※本稿は、林伸次『おじさんになっても』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
「どこに住んでるの?」と聞いてはいけない
僕が働いている渋谷のバーみたいな場所って、その時代にいちばん儲かっている業界、いちばん華やかな職業の人たちが飲みにくるんですね。
僕のバーが開店した1997年頃は、雑誌の編集者やレコード会社、広告代理店の人たちがたくさん来てくれました。インターネットがまだ普及しておらず、お店の情報や流行はみんな雑誌から仕入れていた時代です。CDバブルと言われるほどCDが売れていた時期でもあったので、インディーズレーベルの人やCDを輸入している人たちもよく来てくれました。今はコンサル会社やIT関連の方がお客様の多くを占めるようになっています。
先日、某GAFA企業のお客様から聞いた話なのですが、隣に座っている同僚が結婚しているかどうか知らないそうなんです。同じチームで、しょっちゅうミーティングをして、冗談も言い合う間柄なのに、出身はどこで、どの辺に住んでいるか、恋人の有無や既婚未婚といった個人情報についてはまったく話したことがないのだとか。
外資系でコンプライアンスがとても厳しく、また、職場は仕事をする場所であって、個人的な話をしたり、恋愛したりする場所ではないという意識が強いのだそうです。
上の人が下の人を食事に誘ってはいけない
まあ会社側としては、そのほうが効率的かもしれないですよね。職場で個人的なやりとりが増えると、えこひいきや癒着みたいなものが生まれてきて、合理的な関係ではなくなってしまいますから。
いちばん驚いたのは、その会社には暗黙のルールがあり、上の人が下の人を食事に誘ってはいけないのだそうです。明文化されているわけではないのですが、下の人はどうしても断れないので、上の人が勤務時間外に仕事以外のことを誘うのはあり得ないのだと。
同じような職場環境のお客様にその話をしたら、こう言われました。
「もちろんですよ。僕の場合、いちばん避けているのはセクハラです。仕事で出会った女性とすごく良い雰囲気になっても、絶対にこちらからアクションはとらないし、メールやメッセージの中では『!』を使わないと決めていますし、業務以外の話を書くことも絶対にしません」
40代の管理職がやってしまった失敗
また、40代で管理職をしているお客様からこんな話も聞きました。
「林さん、こないだ新入社員と雑談していて、何気なく『どこに住んでるの?』って聞いてしまったんです。別に何の意図もなかったんですが、彼は『都内です』と言うんですよ。わかります? 僕とそういう個人情報を話したくないんです。たとえば『小田急線のほうです』なんて答えて、『じゃあ近くだな。今度飲みにいこうか』みたいな個人的な関係をつくりたくないんです。まあでも、今はこういうほうがみんな働きやすいんですよね」
僕も毎日バーで接客していて、そうした「聞いてはいけないこと」については気をつけています。特に女性のお客様に「どこに住んでるんですか?」とは聞かないようにしています。出身地や仕事の話題は問題なくても、今住んでいる場所を言いたくない女性は多いのです。
もちろん、結婚しているかとか、彼氏がいるかなんてことも聞きません。
バー店主の接客の悩みが晴れた瞬間
それでもバーという場所は、みなさん酔っているので、恋愛の話をしたいお客様もよくいらっしゃいます。「実は婚活中で、いい出会いがあればいいなあって思ってるんですよ」みたいな話をしてくる女性のお客様もたくさんいます。
実際、毎週のように通ってくださる20代後半の女性2人組がいて、ずっと婚活中だと聞いていたので、たまたま隣に座った身元のしっかりした既婚男性2人組に、「この女性たちに誰かいい相手はいないですか?」と話題を振ったところ、「後輩にいい男がいるんで、今度会ってみませんか?」という話になり結婚したということもありました。都会のバーならではのいい出会いを演出できたと、我ながら嬉しく思っています。
とはいえ、こちらからお客様に「結婚してるんですか?」「付き合っている方はいますか?」などと聞くのは、もちろん無作法です。どんなふうに話せばいいかずっと悩みだったんですが、あるときヒントが見つかりました。
職業や家族のことを話すタイミング
僕の妻がヨガスタジオに通っていまして、そこで仲良くなった女性の友人がいるんです。その方と妻はしょっちゅうランチに行っているのですが、彼女のいいところは、「プライベートな件を質問してこない」ことなのだそうです。結婚しているかとか、子どもはいるのかとか、夫がどんな仕事をしているのかとか、一切聞いてこない。
でも妻が何かの話の流れで、「夫と渋谷でバーを経営しているんだけど」とか「娘がいるんだけど」などと話すと、その件については話す。そして同じように、自分の職業や家族のことを話してくれるのだそうです。
相手がどこまで仲良くなりたいのか、どこまでプライベートな話題を共有したいのかって、本当に難しいじゃないですか。あなたの近くにいる若い女性や職場の若い部下も、実は恋愛や仕事、これからの人生のことについてあなたと話したがっている可能性もありますよね。
だから、こちらからは決して「結婚はしてるの?」なんて聞いたりはしない。でも、若い人のほうからそうした話題が出てきたら、そこまでは話していいのかな、そうか実はそういう話をしたかったんだなと察知して、そこからは話すようにするというのが、おじさんがとるべきスタンスなのかもしれません。
