老後を健康に過ごすには、どうすればいいのか。リハビリテーション科医の安保雅博さんは「“健康のために1日1万歩を歩く”という言説があるが、明確な医学的根拠はない。元気で動ける体を維持するためには、いつもの散歩に“ちょっとした工夫”を加えてほしい」という――。(第4回)

※本稿は、安保雅博『歩幅を見れば、寿命がわかる 「死ぬまで歩ける体」のつくり方』(アスコム)の一部を再編集したものです。

屋外で運動する若い日本人女性
写真=iStock.com/west
※写真はイメージです

「1万歩」に縛られないでいい

「健康のためには1日1万歩歩きましょう」

そんな話を聞いたことがある人は多いでしょう。スマートフォンなどの歩数計を見ながら、「今日は3000歩しか歩いていないから、もう少し歩かなきゃ」などと考えている人もいるかもしれません。

実は、この「1日1万歩」という数字には明確な医学的根拠があるわけではありません。もともとは、アメリカの研究で「1週間で約6万9000歩を歩くことが健康増進に役立つ」という結果が出たことから、キリのよい数字として「1日1万歩」が広まったと言われています。

(参考:Paffenbarger RS Jr et al: Physical activity, all-cause mortality and longevity of college alumni. N Engl J Med 1986;314:605-613)

しかし、1万歩を歩くにはおよそ2時間ほどかかります。仕事や家事で忙しい人はもちろん、高齢者にとっても、これを毎日続けるのは体力的にも現実的ではありません。「今日は歩数が足りない」と焦るあまり、運動そのものが苦痛になってしまうというケースも少なくないでしょう。

こうしたことから、現実的に難しい「1日1万歩」に縛られる必要はないと考えます。注目したいのは、「どれだけ歩いたか」ではなく、「どんなふうに歩いたか」という視点です。

「歩幅を10cm広げる」と長生きにつながる

健康づくりにおいては、「メッツ(METs)」という運動強度の指標がよく使われます。メッツとは、「どれくらい体を使っているか」を表す目安となるものです。次の表は、「歩くこと」のレベルをメッツで分類したものです。

同じ1000歩でも、のんびり散歩する場合と、少し息が弾むくらいの速さで歩く場合とでは、体への刺激は大きく異なります。

近年の研究では、このメッツを上げることが生存率に大きく影響を与えることがわかってきました。6213名の男性を対象とした研究によると、「日常生活でラクにできる運動強度が5メッツ以下の人は、運動強度を1メッツ上げると生存率が12%上がる」という報告があります。つまり、ただ歩数を増やすことだけにこだわるよりも、運動強度を少し高める=いま歩いている速度よりも早く歩けるようになる工夫をしたほうが、元気で長生きできる可能性が高まるわけです。

(参考:New England Journal of Medicine, 346: 793-801, 2002)

「何も意識していない歩き方(普通歩行)」から、運動強度を1メッツ上げるために私がおすすめしているのが、「歩幅を広げること」です。

「1メッツ上げる」と言われると難しく感じるかもしれませんが、一番簡単で確実な方法が、「いつもの歩幅を10cm(握りこぶしひとつ分)広げる」ことなのです。

年齢を重ねると、無意識に歩幅が狭まる

歩幅が広がると、同じリズムで歩いていても自然とスピードが上がります。さらに、足を前に振り出す筋肉や、地面を蹴り出す筋肉がしっかり働くようになります。

アスファルト道路を歩く人
写真=iStock.com/Istockexstock
「歩幅を10cm広げる歩き方」を取り入れれば、同じ3000歩でも、7000歩分に近い運動の強度を持つ歩きに変わっていくという。(※写真はイメージです)

歩く時に特に使われるのは、

・お尻の筋肉(大殿筋)
・ふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)
・太ももの筋肉(大腿四頭筋)
・足の付け根の奥にある筋肉(腸腰筋)

などです。

年齢を重ねると、こうした筋肉が衰え、無意識のうちに歩幅が狭く(小刻みに)なります。いわゆる「ちょこちょこ歩き」です。逆に歩幅を10cm広げると、普段あまり使っていない筋肉に刺激が入り、歩きながら自然にトレーニングをしている状態になります。

ただの散歩が、「ゆる筋トレ」に変わるのです。

歩数より歩き方が重要であることを示した代表的な研究に、「中之条研究」があります。

中之条研究は、群馬県中之条町に住む65歳以上の住民約5000人を対象に、日常の運動量、生活習慣、睡眠、食事などを20年以上にわたって調査したものです。さらに、調査対象者のうち2000人には詳細な血液検査や遺伝子解析を実施し、その中の500人には加速度センサー付き活動量計を装着してもらい、歩数や速歩きの時間を24時間・365日記録するという、非常に精密なデータが集められました。

「歩幅10cm増、3000歩」で7000歩分の運動強度

この研究からわかったことのひとつが、歩く量と質が、病気の発生率に大きく影響するという事実です。研究結果によると、1日平均8000歩以上歩くことが理想的で、そのうち速歩きなどの中強度の活動が20分以上含まれていれば、代表的な生活習慣病の発生率が10分の1以下になるとされています。

ここでいう「中強度の活動」とは、少し息が弾む、うっすら汗ばむ程度の速歩きをイメージしてください。

主な研究発表内容を一覧にしたのが、下記の表です。

【図表2】中之条研究でわかったこと
研究によれば、「少し息が弾む、うっすら汗ばむ程度」の速歩きがいい。なんの意識もなく普通に1日2000歩程度歩くだけでも、寝たきりの予防効果が期待できるとされる。5000歩で要支援・要介護のほか、認知症・心疾患・脳卒中などのリスクを軽減。7000歩歩けば、ガン・動脈硬化・骨粗しょう症・骨折などの予防に有効とされている。(出典=『歩幅を見れば、寿命がわかる 「死ぬまで歩ける体」のつくり方』)

これを見ると、中強度の歩きではなく、なんの意識もなく普通に2000歩程度歩くだけでも、寝たきりの予防効果が期待できるとされています。

また、1日5000歩で要支援・要介護のほか、認知症・心疾患・脳卒中などのリスクを軽減、1日7000歩歩けば、ガン・動脈硬化・骨粗しょう症・骨折などの予防に有効とされています。

しかし、すでにお話ししたように、高齢になってから8000歩、1万歩も歩くのはなかなか難しいですよね。「歩数に縛られるよりも歩き方(歩きの内容)に重きを置く」ほうが現実的かつ効率的だと思います。

そこで役立つのが、先ほどお話しした「歩幅を10cm広げる歩き方」です。これを取り入れれば、同じ3000歩でも、7000歩分に近い運動の強度を持つ歩きに変わっていくのです。

「たくさん歩けないから意味がない」と思う必要はありません。歩き方を変えるだけで、体への効果は大きく変わります。それを教えてくれるのが、この中之条研究なのです。

「かかと・つま先・ひじ」の3点を意識して歩く

歩幅を広げることに加えて、次の3つを意識すると、いつもの散歩がさらに効果的な全身運動になります。

書影
安保雅博『歩幅を見れば、寿命がわかる 「死ぬまで歩ける体」のつくり方』(アスコム)

【①かかとから着地する】

年齢を重ねると、足裏全体で着地する「ペタペタ歩き」の人が増えます。これはラクな歩き方ですが、筋肉をあまり使わないため、足全体の筋力の低下につながります。少しキツくても歩幅をやや広めに取り、前に出した足を「かかとから着地する」ことを意識しましょう。

【②つま先でしっかり押し出す】

歩くときは、「着地した足のつま先で地面をつかみ、体を前に送り出す」動きが重要です。

この動作ができるようになると、お尻やふくらはぎなど下半身の筋力アップはもちろん、歩行の安定性やスピードアップにもつながります。

【③ひじを後ろに引く】

上半身で大事なのは、腕をしっかり振ることです。ひじを軽く曲げ、特に後ろへ引くことを意識しましょう。この時の「自然な体のひねり(体幹の回旋)」がポイントです。

年齢とともに肩の可動域は狭くなり、腕はあまり後ろへ振れなくなっていくのですが、こうして体幹を使うことで、歩行時の運動負荷が効率よく上がり、前への推進力もアップします。

いくつになっても元気で動ける体を維持するために必要なのは、特別な運動ではありません。いつもの散歩で、「歩幅を10cm広げる」「かかと・つま先・ひじの3点」を意識して歩く。たったそれだけでも、体への刺激は大きく変わり、毎日の歩きが老化に負けない体をつくる運動へと変わっていきます。

(参考文献)
・New England Journal of Medicine, 346: 793-801, 2002
・Paffenbarger RS Jr et al: Physical activity, all-cause mortality and longevity of college alumni. N Engl J Med 1986;314:605-613)