相手を深く理解するための「4つのS」
本書『できるリーダーはどこを「ほめる」のか?』の第3、4章で、褒めるための具体的な手法やスキルを紹介しました。本稿では、それらをより効果的に活用するための土台となる思考法(考え方)について解説していきます。
それは、「相手をどう見るか」という視野や視点、そして「どう向き合うか」という姿勢です。一見すると精神論っぽく映るかもしれませんが、実はテクニックと同じぐらい重要なのです。
それらをわかりやすく、「視野」「視点」「思考」「姿勢」の「4つのS」に整理してご紹介していきます。
「褒め言葉が出てこない」という悩みの原因は、語彙力や表現力の不足ではなく、そもそも相手を客観的に見ていない「視野の狭さ」に由来することも多いのです。
褒めるために必要な「視野」とは
わたしは学生時代に脚本を専攻していたこともあり、舞台の脚本を書いたことがあります。上演中は客席からだけでなく、劇場後方のスタッフエリアや舞台袖など、ステージ全体が見渡せる場所から演劇を観る機会がありました。
そこで見えた景色は、客席からとはまるで別物でした。スポットライトが当たる演者の背後では、照明・音響・美術など、さまざまなスタッフが一体となって舞台を支えていました。
特に衣装チームの動きは印象に残っています。役者が素早く衣装替えができるように、舞台袖ですべてのコスチュームを着やすいよう整え、ボタンの固さまでチェックしていました。全体を把握できる場所に立ち、視野が広がったことで得られた発見です。
オフィスでも同じです。会議の発表者ばかりに注目しがちですが、実はその裏で資料をまとめ、準備をした人々がいます。
空間を広く捉えて全体を見渡すと、主役以外の貢献も自然と見えてくるものです。褒めるための視野とは、まさにこうしたスポットライトが当たっていない人に対しても、意識と敬意を配ることです。
飛躍的に人を育てる「視点」とは
相手を褒める際は、今この瞬間だけで判断せずに、その人の「過去からの歩み」や「未来への可能性」を含めて、時間軸を動かして見ていくことが大切です。
すでに本書『できるリーダーはどこを「ほめる」のか?』でも「垂直承認」「未来褒め」として紹介してきましたが、過去や未来への視野と共に相手を観察することで、その成果がどんな背景から生まれたのか、この先どのような影響があるのかも見えてきます。
たとえば、何度もミスを重ねたメンバーがついに成功を収めたとき。「あの失敗があったからこそ、今回うまく対応できたんだね」と声をかければ、過去の失敗が「今の成果を作った材料」として再定義されます。
過去を肯定的に捉えるこの視点は、自己肯定感の修復にもつながる褒め方です。次の失敗も恐れなくなり、飛躍的な向上を見せる人材へと成長することになります。
目の前の出来事を「どこから来たか」「どこへつながるか」と時間軸で見通す視野の広さが、褒め言葉をより効果的なものにします。
視野を変えてくれる3つの広がり
たとえば、Aさんが営業目標を達成したとしましょう。Aさんを褒めてみてください。
次に、もう少し情報を追加します。実はAさんは仕事と家族の介護を両立していて、残業を避けるため朝5時に起きて営業資料を作っていました。あらためてAさんを褒めてみてください。
同じ褒めでも、背景を理解することで、表現ががらりと変わったのではないでしょうか。
人は結果だけを見れば、成功か失敗かの二軸だけで判断しがちです。しかし、その背後には必ず「物語」があります。相手の立場や状況に思いを寄せること。つまり、その人がどんな経緯をたどってきたのか、どんな想いでその行動を選んだのかという背景や文脈を見守る視野の広さが大切になります。
逆に視野が狭く、結果しか見えていないと、相手の失望を招きます。「見てくれてない」「自分に興味がない」と感じさせてしまうことは、マネジメントとして信頼関係の構築ができていないことになります。
空間、時間、文脈。3つの広がりを意識して、視野を広く持つことを心がけてみてください。
褒めるポイントの見つけ方
褒め言葉のバリエーションが広がらない原因としては、相手を見る角度が固定化されてしまっている「視点不足」もあります。
これは「南の島のセールスマン」という有名な寓話です。
ある靴メーカーが南の島にセールスマンを2人送りました。
Aさんは本社にこう報告します。
「この地域では誰も靴を履いていない。市場はない」
しかし、Bさんはこう言いました。
「この地域ではまだ誰も靴を履いていない。無限の可能性がある!」
同じ状況を見ていながら、見方一つで「絶望」と「可能性」に分かれました。これは褒める行為につながる視点の話です。
Aさんは不在にフォーカスしました。「ないもの否定」です。
Bさんはこの先の可能性に着目しました。「あるもの肯定」です。
この異なる2つの視点を理解することが、褒めるポイントを見つけるうえで重要です。視点を「あるもの」に向けることで、褒めのレパートリーは飛躍的に増えます。
「ないもの否定」か、「あるもの肯定」か
褒め言葉が枯渇する場面の多くは、「この人はまだ○○ができていない」という「ないもの否定」の思考に陥っているときです。
使い古されたたとえですが、コップの水が「もう半分しかない」と捉えるか、「まだ半分もある」と捉えるかでいうと、褒められないのは、なくなった半分の水を見ている状態です。
しかし完璧な人間などいないので、不足は際限なく現れて、観察者も当事者も疲弊してしまいます。
そこで視点を転換してみましょう。たとえば新人が提案書を期限ギリギリまで出さなかった場合。「納期意識が低い」と断じる前に、「最後までこだわる粘り強さがある」と、そこにある強みを抽出し、そこを起点に改善点を一緒に設計しましょう。
もちろんこれは簡単なことではありません。大学時代にコミュニケーションのクラスでこんなワークショップをしました。教授が広告、絵画、ポスターなどさまざまなビジュアルを見せて、それに対する欠点を思いつく限り出し合います。
いわゆる揚げ足取りや粗探しなども含まれます。次にとにかくポジティブな解釈で、褒めることにトライします。両方やってみると、悪口のほうが圧倒的に簡単だとわかります。
褒める箇所を探すのはとてもクリエイティブな作業で、難易度は高い。だからこそ、価値があるともいえます。
褒めるべき価値を言語化するスキル
わたしが携わる広告の仕事は、さまざまな視点から商品の魅力を探し出し、それを言語化するスキルが求められます。
商品やサービスなど、対象への光の当て方を変えながら、ぐるりと眺めることで、褒めるべき価値が発見できるのです。
こちらは視点の変化がわかりやすいコピーです。商品や使う人からの目線ではなく、なんとお尻を主役にしています。「確かに、手や顔は洗うのに、どうしてお尻は洗わないのか」という共感もあり、結果的に商品をうまくアピールする褒め言葉になっています。
“住み替えって、友達が二倍になるんですよね。”(三井のリハウス)
この2つは同じ構造のコピーです。別れは悲しいことと捉えられがちですが、その先の、新しい出会いに視点を移してポジティブに変換しています。
バレンタインデーのチョコは本命だけではありません。本気と勘違いされたくない場合もあります。さまざまな受け手の視点を考慮することで、ポジティブな側面を見つけ出しています。
「ないもの」を価値あるものにするスキル
最後に、「ないもの」を褒めに変換させた有名なコピーをご紹介します。
古い事例なので先に背景の解説をすると、かつて野球チームのロッテは神奈川県の川崎に本拠地を構えていました。人気も低く、試合のテレビ中継もされていませんでした。そのことを逆手に取った、球場への集客を目的としたコピーがこちらです。
巨人戦なら当時は必ずテレビで観ることができましたが、川崎球場の試合はそれができません。だからこそ、生で観る価値があるというロジックです。多少自虐的な表現ではありますが、視点を転換させて、欠点の中にメリットを見つけ出した事例です。
ここまで挙げた事例はそれぞれ、このように視点を広げています。
・時間をずらす
・受け手(周りの人)の視点を考慮する
・欠点の裏側を見る
相手に対する見方を少し変えてみてください。きっと、褒めるポイントが浮き彫りになってくるはずです。
