1987年、歌手のアグネス・チャンさんが生後数カ月の長男を職場に連れていったことを、一部の文化人やメディアが批判した。女性の仕事と子育てをめぐる「アグネス論争」に発展する中、本人は何を考えていたのか。東京大学名誉教授・上野千鶴子さんとの対談をお届けする――。

※本稿は、上野千鶴子、アグネス・チャン『報われない社会で、それでも生きる』(Gakken)の一部を再編集したものです。

新生児の手と親の手
写真=iStock.com/paulaphoto
※写真はイメージです

世の中の風潮に逆らった女性

【上野】子育てに関して、父親もいるのになぜ自分だけが大変なのかという不満はなかったんですか?

【アグネス】それはなかったです。そして、夫は本当によく子ども達の面倒を見ました。二人三脚で子育てに励んでいました。決して一人で子ども達を育てたわけではないのです。

【上野】当時、私が教えていた女子短大の学生達の中には、アグネス論争を見て「世の中の風潮に逆らうとこんなに叩かれるんだ。自分はしないでおこうという教訓を得た」という学生もいました。

【アグネス】ああ。それも、その人の選択ですよね。それで悔いがないというのなら、風潮に沿ったらいいと思います。批判を受けたことをきっかけに自分はどう対応するか、それによって何を学び、どう成長するのかが肝心です。

アグネス論争をきっかけに、自分自身が成長し、自分だけでなく、世の中の女性の痛み、悩みを少し理解できたと思います。

「ズルい」「不公平だ」という声

【上野】その話を聞いて胸が痛みます。アグネス論争はアグネスさんに仕事も育児も完璧にやらなければいけないというプレッシャーを与えることになったのだなと。

【アグネス】完璧は目指してないけれど、失敗はしたくなかったです。一般の方からも「私達は職場に子どもを連れて行けないのに、アグネスだけズルい」と不満の声が上がりました。年配女性からは「私達は仕事と育児の両立をあきらめたのに、不公平だ」という声が上がりました。

そうした中で、私が自分のやり方を貫くのなら、やっぱりうまくいきませんでしたという結末を迎えるわけにはいかないと、失敗したら、自由に人生設計したい後輩に申し訳ない、失敗したら、女性運動の先輩にも申し訳ないと思いました。

上野さんが言ったように、常識を破ったら大変なことになる、おとなしく耐えるしかないと考えてほしくないです。

職場では「母親」を隠す女性たち

【上野】叩かれて傷ついたことをバネにしたアグネスさんは立派です。でもみんながみんなできることではないと思うんです。

当時、社会に出た時に風潮に逆らって叩かれるようなことはしないと考える学生が多かったように思います。

彼女達の背後にあるのは、一つは職場に私生活を持ち込まないという職場の美学。もう一つは、子育てをするなら子育てに専念するという母親の規範。仕事も子育てもと欲張った挙句、どちらも中途半端になるのが怖いという心理が働いていました。

ジャーナリストの浜田敬子さんに『働く女子と罪悪感 「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社 2022年)というタイトルの著書があるのですが、それを見た時に胸が痛みました。母親は罪悪感なしには働けないのか、と。

他方で彼女はこんなことも言っていました。管理職になった時にふと周囲を見渡してみたら、自分同じように子育てしながら働いている母達が職場にいた。それまでそのことに気づかずにいたのは、自分も含めて私生活の匂いを職場では消していたからだ、と。

仕事と育児、両方完璧を目指さなくていい

【アグネス】大変だと思えば大変ですが、天に与えられた恵みだと思えば感謝になります。子どもが欲しくても叶わない人もいるし、仕事のチャンスをつかめない人もいる中で自分は両方できる状況にありました。これはもう感謝してやるしかないんですよね。

【上野】それはそうですね。

アグネス・チャンさん(左)と上野千鶴子さん
撮影=中西裕人
アグネス・チャンさん(左)と上野千鶴子さん

【アグネス】もちろん子どもが小さかった時には断らなければいけない仕事もありましたが、その時にできる仕事を精一杯すればいいと考えていたんです。

私も常に両方完璧にできていたわけではないし、それを目指していたわけでもありませんでした。誰かから見て完璧であることより、自分が今はこのバランスでいいと納得することを目指しました。

それでやっていたら子どもが成長し、手がかからなくなった時にも仕事はちゃんと続いていて、ここから先は仕事の比重を増やそうと切り替えたんですね。結果として、子ども達が育ち、仕事も続けていけました。

叩かれて傷つき、強くなった

【上野】多くの女性からすれば、アグネスさんはスーパーウーマンに見えるでしょうね。

【アグネス】ぜんぜんスーパーウーマンではないです。でも母親になって、強くなったとは思います。アグネス論争が大きかった。私を奮起させてくれたのは叩かれて傷ついたという経験でした。それがなかったら愚痴ばかり言っていたかもしれません。

【上野】最初から叩かれ強い人なんていませんからね。私もよく「打たれ強い」と言われますが、好き好んで「打たれ強く」なったわけではありません。

上野千鶴子、アグネス・チャン『報われない社会で、それでも生きる』(Gakken)
上野千鶴子、アグネス・チャン『報われない社会で、それでも生きる』(Gakken)

【アグネス】アグネス論争が起こった頃に、子どもをお風呂に入れながら泣いてしまったことがありました。子どもを受け取るために風呂場にやってきた夫に気づかれてしまい、「なにを泣いてるの?」と問い詰められたのですが、その時に夫が言ったんです。「泣いてもよくならない。もっと強くならなければ」って。

「自分が正しいと思うなら、人生で証明しなさい」とか忌憚きたんのないことを言ってくれました。その時は重い責任だなと思いましたが、素直に彼の意見を聞き入れることができました。

【上野】強くなるべきだと。

【アグネス】そうですね。また、いろいろな人に助けてもらいました。私の取材時は、連載の担当者が子どもを見ていてくれたり、テレビ局のプロデューサーや小道具さんが、子どものための遊べるシートや洗濯済みの毛布を準備していてくれたり。楽屋で友人が子どもを見てくれたりもしました。

一つひとつは小さなことなんですけど、その小さな応援がつながって大きな力になってくれていたのを感じます。