※本稿は、大愚元勝『リーダーの器量を問う禅 感情に流されず正しく決断するための「整える」技法』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
「信頼がない」から反発を生む
リーダーとして認められるために欠かせない条件は、「信頼を得ること」です。仮に厳しい評価や注意であっても、自分(部下)と相手(上司)の間に「信頼」があれば、部下は上司の厳しさを「自分の成長のためだ」と、助言として受け止めます。しかし、信頼のない上司から同じことを言われれば、反発心しか残りません。
肩書きは、一時的に人を従わせることはできても、心から人を動かす力にはなりません。人が安心してついていこうと思うのは、「この人は自分を裏切らない」という確信があるときです。ビジネスは効率や成果で評価されがちですが、結局のところ人が動くのは「相手を信頼しているから」です。
では、どうすれば周囲からの信頼を得られるのでしょうか。
その答えを示す教えが、「四摂法」です。摂とは「まとめる」「導く」という意味で、四摂法とは、人々や集団をまとめるための「4つの実践」です。道元禅師(曹洞宗の開祖)の『正法眼蔵』にも説かれ、仏教徒の生き方の規範とされてきました。
人を動かすためのブッダの教え「四摂法」
【①布施(ふせ)】
布施とは「与えること」です。お金や物だけでなく、知識、経験、技術、労力、時間など、自分の持つ力を惜しみなく分け与えることを指します。一般社員は「役割を果たす」「与えられた環境で成果を出す」立場ですが、リーダーは「どんな環境やサポートを与えればチームが力を発揮できるか」を考える立場です。
【②愛語(あいご)】
愛語とは、相手を思いやる言葉をかけることです。相手を傷つけたりおとしめたりするのではなく、慈しみをもって言葉をかける。「この人がどうしたら元気になるか」「楽しくなるか」と考えて言葉を選ぶ。それが愛語です。日常の小さな言葉が積み重なって、信頼は育まれます。
優しい言葉、思いやりある態度は、チームの士気や心理的安全性(自分の意見を安心して表現できる状態)を高めます。一方で否定的な言葉は、チームの雰囲気を一瞬で冷え込ませます。
部下の提案には「良い視点だね」と前向きに受け止める。「ありがとう」「お疲れさま」といった日常的な挨拶を欠かさない。厳しい指摘をするときにも「期待しているからこそ伝えている」と添える。こうした愛語の積み重ねが、リーダーへの信頼を深めます。
【③利行(りぎょう)】
利行とは「他者の利益のために尽くすこと」です。しかも、見返りを求めず、相手の立場や境遇に関わらず行うことが大切です。たとえば、自分の評価や利益に直結しなくても、部下が困っていたら時間を割いて相談に乗る。契約や売上に結びつかなくても、顧客のためになる情報や解決策を提供する。
自分の担当外でも、チーム全体のためになるなら手を差し伸べる。「この人は自分にとってメリットがあるから親切にしておこう」と考えるのではなく、立場や貧富に関係なく人のために尽くす。その積み重ねが「厚い信頼」という最大のリターンになります。
【④同事(どうじ)】
同事とは「相手と同じ心・境遇に立つこと」です。相手の喜びを自分の喜びとし、悲しみを自分の悲しみとする。相手を尊重し、立場を理解した上でともに歩むことです。
リーダーはときに諭す立場にもなりますが、一方的に押しつけたり、怒鳴りつけたりしてはいけません。相手の状況をきちんと認めることが前提です。リーダーが上から命令するのではなく、ともに歩む姿勢を示すことで、部下は安心してついていけます。
見返りを求めてはならない
四摂法は、「人を動かす原理原則」であり、時代や立場を超えて人々から尊敬を集める人の共通点です。与えることを惜しまない人、思いやりのある言葉をかける人、見返りを求めず尽くす人、相手とともに歩む人。時間や労力を与えているため、短期的には「損をしている」と映るかもしれません。
見返りを求めない行動は、ときに「非効率」や「甘い」と評されることもあります。しかし長い目で見れば、そうした姿勢が確かな信頼を呼び込み、最終的には大きな成果へとつながっていくのです。
ビジネスの現場では、成果主義やスピード競争が強調されがちですが、長期的に人と組織を動かすのは数字や権威ではありません。人々が「この人にならついていきたい」と心から思えるかどうかです。
信頼は一朝一夕には築けません。けれど、布施・愛語・利行・同事を日常の中で少しずつ実践していけば、やがて揺るぎない信頼へとつながっていきます。リーダーが本当に手にすべきは、肩書きや報酬ではなく「信頼関係」です。四摂法はその道筋を示す教えであり、仏教に根ざしながら、ビジネスに通じるリーダーシップの原理です。
言葉と行動が食い違う=口先だけのリーダー
お釈迦さまは、「人を動かしたければ、まず自分が先に行え。そしてそのあとに人を教え導け」と説かれています。率先垂範とは「人より先に立って行動し、その姿を見せることで手本となる」ことです。単に「行動する」だけでなく、「行動を通じて他者に示す」ことが含まれています。
自らやって見せることで、部下に「この人のようにやろう」と思わせるリーダーシップのありようです。行動を示さずに言葉だけで指示するリーダーは、権威や立場で一時的に人を従わせることができても、次第に信頼を失います。
口では立派なことを言いながら行動がともなわなければ、部下は「口先だけだ」と感じ、信頼は崩れていきます。行動なき言葉の先には、次のような悪循環が待っています。
●言葉と行動が食い違っているので、「口先だけのリーダー」と見られる。
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●「自らは動かず人にやらせるだけ」という不公平感が社内に広がり、やる気が下がる。
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●リーダーが模範を示さないため、「何を、どうやるのか」の基準が曖昧になる。
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●「どうせリーダーもやっていないのだから」と部下が責任を回避する。
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●やがて組織が停滞していく。
“よい上司”は先に動く
一方で、リーダーが率先して行動すれば、部下は「この人についていこう」と思います。信頼が高まってやる気が引き出され、組織に明確な基準が生まれます。部下も自ら動くようになり、組織全体が前向きなエネルギーで満ちていく。まさに好循環が生まれるのです。
●先にリーダーが動くことで、部下は「言葉と行動が一致している」と感じ、自然に信頼を寄せる。
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●信頼が積み重なることで、部下のやる気が高まり、「リーダーに応えたい」という意欲が引き出される。
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●リーダーが行動で基準を示すため、部下も「何をどうすればよいか」が明確になり、迷いなく動ける。
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●部下が主体的に動くようになり、責任感や自主性が育まれていく。
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●組織全体が前向きなエネルギーで満たされ、協力や連帯感が生まれる。
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●最終的には、チームの力が相乗的に高まり、成果と信頼の両方が向上していく。
率先垂範の重要性をわかりやすく示すのが、子どもの姿です。小さな子どもは親の言葉以上に、兄や姉の行動に影響を受けやすいものです。私自身、幼い頃ファミリーレストランで何を頼むか迷ったとき、兄と同じメニューを選んでいました。
人は身近な模範を自然とまねるものです。だからこそ、リーダーが悪いことをすれば部下も悪い方向へ流され、逆に良い姿勢を示せば、素直な人たちは自然と良い方向へ育っていきます。
「わかっているだけの人」に欠けている5点
多くのリーダーが「率先垂範の重要性はわかっている」と口にしますが、実際にはできていないことが見受けられます。
●忙しさを理由にする
経営や管理業務に追われ、「現場に出る時間がない」と思い込むことで、自ら実践する機会を避けてしまう。
●立場を誤解する
「自分は指示する側で、動くのは現場である」と思い込み、行動を見せる必要性を軽視してしまう。
●恥を恐れて避ける
新しいことに挑戦すると失敗するリスクがあるため、「できない姿を見せたくない」という心理が働く。
●短期的な成果を優先する
目先の数字や成果を追うあまり、「模範を示す」ことの長期的効果を軽視してしまう。
●自覚を欠く
部下は常にリーダーの姿を見ている、という自覚が弱い。「見られている」意識がないために、自然と模範を放棄してしまう。
こうした落とし穴にはまると、言葉と行動がかけ離れるため、信頼は目減りしていきます。率先して模範を示すことが、信頼されるリーダーに近づく条件です。
