やる気に燃えて始めたオンライン英会話を続けられない。登録した転職サイトの利用を躊躇してしまう。なぜ、そんな事態が発生するのか。セールスコピーライターで消費者の心理メカニズムに詳しい大橋一慶さんは「人間の意識は氷山の一角に過ぎない。サービスを継続利用するか否か、またモノを買うか買わないかなどの判断は、本人さえ気づいていない無意識のあり方による」という――。

※本稿は、大橋一慶『AIで「欲望」を暴いて売る技術』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

オンラインでビデオを視聴しながらノートをとる手元
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消費者にアンケートやリサーチをしても本音を拾えず、本音が隠れてしまうのはなぜでしょうか?

その背景には、人間の心理に深く根ざした6つのメカニズムが働いているからです。この節では、それらを一つひとつ解き明かしていきます。

メカニズム①無意識レベルの欲求

一つ目は、本人すら気づいていない欲求です。心理学では、人間の意識は「氷山の一角」に過ぎないと言われます。海面上に見えている部分は全体のわずか10%程度。残りの90%は、海面下の「無意識」に沈んでいます。ところが、購買行動を動かしているのは、多くの場合、この「海面下」の部分なのです。

具体例1 オンライン英会話を続けられない理由

30代会社員が、オンライン英会話に申し込みます。本人に「なぜ英語を学びたいのですか?」と聞けば、「キャリアアップのため」「グローバルに活躍したい」「自己投資として」と答えるでしょう。

しかし、心の奥底では、まったく別の欲求が渦巻いています。

▲学生時代に英語ができなくてバカにされた記憶
▲海外旅行で英語が話せず惨めだった体験
▲英語ができる同僚への嫉妬と劣等感
▲「英語もできない自分」への情けなさ
▲「日本人は英語が話せない」と外国人に笑われた記憶

これらの欲求は、本人の意識には上ってきません。聞かれても答えに詰まってしまう。なぜなら、自分でも気づいていないからです。無意識の欲求の多くは、過去の体験、トラウマ、劣等感、抑圧された感情から生まれます。

たとえば、幼少期の「お金がない」という経験は、経済的成功への執着を生み出すことがあります。親からの「しっかりしなさい」というプレッシャーが強かった人は、完璧主義、自己承認の渇望が激しくなりがちです。

これらは、本人が自覚していないため、アンケートではなかなか拾えません。しかし、購買行動には強く影響を与えているのです。

メカニズム②社会的に言いにくい本音

これは、「わかっているけど言えない」本音です。たとえば、次のような欲求が当てはまります。

▲「他人より優れていると思われたい」
▲「見下されたくない、バカにされたくない」
▲「SNSで『いいね』をたくさんもらって承認欲求を満たしたい」
▲「ラクして稼ぎたい、努力したくない」
▲「他人の不幸を見て優越感に浸りたい」

これらはいずれも、人間なら誰もが持っている普遍的な欲求です。

しかし、アンケートで「あなたは他人より優れていると思われたいですか?」と聞かれて「はい」と答える人は、ほとんどいません。

人は社会的な生き物です。他人からどう見られるかを、常に意識しています。そのため、「社会的に望ましくない」欲求は、たとえ自覚していても口にできないのです。

具体例2 パーソナルジムへの入会

30代女性が、月額5万円のパーソナルジムに入会します。建前と本音を紹介しましょう。

建前
「健康のため」
「運動不足を解消したい」
「プロのトレーナーの指導を受けてみたい」


本音
「痩せてキレイになった私を、元カレに見せつけたい」
「インスタに『ジム通ってます』と投稿して意識高い系アピールしたい」
「太っている同僚より優位に立ちたい」
「ジムに通う自分が好き」

実は、本人はこの本音に何となく気づいています。しかし、絶対に口には出しません。なぜなら、本音を認めることは自分を「浅はかな人間」「見栄っ張り」と定義することになるからです。

トレーナーの助けを借りてバーベルスクワットをしている女性
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心理学では、この現象を「社会的望ましさバイアス」と呼びます。人は、社会的に好ましいと思われる回答をしようとするもの。

▲本当は「ラクしたい」けど、「成長したい」と答える
▲本当は「お金が欲しい」けど、「社会貢献したい」と答える
▲本当は「認められたい」けど、「自分のため」と答える

このバイアスがある限り、どんなに質問の仕方を工夫しても、本音は表に出てこないのです。

メカニズム③矛盾・ダブルバインド

人間の心理は単純ではありません。相反する欲求を同時に抱えることは、むしろ普通です。そして、その「矛盾」こそが、深い本音を隠します。次に挙げるのは、典型的な矛盾例です。

▲「痩せたい」でも「ラクしたい」「美味しいものを食べたい」
▲「節約したい」でも「いいものが欲しい」「ケチと思われたくない」
▲「時短したい」でも「手抜きと思われたくない」「ちゃんとしていたい」
▲「自由に生きたい」でも「安定が欲しい」「失敗したくない」
具体例3 時短家電を買わない主婦

食器洗浄機(以下、食洗機)、乾燥機付き洗濯機、ロボット掃除機など、便利な時短家電は山ほどあります。しかし、多くの主婦は買いません。

「価格が高い」「置く場所がない」「手洗いのほうがきれい」
「家事から解放されたい」⇔「でも、家事をしない私は怠け者だ」
「ラクしたい」⇔「主婦なら家事をちゃんとやるべきだ」
「時短家電が欲しい」⇔「夫に『ラクしてる』と思われたくない」

この矛盾を抱えた状態で、「なぜ時短家電を買わないのですか?」と聞かれても、答えられません。なぜなら、どちらの感情も本物だからです。

ロボット掃除機を通すために床から足を持ち上げている人
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また、矛盾を抱えた欲求の多くは、「罪悪感」を伴います。

▲子どもを習い事に通わせるのは、「子どものため」か「自分がよい親だと思われたいため」か
▲健康食品を買うのは、「健康のため」か「買うことで安心したいだけ」か
▲副業講座を買うのは、「本気で稼ぎたい」のか「買うことで何かをやった気になりたい」のか

こうした罪悪感が、本音を語ることを妨げます。本音を認めることは、「よくない自分」を認めることになるからです。

メカニズム④モヤモヤした違和感

ときに、本音は言葉になる前の「感覚」として存在します。「なんとなくイヤ」「ピンとこない」「これじゃない感」「モヤモヤする」こうした感覚は、購買において極めて重要な役割を果たします。しかし言語化できないため、アンケートでもインタビューでも捉えられないのです。

具体例4 転職サイトを使わない理由

30代会社員が、転職サイトに登録したものの、結局使わずに放置しています。なぜかと聞かれれば、「忙しくて時間がない」「今の会社もそこまで悪くない」と答えるでしょう。

しかし、本当の理由は、もっと曖昧で、もっと深いところにあります。

▲「転職活動を始めることは、自分の敗北を認めるような気がする」
▲「求人を見ると、自分の市場価値が低いことを突きつけられる気がする」
▲「転職先でもうまくいかなかったら、もう逃げ場がない気がする」

こうした明確な「思考」ではなく、モヤモヤとした「感じ」――本人も、なぜそう感じるのかは説明できませんが、行動にブレーキをかけています。「感じ」の多くは、不安、恐怖、抵抗感といった負の感情です。

▲「なんとなく怖い」→失敗への恐怖、未知への不安
▲「なんとなく違う」→自分のアイデンティティとの不一致
▲「なんとなくイヤ」→過去のイヤな経験との無意識の結びつき

言語化するには、深い内省が必要です。しかし、アンケートの回答時間は数分。言語化される前に、「時間がない」「価格が高い」という表面的な理由で片付けられてしまうのです。

メカニズム⑤TPOで変わる欲求

人間の欲求は、状況によって変わります。同じ人でも、場面が違えば、まったく違う本音を持ちます。

具体例5 コンビニでの購入行動

同じ30代男性でも、状況によって購入する商品はまったく違います。

▲昼休みに同僚と来たとき:健康的なサラダ、無糖のお茶(「意識高い自分」の演出)
▲一人で深夜に来たとき:カップラーメン、甘いデザート、炭酸飲料(本当に食べたいもの)
▲家族と来たとき:子どもが喜ぶお菓子(「よい父親」の演出)

アンケートで「どんな商品を買いますか?」と聞いても、「どの文脈での自分」が答えるかによって、回答はまったく変わります。

スーパーで肉を手にスマホで調べ物をしている女性
写真=iStock.com/FG Trade
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つまり、本音は「単一」ではなく「複数」。多くのリサーチは、「顧客には一つの本音がある」という前提で行われます。しかし、実際には、人は複数の顔を持ち、それぞれの顔に応じた本音を持っているものです。

▲「会社員としての自分」の本音
▲「親としての自分」の本音
▲「一人のときの自分」の本音
▲「友人といるときの自分」の本音

アンケートは、このうちどの「自分」が答えているのか、コントロールできません。場面ごとに変わる本音は、決して捉えられないのです。

メカニズム⑥許可や代弁を求める「図星ニーズ」

最後のメカニズムが、本書の中核をなす「図星ニーズ」です。人は、自分の欲求を正当化してくれる「言葉」や「理由」を求めています。

具体例6 宅配ミールキット

オイシックスなどの宅配ミールキットが広く浸透しました。便利だから浸透したのもありますが、「時短です」「簡単です」「便利です」と訴えるだけであれば、これほどまで広がらなかったでしょう。なぜなら「手抜きをしている自分」を強調してしまうから。

宅配ミールキットに抱く、言語化されにくい消費者の本音は、「毎日ちゃんと作らなきゃ、というプレッシャーが重い」「惣菜や外食に頼ると、負けた気がする」「母親(親)として手抜きだと思われたくない」「料理しない自分を、自分で責めている」などの罪悪感。

だからこそ、ミールキット各社のコピーには、次のようなメッセージが多いのです。

「忙しい日でも、ちゃんとした食事」
「10~20分で主菜と副菜」
「栄養士監修」
「子どもに安心して食べさせられる」

これらはすべて、料理をしない罪悪感を打ち消すための言葉で、顧客の本音を「正当化」しています。許可を与える言葉の威力は強いです。なぜなら、人は、自分の欲求に「許可」が欲しいから。

「時短家電を使っても、よい親です」
「手抜き料理でも、愛情は変わりません」
「高い買い物をしても、あなたは浪費家ではありません」
「副業でラクに稼ぎたいと思うのは、当然です」

こうした「許可」を与える言葉は、アンケートでは決して出てきません。顧客自身が「言ってほしい言葉」を自覚していないからです。

しかし、その言葉を聞いた瞬間、顧客は「そうそう、それ!」と膝を打ちます。これが、図星ニーズを突いた瞬間です。

テイクアウトを紙袋から取り出す手元
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購買には6つのメカニズムが絡み合っている

実際の購買行動では、これら6つのメカニズムが複雑に絡み合っています。たとえば、高額な資格講座の購入には、

大橋一慶『AIで「欲望」を暴いて売る技術』(KADOKAWA)
大橋一慶『AIで「欲望」を暴いて売る技術』(KADOKAWA)

① 無意識の欲求(キャリアの停滞への焦り、自己価値の証明)
② 社会的に言いにくい本音(資格を持っている自分をアピールしたい)
③ 矛盾(本気で勉強する気はないが、持っていると安心)
④ 言語化できない感覚(これを買えば人生が変わる予感)
⑤ 文脈依存(家族の前と友人の前で語る理由が違う)
⑥ 許可への渇望(「自己投資は必要」という正当化)

これらすべてが同時に働いています。

従来のリサーチでは、この複雑さを捉えることができません。しかし、AIを使えば、これらのメカニズムを一つずつ紐解き、本音に到達することができるのです。