他人の目を気にする日本人は、他人に迷惑をかけることに非常に敏感で、そこから来る罪悪感に苦しみやすい。自身もうつ病にかかり、克服した経験を持つ精神科医の平光源さんは「人に迷惑をかけずに生きることはできない。迷惑は『なくすもの』ではなく、『許しあうもの』だ」という――。

※本稿は、平光源『頑張れないんじゃなくて、頑張りすぎただけ』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

黒い傘を持った人物が歩いている
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特に日本人に多い「罪業妄想」

追い詰められたり、つらい状況が長く続いたりすると、“ありえないこと”を確信してしまう「妄想」という症状が表れることがあります。

特にうつ病でみられる妄想は大きく3つ。

・何が起きても自分のせいだと落ち込む「罪業妄想」
・自分は不治の病で治らないと絶望する「心気妄想」
・自分にはお金がないと悲観する「貧困妄想」

この3つを「うつの三大妄想」と呼んでいます。

この中でも特に他人の目を気にする私たち日本人に多いのは、「今日雨が降って、イベントが中止になったのも、雨男の私が来たからだ。迷惑をかけて申し訳ない」と考えてしまうような「罪業妄想」です。

みなさんも、妄想まではいかなくても、「自分が行くとその場がしらけるので申し訳ないと思っている」とか、

「自分が試合を見に行くと必ず負けて迷惑をかけるので、スポーツの試合を見に行かないようにしている」と、勝手な罪悪感を持つことがあるのではないでしょうか。

罪悪感は引きこもりの原因にも

「人に迷惑をかけないようにしなさい」という教えと、その教えを大切に守ろうとする文化は、私たち日本人が誇るべき文化です。

ですが、逆にそれがネックになって、「迷惑をかけるから」と、勝手に自分に制限をかけて、自分の人生を生きられない人が多いように思います。

そして、その思い込みが強くなると、「私なんかがいると迷惑だ」と罪悪感を覚えて人と関わるのを避け、引きこもりになってしまいます。挙げ句の果てには、「私なんかいないほうがいい」と死を真剣に考え、本当に実行してしまう方すらいるのです。

でもちょっと待ってください。

あなたはそんなに人に迷惑をかけていますか? そして、もっと言えば、そもそも人に迷惑をかけることが、そんなに悪いことでしょうか?

インドネシアの衝撃的な思想

私の知り合いに、インドネシア人と国際結婚され、インドネシアで暮らす日本人女性がいます。この方がインドネシアで暮らしている中で一番衝撃を受けたのは、「迷惑」についての考え方の違いだったそうです。

日本では親にも学校にも、「人に迷惑をかけないようにしましょう」と教えられて育ちます。

ですが、インドネシアでは、「お前も人に迷惑をかけて生きているのだから、人の迷惑も許してあげなさい」と教えられるそうです。

学生が学校に戻る
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考えてみれば、人の数だけ思いや意見が違います。誰かのために善かれと思ったことが、他の人の迷惑になることがあるのです。

だから正確には、人に迷惑をかけていない人なんか存在しないのです。

となれば、何が迷惑で何が迷惑でないかを議論して、ルールを増やして、息苦しくなっているのはあまりにも不毛です。

「迷惑」を「感謝の連鎖」と考える

もっと広い視点に立って考えてみましょう。

平光源『頑張れないんじゃなくて、頑張りすぎただけ』(サンマーク出版)
平光源『頑張れないんじゃなくて、頑張りすぎただけ』(サンマーク出版)

例えば野菜にとっては、収穫されて人間に食べられることは迷惑なことかもしれません。でも、人間から排出される二酸化炭素と糞便の養分と種のおかげで、自分の子孫がまた成長できます。さらにその子孫がまた食べられてとお互いに頼り頼られてを繰り返すことで、世界は、そして地球は続いていくのです。

「自分がしてほしくないこと」は、できるかぎり人にはしない。けれども、どうしても迷惑をかけてしまった時には、罪悪感で自分を否定し、傷つけるのではなく、次に誰かに迷惑をかけられた時に許してあげる。

「迷惑」を不快の連鎖ととらえるのではなく、「お互い様」「許してくれてありがとう」と、感謝の連鎖としてとらえることで、見える世界が180度変わってきます。迷惑=感謝という思いに至れば、その時にはもう迷惑という思い、そして罪悪感という感情は煙のように消えてなくなります。