心のありようが人生を、勝負を左右することがある。ではどうしたら自分の心をコントロールできるのか。スポーツドクターの辻秀一さんは「人間に生まれつき与えられている『表情』『態度』『言葉』という道具は自分の意識で自由に変えることができ、この3つ次第で自分の心の状態も変えることができる」という――。

※本稿は、辻秀一『いつもごきげんでいられるひと、いつも不機嫌なままのひと』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

ごきげんをつくる3つの道具「表情」「態度」「言葉」

ありがたいことに、自分のきげんをとるのに便利な道具が、私たちには生まれつき与えられています。

それは、「表情」「態度」「言葉」です。「自己ツール」と私は呼んでいます。

私たちはつねに外界の出来事に影響されて、心を持っていかれる生き物ですが、この3つは、自分の意識で自由に変えることができ、この3つ次第で、自分の心の状態も変えることができるのです。

たとえば、朝から雨が降っていて憂鬱なとき、表情は暗くて、態度も投げやり、気がつけばため息もついている。こんなときは、電車の中で目の前にお年寄りが立っていても席をゆずってあげる気になれません。

一方、同じように雨が降っていても、明るい表情をつくり、前向きな言葉を使うと、目的地へ向かう足取りも軽快になるはずです。こんなときはきっと、電車でお年寄りが前に立つと、「どうぞ」とやさしい言葉をかけて、席をゆずったりできるのではないでしょうか。

つまり、表情や態度や言葉を大切にして、自分の心のために選択して変えてみると、心の状態が変わり、結果として行動も変わるということがわかるでしょう。私たちの表情や態度や言葉には、パフォーマンスの質を高める力があるのです。

どうしてかというと、そういう表情や態度や言葉は、私たちをごきげんにするからです。よい表情や態度や言葉でいると、脳は「気分がいい」と認識し、行動の質を高めてくれるのです。

これらの道具は、トップアスリートといわれる人たちも大いに活用しています。

北京オリンピックの女子ソフトボールの決勝で、投手の上野由岐子選手は413球を投げきりました。たったひとりで、誰の援護もなく、です。私はお会いしたことはありませんが、すばらしいアスリートだと思います。

このとき、上野選手が置かれた状況は最悪でした。ソフトボールは北京オリンピックのこの日を最後にオリンピック種目からはずされることが決まっていました。いくら頑張っても、もうオリンピックには出られない。心の状態はどうしても下がりますよね。

プロの舞台でソフトボール女子選手
写真=iStock.com/Aksonov
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その上、大事な決勝のこの一戦で日本選手の打撃は沈黙したまま。400球を超えるころから上野選手の爪が割れて、ボールが血まみれになったそうです。さらに股関節を亜脱臼して痛みが増していたそうです。

状況としては、泣きたくなるくらい最悪ですね。それを認知したら、気分はどんどん追い込まれて不機嫌になり、パフォーマンスはますます上がらなくなるでしょう。

こんなとき、ポジティブシンキングでこんなふうに考えることもできるかもしれません。

「こんな状況も考えようによってはチャンスなんだ!」

しかし……、とてもじゃありませんが、ふつうはこんなふうには思えません。ポジティブシンキングをするために別のエネルギーを使ってしまいそうです。

それはエネルギーの無駄づかいというものです。

では、上野選手はどうしたか。

彼女はある雑誌のインタビューでこんなふうに答えていました。

「自分はあることだけに全精力を注ぐと考えていました。それは、いい表情でいるということ。400球を超えてからは、いい表情でいることだけを考えて投げていたんです」

上野選手は想像を絶するくらい最悪の状況下で、ひたすら明るく、いい表情をつくりつづけていたのです。

ふつうなら顔がひきつって当然の状況です。悲壮感いっぱいのこわい顔になっていたでしょう。

でもあえて明るい表情をつくる。上野選手はふだんからその練習をしていたのです。

なぜならそのほうがごきげんになって、いい投球ができるということを体験として知っていたからです。

だからオリンピックのあの場面でも、ひきつった顔をせずに、明るい表情をつくることができました。そうすることで自分の心を外界の出来事に引っ張られずに、「ごきげん」な状態に保つことができたのです。

他にもオリンピアンや一流アスリートたちが笑顔や穏やかな態度でいるのを目にすることが最近は増えてきました。

無理に笑っているのではなく、笑顔や態度を自分の心の状態のために自ら選択している人が増えてきたのだと思います。メディアや周囲の人に笑顔でいるのではなく、その選択が自身をごきげんに導くという価値を体感しているのでしょう。

レースの表彰
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私も仲良くさせていただいているアスリートの一人、プロ野球選手のムネリンこと川崎宗則さんはいつもごきげんで超笑顔です。彼にいやなことがまったくないわけではありませんが、ごきげんでいることにとても価値を置いていて、表情や態度や言葉を自分のごきげんのために選択しているのです。

ある大きな企業の人事主催のトークショーでムネリンと対談したときも、ビジネスパーソンの方々にこの「ごきげん道」をわかりやすく伝えてくれたのが印象的でした。

「ごきげん道」は何もトップアスリートのためだけのものではありません。

ライフスキルという言葉は使わなくても、本書でご紹介しているライフスキルの数々を経験の中で自然に身につけていったアスリートだからこそ、彼のメッセージが参加者みなさんに伝わっていったのだと思います。

自分の心をいい状態に保つために、いい表情や態度でいようと考える。アスリートたちはパフォーマンスがストレートに結果に反映されるだけに、つねに表情や態度に気を配り、自分の心をごきげんにする生き方を心がけているのです。

「最悪」と言う人の最悪な1日

イチロー選手や大谷翔平選手は、テレビのインタビューで、言葉を選びながら、すごくゆっくり話すと思いませんか? なぜ彼らはこのような話し方をするのでしょうか。

私は、イチロー選手や大谷翔平選手は「自分のために」言葉を選んでいるからだと思います。人からよく思われたくて言葉を選んでいるんじゃありません。自分の心をいい状態に保つために言葉を選んでいるのです。

マスコミは何かというと、人を不機嫌にしたり、苛立たせたりします。

だからイチロー選手や大谷翔平選手は表情も態度も言葉も、自分で選び、自分で心を外界の不快な攻撃に持っていかれないように、守っているんです。

「口に入れる食べ物で体ができているように、耳に入れる言葉で心ができる」のです。

何も考えずに食べていると、体をこわします。耳に入れる言葉も、大事にせず自分で選ばないと、心をこわします。

言葉を選ばないともったいないです。状況は変えられませんが、自分の心は整えられるのです。心を整えるのに言葉は大事な自分の道具なのです。

自分の心のために、いい言葉を選びましょう。

言葉を選ばない人だとこうなります。

朝から雨が降っていた。「ああ、最悪!」。冷蔵庫を開けて、牛乳を飲もうと思ったら、賞味期限が切れていた。「ああ、最悪!」。駅に行ったら、電車がトラブルで遅れていて、「ああ、最悪!」。やっと来た電車の中で足を踏まれて「ああ、最悪!」。

そして会社に着くなり、第一声は「今日は朝から最悪でさあ!」と、朝からもう5回も「最悪」と言いつづけているこの人は、認知だけで生きていて、ライフスキルを使っていない人です。

ロンドンのオックスフォードストリートで大雨の中を歩く女性
写真=iStock.com/Simon Shepheard
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私は「最悪と思うな」と言いたいのではありません。「最悪」と言ってもごきげんにはならない、ということです。

天気や電車の遅れや他人に足を踏まれるのは、自分では選べませんが、言葉は自分で選べます。自分の心の状態を大切にしたいと思ったら、まず言葉を選びましょう。

態度や表情も同じです。

不機嫌な態度や表情をしても、残念ながら自分の気分はよくなりません。

自分がきげんよくなりたいのなら、まずは表情や態度、言葉を選びましょう。

自分のために、ぜひ選んでみてください。

ほとんどの人は自分のためにこれらを選ぶということを習慣にしていません。認知の脳だけで生きて外の出来事に反応しているからです。そして、簡単に外の出来事に持っていかれて、不機嫌になっている。

表情や態度や言葉は、心をつくる人生の大事な道具です。だからまずは「自分のためにこれらの道具を使うんだ」と考えてください。誰だって、いつだって持っている道具です。使わないともったいないと思いませんか?

気持ちを立て直す「合言葉」を決めておく

言葉はほんとうに大事なので、その話をもう少ししましょう。

自分の心を整えるために、まずは言葉を選ぶと考えてくださいとお話ししました。

まずはただ考えるだけで、脳の使い方はずいぶん変わるのですが、中には「どんな言葉を選べばいいのですか」とたずねる方がいます。

そこで、私のセミナーでは、自分の気分をよくする合言葉をそれぞれ見つけてもらっています。私はこれを「ごきげんワード」と呼んでいます。

それを口に出すことによって自分の心がごきげんに傾けばいいので、正解はありません。「イエ~イ!」でもいいし、「富士山」「青空」でもいいし、「やったね」でもお子さんの名前でも、かわいがっているペットの名前でもかまいません。

ごきげんワードを選ぶときに注意しなければいけないのは、その言葉自体があなたをごきげんにしてくれる感覚を大事にするということです。たとえば私のごきげんワードには「お好み焼き」がありますが、お好み焼きを食べたからごきげんになれるのではなく、ただ「お好み焼き」という言葉を口にするだけで心がごきげんに傾くのです。

ハイタッチ
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次に、自分がつい無意識に口癖で言ってしまう「不機嫌ワード」をあげてください。

「無理」とか「ダメだ~」とか「ついてないわ」とか、いろいろあると思います。そして、「『ついてない』といくら言ってもごきげんにはならないよね~」と自分に言って、笑い飛ばしてください。

セミナーでは何人かのグループに分かれて、お互いに「ごきげんワード」と「不機嫌ワード」を公開し、不機嫌ワードを言ってしまったら、みんなで気づき合っていきます。

ちなみに私は、ごきげんワードを100個ほど持っています。不機嫌になる理由は無数にあるのですから、ごきげんワードは多ければ多いほど安心できますし、切り換えのチャンスも増えます。

最近では不機嫌ワードを口にすることはほとんどなくなりました。

先述した通り、大谷翔平選手が大リーグのメディアにゆっくり答えているのは、明らかに自分の耳に入れる言葉を自分の心のために選択しているからだと思います。彼のインタビューを聞いていると、ときには質問と違った言葉を返していることに気づくでしょう。通訳を通して会話しているのも、日本語の方が自身の心を保ちやすいからだと想像されます。

私がメンタルサポートをしているレーシングドライバーの野田樹潤さんも、まだ若いですが自分のために笑顔を意識しています。F1ドライバーのお父様、野田英樹さんが現役のときに私がメンタルトレーニングをしていた関係で、娘の樹潤さんのサポートも始まりました。

彼女は、ヨーロッパのF3ランクの大会で当時日本人の女子高生ながら優勝するという快挙を成し遂げました。その後さまざまなプレッシャーや期待、ときには不条理を感じながらも、今はF2にあたる日本のスーパーフォーミュラに参戦しています。

時速300キロで走る危険な競技の中で、さらにモータースポーツ界のさまざまな厳しい環境もある中で、「ごきげん道」を歩まれているのです。

レーシングカー
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自分のきげんを自分で取るためにいつでもどこでも使えるのは、日ごろから意識しているライフスキルしかありません。

ストレスをためて発散するという人生を歩むのか、自らごきげんでするべきことをやっていくのかの選択が、人生にはあるように思います。本書を読まれているみなさんは、もちろん後者だと思いますが、すべては自分次第です。

「ごきげん道」は特別な人のためのものでは決してないからです。

ふだんから「ごきげんワード」を連発し、自分の態度や表情にも気を配っているから、エッジに立たされたときでも、落ちついていられるのです。

辻秀一『いつもごきげんでいられるひと、いつも不機嫌なままのひと』(サンマーク出版)
辻秀一『いつもごきげんでいられるひと、いつも不機嫌なままのひと』(サンマーク出版)

困ったときだけ、急に「3つの道具」を使おうとしても、うまくはいきません。

あなたはいつもどんな表情で生きていますか。どんな態度をとっていますか。どんな言葉を選んでいますか。負けたのに笑うでも、失敗したのに「最高」と言おうということでもありません。

すべては自分の心のため。心をごきげんに保つために選択できる必要な道具です。

ふだんから自分の心のためにこれらを大切にして自ら選択するということを考え、使い慣れておきましょう。その体感こそが、ライフスキルを磨いていきます。