誰もがうらやむ好条件で転職したのに、数カ月で心身の状態が悪くなり離職するケースがある。なぜなのか。心理学者の舟木彩乃氏は「好条件での転職は、条件の良さ自体が『リスク』になる危険性がある。転職に失敗しないために3つのポイントをチェックしたほうがよい」という――。
頭を抱えるビジネスウーマン
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好条件で転職したが早々に離職した事例

カウンセリングの現場にいると、誰もがうらやむ好条件で転職に成功したものの、早ければわずか数カ月でメンタルヘルス不調に陥り、休職や離職を余儀なくされるケースを目にします。なぜこうした事案が起きてしまうのか考えてみましょう。

事例① 大企業×高負荷プロジェクトで孤立

転職で誰もが知る総合商社に入社したAさん。「大企業なら教育体制も福利厚生もしっかりしているはずだ」という強い期待と安心感を持って入社しました。しかし、そこで待っていたのは、予想以上に「学閥」が影響する環境でした。

メインの学閥とは無関係だったAさんは、希望とは全く異なる部署に配属。教育担当者は自身の業務で手一杯なため、たちまち放置に近い状態になり、右も左もわからないまま炎上プロジェクトの火消しに巻き込まれました。

たちまち長時間労働が常態化し、周囲に相談しても「みんなが通ってきた道だ」「商社マンなら根性を見せろ」という精神論で片付けられます。Aさん自身も「せっかく商社に入ったのに、こんなことも耐えられないのか」と自分を追い込み、慢性的な緊張状態に。そしてあるときパニック症状が出てしまい休職、結果的に退職しました。

事例② 外資系×ハイパフォーマンス文化で摩耗

外資系コンサルティングファームに転職したBさん。前職での実績が評価され、給与も肩書も大幅にアップしての入社でした。しかし、そこは「Up or Out(昇進するか、去るか)」という、常に評価プレッシャーがかかる社風でした。

2~3年という短いスパンで目に見える成果を示し続けなければ、その会社での居場所はなくなります。特にBさんの上司は徹底した成果主義者で、日々の細やかなフィードバックはないのに、ある日突然、会議の場などで非常に鋭く容赦のない指摘を受けるのがいつものことでした。BさんもAさん同様、慢性的な緊張状態に陥り、突然パニック症状が出て、休職から退職へと至りました。

事例③ ベンチャー×好ポジションで孤立

ベンチャー企業の経営陣とプライベートで意気投合し、「友人」として管理職に招かれたCさん。経営陣から「自由にやってほしい。期待している」と、高い期待をかけられての入社でした。

【Close-up:失敗しない転職】はこちら
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しかし、いざ入社してみると、組織基盤は全くの未整備。権限があると言われながらも、実際には何かを決めるたびに経営陣の顔色を伺わねばならず、責任だけはCさんに押し付けられるような歪んだ構造でした。

友人だからこそ期待に応えたいという思いと、経営陣からの無理難題の板挟みになり、Cさんは誰にも相談できないまま孤独を深めていき、最終的にうつ状態に近づいて退職しました。

好条件の転職に潜む「罠」

こうした事案に触れながら感じるのは「条件が良いこと自体がリスクになる」という皮肉な現実です。これには以下の心理的・構造的な要因があります。

期待と現実のギャップの肥大化

「ホワイト企業だから」「大企業だから」というイメージが強いほど、入社後の小さな違和感に蓋をしがち。「こんなはずはない」と現実を否定し続けているうちに、気づけば心が摩耗しているのです。

相談を阻む「プライド」と「負い目」

「せっかく良い会社に入ったのに、弱音を吐いてはいけない」「期待されて入ったのに、できないと言えない」という心理的ハードルが、他者に助けを求めることを阻みます。周囲も「あの人なら大丈夫だろう」と過信し、救いの手が届きにくくなります。

役割の重さと逃げ場のなさ

高待遇であるほど、企業側は「即戦力」として高いパフォーマンスを求めます。すると、その人に負荷が集中しやすくなり、本人は「自分が辞めたらこのプロジェクトが止まる」などの責任感から、逃げ場を失っていきます。

「適応できない人が悪い」というすり替え

特に日本の組織では、「良い環境を用意しているのだから、適応できないあなたが悪い」という論理がまかり通りやすいと言えます。学閥や仕事の丸投げなど、組織側の構造的な問題が、「個人の能力やメンタルの弱さ」の問題にすり替えられてしまうのです。

相手を指さして怒るビジネスマン
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環境を変えてメンタル不調を回復させた事例

一方、環境を変えることでメンタルヘルス不調が改善した事例も多くあります。

事例① 異動によってリセット可能な「公務員」へ

中小企業で働いていたDさんは、前職で深刻な人間関係の悩みを抱えていました。一度社長や同僚との関係が悪化すると逃げ場がありません。「アットホーム」と言えば聞こえは良いですが、家族構成やプライベートまで筒抜けで息苦しさを感じていました。

そんなDさんが転職先に選んだのは、自治体勤務の公務員でした。公務員は約2年ごとに定期的な異動があります。転職後、相性の合わない上司に当たったり、適材適所とは言えないポジションになったりしても「あと数年で異動だから」と割り切れるようになったそうです。

事例② 心理的安全性の高い企業へ

大手企業のバックオフィス職だったEさん。一見穏やかに見える職場では「無視される」「意図的に情報共有から外される」「陰口を叩かれる」といった“静かなハラスメント”が常態化していました。Eさんもその標的にされましたが、上司に相談しても「Eさんの気にしすぎでは」と相手にされず、孤独感から、出社前に動悸が出るようになりました。

限界を感じて転職した先は、中規模企業の管理部門でした。そこでは、上司が日常的に「何か困っていることはない?」「この業務の背景はこうだよ」と、オープンなコミュニケーションを徹底。チーム内でも雑談や相談が自然に行われ、心理的安全性を感じられる環境でした。

Eさんは孤立感から解放され、2~3カ月で不眠が解消。半年後には「仕事が楽しい」という感覚を取り戻せたそうです。

なぜ環境が変わると心が健康になるのか

なぜ会社を変えるだけで、これほどまでにメンタルヘルス不調が改善するのでしょうか。私は、人間関係こそが「ストレスの最大要因」であり、同時に「最大の保護因子(守り手)」でもあるからだと考えています。

たとえ同じ仕事量、同じ難易度のタスクでも、周囲に支えてくれる人や信頼できる人が一人いるだけで、脳が感じるストレス負荷は劇的に軽減されます。「評価されている」「尊重されている」という感覚が、自分の存在価値を肯定し、「有意味感(自分や自分の仕事には意味があるという感覚)」を高めます。この有意味感は、後述する「首尾一貫感覚」の1つです。

また、良い環境に身を置くと、「自分はダメな人間なのだ」という前職で植え付けられた歪んだ認知(考え方の癖)が、周囲のポジティブなフィードバックによって自然と修正されていきます。安定した人間関係の中で働くことは、認知の歪みを解消し、自分を信じる力を取り戻すプロセスそのものなのです。

手を重ねるビジネスチーム
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「失敗しない転職」のために意識すること

これから転職を検討されている方にはまず「首尾一貫感覚」を理解していただきたいです。

首尾一貫感覚とは、ストレスフルな状況でもしなやかに生き抜く力であり、「自分の置かれている世界には一貫性があり、筋が通っている」と感じられる感覚のことで、次の3つの感覚で構成されています。

・把握可能感(だいたいわかった):自分の置かれている状況や、今後の展開をある程度予測できているという感覚。

・処理可能感(なんとかなる):自分に降りかかる問題に対しても、周囲の助けを借りるなどして対処できるという感覚。

・有意味感(やりがいがある):自分の人生や仕事に起こることに意味があり、苦労してでも取り組む価値があるという感覚。

転職活動においては、この「首尾一貫感覚を高められるか」という観点の下で、次の3つのポイントを意識してはどうでしょうか。

① 「自分のストレスになること」を理解する

メンタルヘルスの視点から最も大切なのは、「自分が何に疲れやすいか」を言語化しておくことです。人間関係の摩擦に弱いのか、責任の重さに弱いのか、あるいは評価基準の不透明さに耐えられないのか。人によってストレスのもとは異なります。

「ここまでは許容できるが、これ以上は無理」という境界線を自分の中で明確に持っておくと、求人票や面接でチェックすべきポイントが自ずと見えてきます。

② 「仕事内容」より「働き方のリアル」を確認する

転職に失敗する原因の多くは、職種そのものではなく「働き方の不一致」にあります。面接では、以下4つのポイントをよく確認してみてください。

評価基準は明確か、それとも上司の主観に左右されるのか
・上司とのコミュニケーション頻度や手段(チャット中心か、1on1があるか、など)
・チームの雰囲気は属人的か、コミュニケーションが取りやすいか
・残業の発生理由(単なる多忙か、スキル不足か、構造的なものか)
舟木彩乃『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(インターナショナル新書)
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制度があっても使われていないケースもあるため、「育休制度について、直近で男性の取得実績はありますか?」など、制度の有無ではなく「実際の運用」を聞くとよいでしょう。

「アットホームな職場」という言葉にも注意が必要です。これは心理学的な視点で見ると、仕事とプライベートの境界線が存在しない、バウンダリー・レスな環境であるリスクを孕んでいます。

③ 情報の質を「一次情報」で高める

口コミサイトやSNSは参考になりますが、個人の主観やネガティブな時期の投稿に偏ることもあります。可能な限り、現場社員とのカジュアル面談などを活用し、実際に働いている人の生の声(=一次情報)に触れてください。情報を集めれば集めるほど「把握可能感」が高まり、入社後のギャップを最小限に抑えられます。

また、もし今あなたが非常に疲れているなら、自分の認知の歪みも疑ってみてください。疲れていると普段であればなんでもない言葉に敏感に反応し、これをネガティブに解釈することで傷ついたり、怒りを感じることがあります。

信頼できるエージェントや専門家に相談し、客観的な視点を取り入れると「処理可能感」が高まります。

チェックマークが描かれたブロックを積み上げる手
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「3年後の自分」から逆算してキャリアを積む

転職を成功させるには、メンタル面だけでなく、長期的なキャリアの視点も欠かせません。その際の「転職軸」が多すぎると迷いますので、私は以下の3点に絞ることをおすすめしています。

・専門性を伸ばせるか
・自分の価値観に合う働き方か
・市場価値が上がる経験ができるか

今の仕事が辛くても、次の職場が「3年後の自分を強くする場所」であれば、有意味感を持って乗り越えやすくなります。逆に、「年収が良いから」「なんとなく雰囲気が良さそうだから」といった、自分ではコントロールできない要素を軸に職場を選んでしまうと、状況が変わった時に大きなストレスとなります。

特に、その会社でしか通用しないスキル“しか”身につかない環境は避けましょう。「業界共通のスキルか」「他社でも評価される成果を出せるか」という、スキルの移転可能性を確認してください。

良好な心理状況で働き続けるために

理想的な職場とは、「心理的安全性」と「成長機会」が両立している場所だと考えられます。意見が言いやすく失敗が許容される「心理的安全性」が高いだけでは、次第に刺激がなくなり「ぬるま湯」となって、キャリアへの不安(有意味感の低下)を招きます。逆に「成長機会」だけを求めると、過度な負荷で心身を消耗します。

ご自身のメンタルを守るために、自分の「限界サイン」を知っておいてください。

・休日の間も、ずっと仕事の懸念が頭から離れない
・会社を全く信用できず、その会社の社員であることに誇りを感じない

特に、後者のような感覚があるなら、それは「有意味感」が枯渇している危険な状態です。私は、働く上でこの「有意味感」が最も大切だと考えています。「この苦労には意味がある」と思えるうちは、人はしなやかに強くなれますが、それが枯渇しているなら、その職場にいるのは限界かもしれません。

あなたが自分を大切にしながら、納得感を持って働ける場所を見つけられるよう、心から応援しています。