃除機や家事代行サービスを利用している人もいる。しかし、窓拭きや階段掃除など、ロボット掃除機ができない部分はあるし、家事代行サービスを使わない日もあるはずだ。隙間時間でも、休日でも、いつでもよいので、心身の健康を保つために掃除をする習慣をつけてもよいのではないだろうか。

掃除担当の家族がいる場合も、自室だけ行う、あるいは他の家事と担当を交替するなどして、たまには自分で掃除してはどうだろうか。誰もがより健康的な生活を送るために、掃除は改めて見直されてよい家事である。