オフィスでは決して実感できない醍醐味

P&G滋賀工場長 高木琴美さん

高崎工場に赴任してから私が続けたのは、足繁く現場に通って一人ひとりのスタッフから話を聞くことでした。日々改善を続けていくべき工場にとって、会議で誰も発言しないことほど怖いことはありません。でも、その一人ひとりに直接会って持ち場の仕組みや課題を対等な立場で聞いていくと、胸に秘めた様々な課題や思いを語ってくれるものなんです。

ようやく組織に慣れてきたと感じたのは、そのような対話を続けて半年くらいが経ってからのことでした。これまで静まり返っていた会議で、ぽつりぽつりと意見を言ってもらえるようになり、何かが少しずつ変わろうとしている実感を覚えて嬉しかったものです。

職場の変化を感じられると、やっぱり工場っていいな、って思います。ここには、昨日はできなかったことができるようになっていく新人の子たちがいる、達成できていない項目を示す赤いチェックの入っていたスコアカードが日々緑色に変わっていく。一つひとつの改革や実践が積み重なり、組織力が高まっていく確かな変化を、これほど肌で感じられる場所はないと思うからです。それは本社のオフィスで働いていては決して実感できない醍醐味ですね。

父親を見返してやりたくて

ところで、その頃、スタッフとの対話を続けるなかで、はっとさせられたことが一つありました。

あるとき若い女性のスタッフに「高木さんって女性の部下を持ったことがありますか?」と聞かれたんです。思えば、本社時代の私の部下は男性ばかりで、「あ、初めてや」と。彼女が「そうだと思いました」と言うのを聞いて、うーんと考えさせられました。

確かにP&Gという会社には仕事本位で人を評価する文化があって、男女の区別を意識することはありません。でも振り返ってみれば、私自身の中には「自分は女だから」という思いがどこかにあったんですね。

だから、本社にいたときはどこか余裕がなかった。上司が「こんな仕事があるけど」と言えば、すぐに「はい、やります」と言ってきたし、自分から率先して仕事を取ってくることに必死になっていました。これもやりました、あれもやりました、と人の倍の仕事をしないと、認めてもらえないんじゃないかと感じていたんです。

私には兄がいるのですが、父親がとにかく昔気質な人でしてね。兄には「勉強して、良い大学に行け」と言う一方、私は「おまえは勉強せんでもええ。素敵な人を見つけて、結婚して子供を産むのが幸せだぞ」と育てられてきたんです。そんな家庭環境も影響しているのでしょう、父親を見返してやりたくて、就職してからは「女でもこれだけ仕事ができるんだぞ」っていうのを見せたいと思ってずっとがんばってきたところがありました。

でも、そういう私自身の仕事に対する思いが、ときとして周りにはバリアを張っているように見えるのかもしれないな、と彼女と話しながら強く感じたんです。

女性だからこそできることがある

それこそ工場で働いていると、地元の高校を出たばかりの女性社員がいて、まだ右も左も分からない中で必死に仕事に慣れようとしています。中には入社以来、工場長とほとんど一言もしゃべったことがない、という若い社員もいる。

だからね、工場長になって全体を見回す立場になったいま、とりわけ強く思うんです。私が女だからこそ彼女たちの心に響く言葉もあれば、初めて相談できることもある。職場で感じてきたこと、これまで言えなかったことを、私だからこそ伝えようとしてくれる人たちもいる。それは私自身が気づいていなかった強みなんですよね。子育てが一段落して余裕ができたこともあって、いまはそんな風な心の余裕ができてきました。

それに、P&Gという会社の大切な価値観に、ダイバーシティ(=多様性)というキーワードがあります。様々な違いのある人たちが集まり、お互いの強みをお互いに生かしてチームを作るからこそ、「1+1」が3になるような組織になる。

そのためには、まず一人ひとりの社員が自己評価を正しくする必要があります。P&Gはグローバルな企業です。女性だから――と縮こまったり気負ったりしていては、国籍も生まれ育った文化も異なる人たちと一緒に、強い組織をつくることなんてできませんよね。

だからこそ、能力のある人はどんどん大きな責任を取って、男も女も関係なく昇進していこうとすればいい。女性だからできないことなんて何もない。自分が成長しようとし続けてさえいれば、組織の中で必ずチャンスはめぐってくるんだと、私は滋賀工場に来て実感しています。

●手放せない仕事道具 鏡
高級化粧品SK-IIを製造する工場の工場長として、お化粧や身だしなみには気を使っている。

●ストレス発散法 お風呂にゆっくり入ること

●好きな言葉Vision First (ヴィジョン・ファースト)

高木琴美(たかぎ・ことみ)
1990年にP&Gの生産統括本部に入社。2005年には同部門初となる女性で初めての高崎工場オペレーションマネージャーを経験。2012年から1年間シンガポールで洗濯洗剤のアジア担当アソシエートディレクターに就任。2013年に帰国後、日本人女性で初めてとなる滋賀工場長に着任。