氷河期世代の不遇が少子化を速めた
日本の少子化がここまで進んだ大きな要因としては、団塊ジュニアとポスト団塊ジュニア世代の未婚化が進んだことが挙げられます。この世代は1970年〜84年ごろに生まれて異常な就職難の時期に学卒者になった、いわゆる「就職氷河期世代」です。
前回の記事では、日本の1975年生まれの女性の無子比率が世界一高いことや、少子化の現状とこれからについてお話ししました。今回は、特に就職氷河期世代の女性が歩んできた道のりに焦点を当てたいと思います。この世代の不遇こそが、現在の少子化加速を引き起こしていると思うからです。
この世代、団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアは、出生数が過去最高の200万人を超えた年もあり、特に人口が多い。本来なら第3次ベビーブームの担い手だったにもかかわらず、就職活動の時期がバブル崩壊後の経済停滞期だったために、雇用情勢の極端な悪化とそれに伴う経済的不安に見舞われました。
90年代後半には、大学卒業生の2〜3割強が無業かアルバイトのまま卒業しています。そのため、非正規雇用からスタートせざるを得なかった女性も多く、その後の賃金や職業生活において、卒業後すぐ正社員になれた人との間に大きな格差が生まれることになりました。
9割の女性が結婚しようと考えていた
それでも当時は、調査によれば9割の女性がいずれ結婚しようと考えていました。しかし、不安定雇用の人が増える中で未婚率は上昇。結果として、1975年生まれの女性の3割近くが生涯無子となっています。
こうした若者の雇用劣化に対し、国は2000年代に入っても有効な手を打ち出せませんでした。両立支援制度や保育サービスなどの充実には取り組み始めましたが、その恩恵を受けられたのは大企業の正社員などほんの一握りの人たちだけ。契約社員や派遣社員のほとんどは適用外でした。
非正規雇用の女性の多くは産休や育休も使えず、保育園への入所も難しかったのです。そんな状況では、妊娠は退職、すなわち無職・無収入になることを意味します。
いったん無職になってから出産後に再度求職活動をしようと思っても、そこにもまた高い壁がありました。保育園は仕事が決まってからでないと申請を受け付けてくれない、でも保育園が決まらないと内定が取れない。そんな地獄のようなループが待ち受けていたのです。
横浜市副市長時代に格差を実感
私はこの悲惨な状況を、2003年に横浜市の副市長になって初めて実感しました。それまで都心で仕事をしていたので、丸の内に勤めて仕事と育児を両立しながらバリバリ働いている女性ばかり目にしていたのですが、そんな人は世の中のごく一部で、裏には死屍累々の山が築かれているのだと気づきました。
しかも氷河期世代は人口が多くて人手が余っていたものだから、99年には原則として全職種での派遣が、2004年には製造業への派遣が解禁されてしまいました。
これによって、それまで多くの女性が就いていた「一般職」といわれる事務職は派遣労働者への置き換えが進み、女性の正規採用のルートが一気に狭まりました。
さらには、製造業の正社員というのは男性にとって安定した職でしたが、そこに就職できる人も減りました。製造業の正規職は一馬力で家族を養える数少ない職種のひとつだったのに、それが派遣労働者へ置き換えが進みました。家族を持てる経済力を持つ男性が減ったのです。
国も何もしなかったわけではありません。2003年には、若者の雇用や自立支援を目的とした「若者自立・挑戦プラン」を策定しています。
非正規の人は「自己責任」なのか
ところが、同プランの当初の柱は「若者のキャリア意識の育成」。国は、若者が正社員にならないのは意識の問題だと考えていたのです。正規の職に就かないのは自由でいたいからであり、結婚せず子どもを産まないのはわがままだからだと。
実際はそうではありません。2000年の大卒の求人倍率は0.99で、1を切ったのはこのときが唯一です。正社員の口そのものがないのですから、いくらキャリア教育をしたところで成果が出ないのは目に見えています。
さらには、このとき問題とされたのは主に男性の雇用であり、女性は稼げなくても結婚すれば解決するからと考えられていました。就職氷河期、男性たちより弱い立場だった女性たちが受けた打撃はさらに大きく、非正規化や雇用の不安定化が一気に進んだのにもかかわらず軽視されたままだったのです。
国はこのころはすでに、結婚して子を産んでいた人たちへの支援は充実させようとしていました。しかし、その前段階にあった氷河期の若者の貧困に対しては支援策を打ちませんでした。職がないのは意識の問題で、自己責任だと捉えていたからです。
2019年からの就職支援は遅すぎた
もちろん氷河期世代の中には恵まれた職に就けた人もいますが、そこから弾かれてしまった人も多く、これが同世代の中に大きな格差を生み出すことになりました。
後者には、2008年に起きたリーマン・ショックで派遣切りにあった人たちも少なくありません。それでも国はなかなか動かず、氷河期世代が40代に突入した2019年になってようやく就職氷河期世代支援プログラムをスタートさせました。
国民が「この世代が大変なことになっている」と気づき始めたからですが、皆がそう思うようになってから手を打ったのでは遅すぎます。支援プログラムは、もう10年早く実施すべきだったと思います。
結局、氷河期世代は1990年代後半から2000年代を異常な就職難、派遣解禁、派遣切りと厳しい雇用環境の中で過ごさざるを得ませんでした。低賃金・不安定雇用から抜け出す機会を与えられないまま、人生でいちばん恋愛や結婚をしたいであろう20〜30代の時期が終わってしまったのです。
急速な少子化は、2000年代のツケ
その結果、氷河期世代の未婚化が進み、出生数は伸びませんでした。期待された第3次ベビーブームは来なかったのです。国の無策が、ひとつの世代を大きく貧困化させてしまったからです。今の急速な少子化は、この2000年代のツケにほかなりません。
出産可能な年齢には上限がありますから、もう氷河期世代の人たちの子が大きく増えることは望めないでしょう。つまり、少子化は少なくとも今後30年間は止められない。今後30年の間に出産する年齢になる層はすでに全員が生まれ終わっていて、その数が極端に少ないのですから。
手厚いセーフティーネットが必要
では、国や私たちがこれからできることは何でしょうか。私は、皆でしっかりとしたセーフティーネットを維持構築して、誰もが不安なく子どもを産み育てられる、安心して年をとっていける社会にしていく必要があると思っています。
そのためには財源が必要ですから、消費税や他の税金、社会保険料などの負担を軽くしようとするのではなく、皆できちんと払っていくべきでしょう。セーフティーネットは、出産や育児、病気、介護といったリスクを、個人では解決できないときに補うためのものです。
氷河期世代への国の責任は重い
でも、何のために税金や社会保険料を払っているのかは、自分が支援を受ける側にならない限りなかなか想像しにくいですよね。
端的に言えば、介護保険料を払わずに自力で家族の介護をするか、介護保険料を払って介護保険というセーフティーネットを利用するか、どちらがいいですかという話です。税金や社会保険料に関しては高すぎるという声も多いですが、国会議員は社会のこうした仕組みを国民に説明して、だから仕組みを守るために皆さん負担してくださいときちんと伝えるべきでしょう。
氷河期世代の女性たちは、現在40〜50代。その中には、結婚・出産をしたかったけれど雇用に恵まれず、チャンスを失ったと思っている人もいます。非正規雇用の期間が長く、受け取る年金が少ない人たちもたくさんいます。これは本人のせいではなく社会の責任であり、丸ごとひとつの世代を制度の狭間に追いやってしまった国の責任です。
今40~50代の人の年金をどうするか
ただ、当時と違って今は人手不足の時代です。氷河期世代の女性も職業人生にはまだ先がありますから、働ける人は働き続けてもらえたらと思います。同時に、企業も非正規雇用から正社員への転換に積極的に取り組んで、年金受給額を少しでも上げられるチャンスをつくってほしいですね。
2000年代を振り返るとつくづく、日本ってどうしてこう近視眼的なのかなと感じます。目の前にいる若い人たちが安定した職に就けないと、のちのち日本がどうなるかなんてすぐにわかりそうなものです。しかし国は、今の状況が将来何を引き起こすか想定していなかったのです。
「すべての問題は、いずれ景気がよくなれば解決する」と楽観していたのかもしれません。けれど実際は、初職で正社員から弾かれ、そのまま不安定雇用にとどまった人の多くが結婚・出産の機会を失い、これが日本の少子化を予想外のスピードで推し進めました。
不可逆となった少子化社会
日本で100万人を超える子どもが生まれたのは2015年が最後です。そして、25年の出生数は67.1万人と過去最少でした。今後どれほど有効な政策が展開されたとしても、将来出生数が大きく増加することは望めないでしょう。
なぜなら、これからは母親になりうる女性の数そのものが減っていくからです。就職氷河期世代の子ども世代にあたる層、例えば2040年に30歳になる女性は52万人、2050年に30歳になる女性は41万人しかいないのです。
2000年代の政策の失敗は、今さらどうあがこうと取り戻せません。今後人口が減少していく日本社会をどうするのか――。国が、そして国民一人ひとりが、真剣に考えなければならない時期が来ています。
