※本稿は、土井美和『「自分」というブランドを売る 元ルイ・ヴィトントップ販売員が大切にしてきたこと』(大和出版)の一部を再編集したものです。
顧客情報だけでは、本当の「引継ぎ」はできない
入社二年目か三年目の頃だったと思います。
ある先輩の他店への異動が発表され、私は何名かのお客様を引き継ぐことになりました。誰かのお客様を引き継ぐのは、初めての経験でした。
先輩は、当時まだ紙で管理していた「顧客シート」を私に見せながら、「来月からこのお客様の担当をお願いね。私からもお客様に伝えておくし、土井さんからもご挨拶の連絡をしてみてね」と言いました。
実際に私は、引き継ぎのご挨拶文のサンプルを見ながら、お客様に手紙を出して、電話で連絡もしました。
しかし、引き継ぎを受けたお客様が、その後自分宛にご来店されることはありませんでした。この出来事は私にとって、少し苦い経験でした。
この経験から考えたのは、いずれ自分がお店を去るタイミングが来た時、引き継ぐ誰かが同じ想いをしないために何ができるか、ということです。
私も経験しましたが、お店を離れるのは異動だけではなく、産休育休、短期的には他店へのヘルプやポップアップストアへの出勤、体調を崩してお休みしたり、介護休暇、退職などもあります。
そのような時に、ただ顧客シートにあるお客様のデータを引き継ぐだけでは、本当の引き継ぎはできないということです。
自分宛のお客様を店舗スタッフに紹介する
では具体的に、日頃から何を意識していたかというと、自分宛のお客様を店舗のスタッフにも紹介していました。
中には「ご挨拶してもいいですか」と自ら来てくれるスタッフもいますが、自分からはなかなか挨拶に行けないスタッフもいます。
なので、私は、積極的に他のスタッフを自分のお客様に紹介したり、店舗が混雑していなければ、一緒に会話するように心がけていました。
そうすることで、単純なお客様のデータ(住所・氏名・年齢・家族構成・職業・購入履歴など)だけではなく、私とお客様が普段どんな会話をしているのかや、どこまで砕けて話しているのか、丁寧な口調で会話しているのか、という温度感も含めて感じ取ることができます。
そして、少しずつ初めてご挨拶したスタッフも慣れてきた頃に、あえて自分が席を外してみます。
私が席を外しても、二人で会話ができる状況をつくれたら、もう大丈夫です。
このように店舗のスタッフを多く紹介することで、私がお昼休憩で離席している時や、他のお客様を対応している時にご来店されても、代わりに他のスタッフが対応できます。
各スタッフが、他の誰かの担当顧客が来ても、誰でも対応できる状況になっていくことが理想です。
「○○さんがいないなら、また今度にしよう」「○○さんが辞めちゃったら、もう来づらい」と離れていってしまうのはもったいないことです。
「個」をきっかけに、「このお店に来るとみんなが私に気づいて声をかけてくれる」「なんかこのお店の雰囲気が好き」「ここに来ると安心する」、そんなふうにお店やブランドも大好きだと思ってもらうことが大切なのです。
「自分のお客様」ではなく「ブランドのお客様」
しかし、「自分の顧客」という意識が強いが故に、他のスタッフがお客様に話しかけることを敬遠するスタッフもいます。自分のお客様が取られるような感覚になるのかもしれません。日々自身の予算や売上と真摯に向き合っているからこそ、そのような気持ちになることも十分理解できます。
ただ、顧客づくりの大前提として、再来店するきっかけは「個」つまり「あなた」だと思いますが、その目的は店舗やブランドの利益を最大化することです。
「個」はあくまでより深くお客様と繋がるためのきっかけであり、その先の大きな目的が見えていない方もいるように感じます。
あの時、先輩の異動によって引き継ぎを受けたお客様は、店舗だけではなくブランド自体からも離れてしまったのかもしれないと思うと、そのようなお客様をできるだけ減らしたいと思ったのです。
私は自分の顧客をどんどん紹介すると同時に、他のスタッフのお客様にも挨拶をして、会話をして、積極的に名前やお顔を覚えていきました。
ご来店時に、一人でも多くのスタッフに顔をわかって温かく迎えてもらえたら、よりお客様に喜んでいただけるはずです。
全てはお客様のために。
「自分のお客様」ではなく「店舗のお客様」「ブランドのお客様」という意識を持ち、「この先も長く繋がり続けるために」という広い視野を持ちましょう。
そうすれば、一人で抱え込み過ぎずに、店舗のスタッフと共有しながら、お客様と繋がり続けていけるはずです。
人見知りでも大丈夫
私は典型的な人見知りですが、そう言っても信じてくれる人はいません。
初対面のお客様と距離を縮める方法を日々伝えていますが、それは、接客に長く携わったからこそ身に付いた、仕事上のスキルです。
本来の私は、初対面や大勢の場面で緊張し、自分から積極的に話しかけることが苦手なタイプなんです。
たとえば、子どもたちの学校の懇談会では、周りを見渡せばお母様同士打ち解けて話しているのに、私はというと、そそくさと椅子に座り、会が終わるなり、誰とも言葉を交わさずに学校を後にしてしまいます。
運動会も一人で行き、昼食も一人で食べ、午後も一人で見て帰路に着くという、話しかけづらい暗い人に見えていたかもしれません。
四年目の運動会、見兼ねた娘が友達のお母様に私を紹介するために、連れて行ってくれました。なんとも手のかかる母親ですよね。
「共通点」を話題にすれば、会話は弾む
販売員時代には、全国の店舗からスタッフが集まる研修や会議がありました。
同じ会社にいながらも、これまでお会いしたことがない方に会う機会です。
この研修の場でも、私はやはり緊張しがちでした。ただ、ずっと黙って過ごすわけにもいかないですし、グループで話し合いやワークをする時にも、それは心地よいものではないので、できるだけ隣になった方に挨拶をしていました。
研修の会場に着くと、名前と店舗名が書かれた札があったので、それをきっかけにして、
土井「初めまして、新宿髙島屋店の土井と申します。よろしくお願いします」
隣の人「初めまして、大阪髙島屋店の○○です。よろしくお願いします」
土井「今日新幹線でいらしたんですか?」
隣の人「昨日が公休だったので、昨日から泊まりで来ました」
土井「そうなんですね! 大阪髙島屋店だと、私、○○と同期なんです」
隣の人「えー、そうなんですね! ○○さん、よくご飯行きますよ! いつも色々相談に乗ってもらってて、大好きな先輩です!」
土井「私も大好き。本当にいい子ですよね」
こんなふうに、勇気を出して話かけることさえできれば、後はいつもの「共通点探し」です。
私はありがたいことに、同期がたくさんいたので、「人」という共通点で会話ができました。
時には、
「名古屋いいですよね! 実は私の母が名古屋出身なので、毎年のように名古屋に行ってました。とてもいいところですよね」
というように、相手の店舗から自分との共通点を探してみたり。
人軸、土地軸、社歴軸、時にはお客様と同様、バッグやペン、クリアファイル、ノートなど、持ち物に触れて、
「草間彌生のファイル、かわいいですね。好きなんですか?」
と声をかけたりするのもいいですよね。
この辺りはお客様へのアプローチと変わりません。
社内の方なので、素気なくされたり、無視されたりする可能性はとても低いです。
ぜひ勇気を出して、お隣の方とコミュニケーションを取ってみてください。
研修が始まる前、ほんの少しでも挨拶をしてスモールトークができていると、研修を受ける間もリラックスして過ごせるはずです。
自分自身を先にオープンにする
集合研修のメリットって、他店の方の視点や取り組みを知り、自分自身を振り返ったり、自店での取り組みに活かすきっかけを得ることだと思うのです。
それであれば、可能な限り参加者それぞれが緊張から解放され、意見を言いやすい環境をつくるのが得策です。そのためにも、いかに早く距離を縮めて双方が話しやすい空気をつくるか、だと思います。
これはお客様との関係構築と同じですよね。
お客様が本音を話しやすい空気をつくること、「この人になら話せそう」「相談してみようかな」と思っていただくことが大切です。だからこそ、自分自身を先にオープンにして名乗り、挨拶するという勇気が必要です。
「人見知り=人付き合いが苦手」ではない
研修で出会った他店の方とは、その後、異動で同じ店舗で働くことになったり、商品の問い合わせで電話した時に、久しぶりに話すことができて、スムーズに対応してもらえたりもしました。
自分も、一緒に参加している方も、できるだけ気持ちよく過ごせるように意識することで、持ち帰る知識や情報の質も変わってくると感じています。
それに、私のように人見知りの自覚がある方は、人見知り=人付き合いが苦手、というわけではありません。
「きっかけ」さえあれば、スムーズに関係構築できる方が多い印象です。
販売員さんの中には、「実は人見知りなんです」という方も意外と多いですが、店舗に立つと、スイッチをONにして、アプローチしているのではないでしょうか。
特別な空間で、制服を着て、店頭は「ON STAGE」と呼ばれるように、役になりきるような、そんな感覚が私にもありました。
研修などの場では、プライベートの人見知りの自分が顔を出しそうになりますが、やはり仕事なのでスイッチをONにして、勇気を出して自分から声をかけてみてほしいと思います。
緊張しているのはあなただけではなく、きっとお隣の方も同じではないでしょうか。
