耳が突然聞こえなくなった小学生
「看護師さん、次の人を呼んでください」
JCHO東京新宿メディカルセンターの石井正則先生がそう言うと、看護師さんが待合室にいる患者さんに声をかけます。
次は、小学6年生の女の子と、そのお母さんが診察室のドアを開けました。お母さんは診察室に入るなり、「先生」と大声でせまってきます。
「うちの娘が突然耳が聞こえなくなってしまいました。何を話しかけても返事をしないんですよ!」
あわてるお母さんと、だまったままの女の子に石井先生のメガネのおくが光りました。
「まぁまぁ落ち着いて。いつからですか」
女の子のお母さんは考えるように自分のひざもとを見つめ、数秒して顔をあげると、「下の子の塾があった日なので火曜日。そう、3日前からです」と答えました。
「それでは早速、診察しましょう」
まずは検査室で一般的な聴力検査を行いました。みなさんも学校で検査をしたことがあるでしょう。頭にヘッドホンをつけて、音が聞こえると、ボタンをおして「聞こえています」という合図を送る検査です。
女の子の手もとは動きません。石井先生は、その検査データを見ます。
「聞こえないみたいね。じゃあもうひとつの検査をしましょうね」
医師から母に告げられたひとこと
石井先生が明るく話しかけました。女の子は沈黙したまま、無表情で前を見つめています。やはり聞こえないのでしょうか。お母さんに背中をおされて、女の子はうながされるように立ち上がりました。
そしてちがう検査室に行くように技師さんへ指示を出しました。別の部屋で、技師さんは小さな耳栓のようなものを手にし、女の子の耳にはめました。
耳栓には手のひらサイズの電子機器がつながっています。石井先生はその機器に映る検査結果をじっと見つめました。
それから数十秒――。「うん、なるほどね」と、石井先生はひとりうなずきます。女の子のお母さんに顔を向けて話しかけました。
「あちらの部屋でお子さんの状態をくわしく説明しましょう」
お母さんは真剣な表情でうなずきます。石井先生は女の子のそばにいる看護師さんに目配せをすると、となりの部屋に向かいました。
となりの部屋でお母さんと二人きりになると、石井先生はひとことこう告げました。
「ご安心ください。お子さんの耳は、ちゃんと聞こえています」
女の子のお母さんは、目を見開いて立ち上がります。
「ウソ!」
脳が音を感知する耳のしくみ
石井先生は検査結果の紙を取り出して説明します。
「最初に行った聴力検査は本人に『ボタンをおす』という意思が必要です。でも次に行った検査は『OAE』、日本語でいうと耳音響放射検査と言って、聞こえの状態が正確にわかるものなんです。図を書いて説明しましょうね」
一枚のメモ用紙を取り出すと、石井先生はスラスラと耳の中の絵を描きます。
「耳から入った音(振動)は、外耳、中耳を通って、内耳の『蝸牛』に届きます。カタツムリみたいな形でしょう」
ここが聴覚の本体だと、石井先生がトントンと印をつけます。
「この内耳の蝸牛のなかには木琴のけんばんのような構造をした『基底板』と呼ばれる板状の器官があります。そのけんばんのような板の上に何万もの『耳の毛』が規則正しく並んでいます。正確には『有毛細胞』と言うんですけどね。そしてね、耳から入った音が蝸牛に届くと、基底板が振動し、有毛細胞の毛もゆれる。その振動を脳が感知しやすい電気信号に変えて神経を通して脳へ伝えるのです。同時にその振動は、今度は内耳、中耳、鼓膜を通して外へ出てくるのです。OAEは外へのその振動(音)を測定しています。この検査では、たとえ言葉が出てこない赤ちゃんでも、聞こえの反応を検査できるんですよ。その結果、お子さんはちゃんと反応していました。それは内耳の聴力は全く問題がないということです」
ストレスで起きる「心因性難聴」
石井先生は女の子のお母さんの顔を見つめ、おだやかにたずねました。
「これを心因性難聴と言います。最近、お子さんにとてもストレスがかかる出来事はありませんでしたか」
お母さんは口をぎゅっと一文字に結び、診察室にある窓のほうに目を向けました。窓からは冬木が風にゆれているのが目に入ります。
「来週の中学受験でしょうか」
つぶやくような、小さな声でした。石井先生はうなずきながら、「そうかもしれませんね」と静かに話します。
「受験が終わったら、また聞こえるようになる可能性が高いです。ですがもし回復しなかったら、心をふくめて診察する小児の専門医にしょうかいしますので、すぐに連絡してください」
「はい……。先生、娘はまたふつうに聞こえるようになるんですよね?」
なおも心配そうにお母さんがたずねます。
「ええ、大丈夫。きっと聞こえるようになりますよ」
石井先生の言葉に、女の子のお母さんはなみだ目になりながら立ち上がります。「わかりました。ありがとうございます」とおじぎをし、その部屋を出ていきました。
「あぁ中学受験か……」
そうつぶやきながら石井先生は電子カルテに記入します。
「聞こえないフリ」は100%見抜ける
かつての本人がボタンをおす聴力検査だけでは、本当のことはわかりませんでした。けれども現代ではOAE、または脳波を測ることで聞こえの検査ができるABR(聴性脳幹反応)というふたつの特殊な検査で、「聴力」の反応はかなり正確に診断できるようになりました。聞こえないフリをする「詐聴」を100%見ぬけるのです。
ところが石井先生は以前、「聞こえない」と受診した中学生の女の子にその特殊な検査をしませんでした。女の子がいろいろな検査をとてもいやがったからです。その子は、しょうかいされたクリニックで「突発性難聴の疑いあり」と言われたのですぐに入院し、治療を開始することになりました。
突発性難聴は名前の通り、ある日突然耳が聞こえなくなってしまう病気で、若い人から高齢者まで起こります。原因は正確にはわかっていませんが、ストレスがたまっている時やとてもつかれている時になりやすく、早く治療をしないと、聴力がもどらなくなってしまいます。
それどころか治療をしても完全に治る確率が3分の1といわれているのです。石井先生は、その中学生の女の子が心配でした。
「いやなやつ、いやな自分はいませんか」
ところが、女の子が入院したその日の夜――。
看護師さんが入院部屋の見回りをしていると、その女の子はベッドの上に座ってテレビに映る音楽番組を見ていました。そしてなんとパチ、パチと歌に合わせてリズムよく手をたたいておどっているではありませんか。看護師さんはおどろいて、診察室にいる石井先生のもとに走ってもどりました。
「先生、入院中のあの子、様子がおかしいんです。聞こえないはずなのに手をたたいているし、音楽に合わせて……」
看護師さんがおどる真似をします。その様子を見て石井先生は「やられた〜!」と、天井をあおぎ見ました。
翌日、石井先生は女の子にすぐにOAEの検査を行いました。すると、正常値の結果。石井先生は女の子に「あなたの耳は聞こえていますね。ちゃんと反応していますよ」と説明し、「いやなやつ、いやなこと、いやな自分はいませんか」と語りかけました。
すると女の子は両手で顔をおおって「いやなやつはお母さんです」と泣き出しました。
「いやなことは受験です。でもそういうことに反応して、やだやだと言っている自分もいやです」
女の子はきちんと返答しました。石井先生は、耳が聞こえて良かったとほっとしながら、そこまで追いつめられている様子を見るのがつらくなり、かける言葉が見つかりませんでした。
「やっぱり受験の季節には、聞こえなくなる患者さんが多いんですねぇ」
石井先生が物思いにふけっていると、後ろから看護師の伊藤美香さんが声をかけてきました。先ほどの小学6年生の女の子のことが頭にあるようです。
心の状態が耳に影響を与えること
伊藤さんはJCHO東京新宿メディカルセンターに20年以上勤務し、看護師さんとして大ベテラン。けれども耳鼻咽喉科への配属は2023年からで、まだ2年。「心の状態が耳に影響する」ことなど、初めて知ることも多いようです。
「あぁ伊藤さん、出勤したんだ。でも声がまだまだだねぇ」
石井先生が苦笑いしながらそう言います。じつは伊藤さん、風邪を引いて仕事を休んでいたのです。
「そうですね。でも石井先生に1週間前、すぐ診てもらえて本当に助かりました。あのあと先生が言った通り、せきがひどくなって……。処方してもらった薬を飲みました」
「そうでしょう。でも、しばらく大事にするんだよ」
石井先生はちょっとした“不調”に気づく名人。それはかつて自分も体の、そして心の不調に苦しんだからです。
(できる限り体に負担なく、早く正確に診断、患者さんの不調を治してあげたい)
このような石井先生の思いは、「優しさ」とともに「探究心」から生まれるようです。未知のものを知りたいという思い、探っていく、前に進んでいく姿勢。それは「耳鼻咽喉科の医師」としてだけでなく、「宇宙飛行士を支える医師」としても力を発揮しました。
「宇宙酔い」の研究に取り組む
じつは耳鼻咽喉科と宇宙飛行士には深いつながりがあるのです。石井先生は日本に宇宙飛行士が誕生した時から、彼らに役立つ研究を進めてきました。
そのひとつが「宇宙酔い」です。宇宙飛行士の7割が、宇宙に行くと酔って吐いてしまいます。
みなさんの中でも、電車やバス、車などに乗ると、酔って吐いてしまう人がいるでしょう。それと同じ症状が宇宙でも起きるのです。
石井先生は宇宙酔いを克服する研究を続けるうち、それが地上で不調を感じる人にも役立つことを突き止めました。
本書では石井先生が「医師」になるずっと前、小学生のころのこともお話ししてもらいます。いろんなものを分解したり、イタズラをしたりして、両親や、学校、習いごとの先生におこられてばかりいる、やんちゃな小学生だったようですよ。
でも好奇心は人一倍あったのです。
