見た目で損している「低利用魚」イラの真価
中身は素晴らしいのに見た目が悪いので損をしている――。人間の話ではない。イラという魚だ。大きな頭、出っ張り気味の口と飛び出た犬歯、オレンジがかった赤色に帯状の黒い模様が入っている。見慣れない人はギョッとするはずで、丸ごと買ってさばいて食べようとは思わないだろう。
「漁師や釣り人から嫌われ者のベラの仲間だ。でも、イラは食用として高級魚と言える。この仲間は種類が多く、沖縄など南方海域では高級魚とされている。ナポレオンフィッシュ(正式名称はメガネモチノウオ)やマクブ(同シロクラベラ)もあるよ」
イラの魅力を強調するのは、鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下マルカマ)」でアドバイザーを務める上田勝彦さん。元水産庁職員で、日本各地の海と魚を知り尽くしている「魚の伝道師」だ。
沖縄だけでなく、九州や四国、和歌山などでは鮮魚店に出回ることもあるイラ。関東の海でも獲れているが、小売りの現場ではほとんど見かけない。いわゆる低利用魚だ。
昆布と合わせると旨みの種が花開く
見た目の悪さだけが流通に乗らない理由ではない。サバやイワシのように一度に大量にまとまって獲れる魚ではないので、安定した量・質・価格など効率を重視する大都会の流通網からは弾かれやすい。マルカマのように多様な魚種を扱っている小売店で出会ったら「買い」だ。
「刺身は食感も面白い。柔軟性に富んでいるのにサクッとした歯ごたえ。皮にはコラーゲンが分厚く詰まっていて、加熱するとムチムチのブリンブリンになり、さらに熱するととろける食感になるよ」
上田さんが最もお勧めするのはイラの昆布締め。その味はヒラメの昆布締めを凌駕するらしい。
「イラは、赤身のようにストレートに感じられる強い旨みではなく、噛むと緩やかに立ち上がって来る旨みと香りが持ち味だ。特に、昆布と合わせると旨みの種が開花するよ。超高級魚に化けるからぜひ味わってほしい」
イラはまずいから流通しないのではない。現代の経済システムに適合していないだけなのだ。上田さんのような知恵で補うことこそが、賢い消費と言える。
加熱でとろける食感に
皮も美味しい魚なので、昆布締めだけでなく「湯引き」も作ろう。サク(刺身用の切り身)を皮つきのままそぎ切りにして、お湯をかける。氷水で粗熱を取ってから水分をよく拭き取ったら完成。上田さんによれば、酢と醤油にみりんを加えた「甘酢みりん醤油」に浸してネギのみじん切りを振ったり、ポン酢で食べても美味しい。今回は友人夫妻宅で大人5人で食べる。何尾買おうかな。
「2尾は必要だね。1尾は昆布締めと湯引きで食べちゃうだろうから、そのあらともう一尾を使って塩焼きと煮つけを作ればいい」
イラの頭は大きくて固いので縦半分に割って使う。出刃包丁がない場合は鮮魚店に任せよう。
2枚おろしにした半身のうち、骨がついていないほうは塩焼きにする。火が通りやすいように身に切れ目を入れること、そして上田さん流の「二段塩」をして、「表1・裏7・表2の法則」で焼けば、間違いのない塩焼きができる。この2つのコツは、ヘダイを扱った記事で詳述したので参考にしてほしい。
煮崩れしやすい魚は「泡煮」で外側を固める
ダシが出る骨付きの半身とあらは、煮つけにする。イラは煮崩れしやすい魚なので、素早く火を通したい。上田さんが教えてくれるのは「泡煮」という手法だ。
まずはフライパンに魚を入れ、その三分の一の高さまで酒を注ぐ。魚をいったん取り出し、砂糖、醤油、みりんの順に味を見ながら入れていく。
「分量は自分の舌で判断できるようになろう。砂糖で甘みを調整、醤油で塩味を整え、みりんで仕上げる。泡煮は、身が柔らかい魚の外側を、調味して沸かした煮汁で一気に固める煮方なので、身の中心まで味が浸み込むわけではない。なので、甘辛く濃いめの味付けにしよう」
煮汁を入れたフライパンに火をつける前に、斜め切りのゴボウを入れてもいい。煮汁が沸騰したら魚を入れて、アルミホイルで落し蓋をする。
「煮汁の泡が落し蓋をググっと持ち上げて、煮汁が魚の表面を洗っていく。そのときに全体に味が回っていくんだ」
魚の外側が固まったら、落し蓋を取って中火にし、おたまで煮汁を魚にかけて照りを出す。そして、火を止めてからも1分ほどかけ続けるのがポイントだという。
「火を止めてからもしばらく煮汁をかけるのは、そもそも味は冷めるときに身に染み込んでいくからだよ」
料理研究家や飲食店経営者を満足させる魚
鹿児島県阿久根市から空輸されてきたイラは一尾2200円。それぞれ1キロほどの2尾を購入して向かったのは都内の酒飲み夫妻宅。奥さんのほうは料理研究家でもある。今回は友人2人も招いたという。料理ライターの女性と、焼酎バーを経営している男性らしい。イラのいかつい見た目などはまったく気にせず、味わって酒と合わせることに集中しそうなメンバーだ。緊張する……。
まずはイラの湯引き。慌てて失敗してしまったのは、サクの状態で湯をかけてしまったこと。これは湯引きではなく「湯霜」と呼ばれる料理技術で、刺身に切り分けてから湯をかけることに比べると熱が入る部分が少なくなる。結果として、少し固めに仕上がり、よく噛んで賞味することになった。
上田さんが指摘するように、イラはガツンと来るうまみはない。でも、噛んでいるとほのかな甘みが立ち上がって来る。それがポン酢の酸味と合わさってバランスの良い味になるのだ。
「ベラの仲間と聞いたので水っぽいのかなと思いましたが、まったく違いますね。弾力があって、凝縮したうまみを感じます!」
料理ライターの女性が嬉しい感想を述べてくれた。確かに、水っぽさなどは皆無で、むしろ弾力のある歯ごたえを楽しめる魚である。
昆布締めでイラのうまみが爆上がり
そして、昆布締め。簡単かつ劇的に旨くなるので、上田さんに教わったレシピを記しておく。
2.そぎ切りにした刺身を昆布の上に置き、また塩を振る
3.キッチンペーパーを1枚かぶせる
4.ラップで包み、上に皿などで重しをして、冷蔵庫で30分間ほど寝かせる
以上だ。昆布は刺身の片面だけが触れていればOK。短時間なので昆布の匂いがつきすぎず、昆布と魚の旨みの融合を楽しめる。白身全般に使える手法なので、水っぽい魚を引き締めながら味を足したいときなどにぜひ実践してほしい。
さて、実食。まさにヒラメの昆布締めを凌駕すると感じた。イラの中に隠れていた旨みが昆布で存分に引き出されているのだ。これはすごいぞ。
「濃い! 昆布で引き締まっていて、うまみが増していますね~」
と絶賛するのは奥さん。湯引きに比べると明らかに味が濃いことに驚いたようだ。焼酎バー経営の男性は「匂いが強すぎない焼酎のロックと合う」とさっそく研究を始めていた。
いかつい見た目も愛おしくなる最高の贅沢
煮つけは、上田流「泡煮」のおかげで煮汁を沸騰させ始めてから10分も経たずに完成。砂糖の甘さがあまり好きではない筆者は薄味にしてしまいがちだが、友人夫婦にはそれが良かったようだ。
「魚の味がくっきりとわかるのが嬉しい」(奥さん)
「魚のうまみと煮汁が染み込んだゴボウが旨いね」(旦那さん)
ただし、焼酎に合わせるのであれば、もう少し煮汁を甘くするべきだったかもしれない。
全員にヒットしたのは塩焼きだった。脂が少なめの魚なのに、しっとりふっくらした食感で、穏やかなうまみがにじみ出てくる。
特に人気だったのはカマ。身よりも脂があり、上田流二段塩によって奥にまでしっかりと塩味が入っている。箸でちまちまとほじると、骨の間からも肉が出てくる。つまり、酒の肴にして長々と食べ続けるのに最適なのだ。
「いい塩加減ですね~。柑橘を絞ってもいいかも……。これは焼酎よりも日本酒ですね」
焼酎バーの店主がつぶやき、全員がうなずいた。
イラはいかつい見た目で評価が低いと冒頭に書いたが、実際に損をしているのは魚ではなく人間だ。今回購入した1キロ超のイラは2200円。同サイズの天然ヒラメを鮮魚店で買えば、安く見積もっても5000円はする。つまり、半値以下でヒラメを凌駕する味を手に入れられる計算だ。一般的な高級魚の概念にとらわれない選択が、最高の贅沢への近道となる。
イラ。こんなにお得でうまいと、無骨な見た目も愛おしく思えてくる。見かけたら「即買い」の魚だと覚えておきたい。