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コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社
代表取締役社長 最高経営責任者
数カ国のコカ・コーラ ボトラーにおける豊富な経営経験とコカ・コーラ事業におけるグローバルな知見を有し、同社および同社グループの総括責任者としてリーダーシップを発揮している。
社長と社員が本音で意見を交わし合える場
世界に225以上あるコカ・コーラ ボトラーの中でも有数の規模を誇るコカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社は、約1万4000人(2023年末時点)の社員を抱える大企業だ。この規模の企業では、一般の社員と社長が直接対話できる機会はそうそうないだろう。
2019年、同社の代表取締役社長 最高経営責任者に就任したカリン・ドラガン氏(以下、社員に倣って親しみを込めカリンさんと呼ぶ)は、現場で働く社員との対話の機会を求め、自らの名前を冠した交流会「Calin's Café」を立ち上げた。参加者は毎回10人以下の少人数。社長と社員が本音で意見を交わし合える場として、現在まで定期的に開催されている。
「コロナ禍の間はオンラインで開催していましたが、カリンさんが社員と直接会って話すことを大切にしているため、いまは対面に戻りました。テーマはさまざまで、いずれも当社のミッション・ビジョン・バリューを軸に設定しています。今回のテーマである育休も、“誰もが働きたいと思う職場をつくる”というビジョンにひも付いたものです。毎回の出席者は、テーマに合わせて部署や職種を横断し選抜されます。今回は育休を経験した皆さんに集まっていただきましたが、ちょっと緊張されているかも。カリンさんは、いつもどおりフレンドリーですけどね」(海老原紀子さん/旧 コミュニケーション戦略統括部 広報部 インターナショナルコミュニケーション課 リーダー(現 デジタルコミュニケーション課 課長)
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コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社
旧 コミュニケーション戦略統括部 広報部 インターナショナルコミュニケーション課 リーダー(現 デジタルコミュニケーション課 課長)
同社では、常に多くの社員が育児に携わっている。しかし多くの企業同様、かつては男性社員が育休を取得することはまれだった。育休制度はあったものの、パパとなった社員は家族よりも仕事を優先し、上司もあえて育休取得を推奨しなかったという。そうした時代を経てだんだん社内のカルチャーも変わり、いまでは誰もが育休を取得することが当たり前となった。社長のカリンさんもそれを推進している。
パパエプロンを着けて育児に奮闘
「いま、私の子供は生後8カ月半。自ら育児に携わったことで、私の人生は大きく変わりました。今日は同じ育児に携わった者同士、職種や役職を超えて実のある話ができればと思っています」(カリンさん)
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カリンさんをはじめ、ステージに登壇した男性社員が着用しているのは「パパエプロン」。子供が誕生した男性社員に、上司から贈られる記念の品だ。これまでに700人以上の社員が受け取った。もちろん記念品として飾っておく人などいない。エプロンを着けて育児と家事をがんばって、というメッセージが込められているからだ。ちなみに、ママになった社員にはハンドタオルサイズのスタイが贈られるという(エプロンとスタイは、いずれも非売品)。
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人事、営業、製造など、登壇した男女3人ずつの社員の職種はさまざま。それぞれが育児を通じて感じた喜びや悩みなどを、次々に打ち明けていった。その一言一言に耳を傾けるカリンさん。時に大きくうなずきながら、「それは素晴らしい」「本当に尊敬します」と感嘆のコメントを挟んでいく。そこには同じ道を歩いたからこその実感がこもっていた。
職種や役職に関係なく、育休中は職場を離れることで誰もが不安を覚えるもの。
「私も育児に携わるための休暇を取りました。その間、おむつ替え、ミルク、寝かせつけと、自宅で育児をしていました。大変でしたが、ベネフィットもあったのです。一つは家族と一緒にずっと過ごせたこと。そしてもう一つは、一時的にでもビジネスから距離を置くことで課題をフレッシュな目で見られたことです」(カリンさん)
仕事の効率化を考えられるようになった
育児に携わったことは、仕事にも良い効果をもたらすようだ。カリンさんも、育児を経て仕事のスタイルに変化があったという。
「より重要なことにフォーカスするようになりました。家庭で重要なのは子供のこと。だから休暇中は育児に専念しました。一方、仕事では結果を出すことが求められます。重要なのは結果ですから、どこで仕事をするかは大した問題ではない、ということに気が付いたのです。いまでは妻が仕事をしているときは私が家にいるようにして、自宅からオンライン会議に参加することもあります。そのようにあらゆる場面で、以前よりも仕事の効率化を考えられるようになりましたね」(カリンさん)
子供の寝かしつけだけが苦手だと告白するカリンさんに、「ママのパジャマを赤ちゃんのそばに置くといいかも」と社員がアドバイスする一幕も。「次回のテーマは保育園にしましょう。先輩ママや先輩パパから保育園のことをたくさん教わりたい」という発言で笑いを誘い、カリンさんは次のようなメッセージで場を締めくくった。
「親が保育園へ子供を迎えに行くように、子供たちも親の仕事を見るために職場に来たらいいんじゃないかと考えています。製造現場では難しいかもしれないけれど、オフィスで働く社員は子供を職場に連れてきてもいいと思うんですね。私たちが普段どんな仕事をしているのかを見せることは、子供たちにとって非常に良い効果があるのではないでしょうか」(カリンさん)
誰にとっても働きやすい職場とするために
同社では24年9月から育児支援制度の一環として、男性社員に配偶者出産休暇を義務づけている。他にも、育休を取った人たちの経験談を社内SNSやイントラネットに掲載したり、配偶者/パートナーや上司に向けて社内制度や給付金についての詳細を記したハンドブックを配布したりするなど、社員の出産育児をサポートする体制が整えられている。
その一方で、まだまだ多くの会社では「育休を取りたくても申請しづらい」「周囲に迷惑をかけてしまうのでは」といった声が聞こえてくるのが現状だ。同社では、こうした問題をどのようにクリアしていったのだろう。
「当社の場合は経営トップの判断が大きかったですね。いま統括部長などを務める人たちが20〜30歳代だった頃は、育休を取る方がいまよりも少なかった。そうした人たちは役職に就いてからも、自分の部下に対して積極的に育休を取ってほしいと伝えづらかったように思います。そんな中、カリンさん自身が休暇を取って育児に携わったことで、全社的に休みを取りやすくなりました」(林真伸さん/人事・総務本部 ピープル・エクスペリエンス&リレーション統括部 人材&組織開発部 DE&I課リーダー)
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コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社
人事・総務本部 ピープル・エクスペリエンス&リレーション統括部 人材&組織開発部 DE&I課リーダー
2023年の同社の男性育休取得率は83.3%。厚生労働省の調査によると男性の育休取得率は30.1%(23年度)なので、その浸透ぶりがよく分かる。ただし同社においても、実態としては1週間程度の育休が大半だ。まずは取得率を100%にした上で、男性も半年や1年といった長期育休を取れるのが当たり前、という状況をつくるのが目標だという。
もちろん同社が目指す「働きやすい職場」は、育児中の社員だけを対象にしたものではない。
「私たちのライフイベントは出産や育児だけに限りません。例えば自分自身のけがや病気、家族の介護、学び直しや留学といったスキルアップのための挑戦など、40年の仕事人生で数週間から数カ月の休みが必要になることは誰にでも起こり得るんですね。だからこそ職場の仲間で助け合い、互いに思いやり、理解し合ってほしいと皆さんにお伝えしています」(林さん)
(編集・文=尾関友詩 写真=堀 隆弘)