2004年秋、等身大の着物の楽しみを提案する季刊誌として『七緒』は生まれました。

「着物を着てみたい」と思ったときにまず手に取る一冊であり、「長年の着物好き」にもファンの多い存在として、着物好きから熱い支持を得ています。

『七緒』の編集のヒミツとは? 編集長に聞きました。

着物を着て坂の途中に立つ女性
着物をやさしく、おもしろく、風通しよく

『七緒』はこの秋、創刊17周年を迎えます。人間でいうと高校2年か3年で、そろそろ大人に近づいてきた頃でしょうか。

17年仕事として日々着物のことを考えていますが、飽きたか飽きないかと聞かれると、今でも部屋に着物がかかっているのを見るだけで「いいなぁ」と嬉しくなるので、その汲めどもつきない魅力には、自分でも驚くほどです。

着物は知識を積み重ねる楽しさがある一方、難しくなったり、頭が固くなりやすい面もあります。着物をやさしく、おもしろく、風通しよく読者と楽しむために、着物とその周辺にあるものの「掛け算」で場を広げることを意識しています。

たとえば、2020年秋(vol.63)には、「着物とマンガ」を初めて第1特集として取り上げました。ときは『鬼滅の刃』人気が真っ只中の頃。着物好きはマンガ好きとは限らないが、マンガ好きは着物好きなのでは? そんな仮説のもと形にした、マンガの再現をしたコーディネート企画や、マンガ好き対談が評判を呼び、人気の特集となりました。ほかにもステイホームでの配信人気を受けた「ゆかたと日本映画」企画、「鳥獣戯画と着物」企画など、時代の空気を映したテーマが注目を集めています。

着物と帯

着物通の方はもちろん、着物に最近目覚めたという人など、さまざまなタイプの着物好きにご登場いただいています。心がけているのは、着物に限らず、何かのプロフェッショナルであるということ。それぞれのプロの視点を通して着物を語ってもらうことで、着物がより開かれたものになると考えています。

オンラインショップ『こまものや七緒』の人気商品とは?

『七緒』を創刊した2004年以降、個性を打ち出すセレクトショップ的なリサイクル店が人気となったり、ギャラリースタイルの着物店が生まれたりと、着物を買う方法には時代とともに新たな動きがありました。「肌着」や「着つけ用品」など、着物を着るのに欠かせないものにも新風を吹き込みたい。そう考えてスタートしたのが「こまものや七緒」です。

オープン当初から続くコンセプトは「役に立つものを扱う」こと。

肌着、着つけ用品、収納用品、雨具などさまざまな商品を扱っていますが、なかでも「あったらいいなを形にしたら」と銘打ち編集部が開発するオリジナル商品が人気です。

きものスタイリストの大久保信子さんとコラボして作成したレース袖の半じゅばんや裾よけは、発売以来、ロングセラー商品として不動の人気を誇っています。半じゅばんは、長じゅばんに比べて実用的なアイテムですが、繊細なレースを袖にたっぷりと使い、胸をしっかりホールドするよう馬乗りの幅(脇の開き)を吟味したり、着崩れにくく肌あたりのいいワッフル素材を身頃に使うなど、大久保信子さんの知恵を詰め込んで形にしています。

北海道の家具メーカー「cosine」とコラボした「シンプル衣桁」も、息の長い人気商品。和室も鴨居もない現代の住まいの中で、ロングコートより長い着物をどこにかければいい? そんな悩みから生まれた折り畳み式の衣桁です。天然木を生かしたシンプルなデザインはマンション暮らしのインテリアとも馴染みがよく、洋服やコート掛けとしても使えます。

人気商品に総じて言えるのは、3つ以上の「推しポイント」があること。価格の高い、安いに関わらず、求められているのは、それを手に入れたらどんな満足を得られるかというコストパフォーマンスのよさ。着物を着る等身大の目線で、「あったらいいな」を丁寧に拾い上げて形にすることが、人気商品の誕生につながると感じています。

Instagram、Facebook、Twitter。SNSは着物の心強い応援団

編集部では、Instagram、Facebook、Twitterを公式運営しています。Instagramの反響には編集部が思ってもみないものもあり、着物好きのニーズを知るものとして注目しています。

何かと「映え」が注目を集める中、七緒のInstagramで人気なのは「途中」の投稿。三分紐を「結ぶ途中」だったり、畳紙に「着物をしまう途中」だったり。映えとはむしろ逆ですが、表舞台で取り上げられることの少ないシーンこそ、着物好きの悩みを解決する「そこが知りたい」ポイントなのだと、改めて感じます。

長く着物を着て暮らしてこられた諸先輩方の着物姿も人気です。着物の中で体が泳ぐような柔らかな着物姿と、着物とともに積み重ねてきた時間の豊かさを感じさせる存在感。七緒の読者が着物に何を求めているのかを考える、ヒントになりそうです。

Instagramフォロワーの着こなしを覗いてみると、シックなコーディネートあり、モードなスタイルありとさまざまで、また年齢層も幅広いのが特徴です。着物が好きであれば、好みや世代を飛び越えて、共通言語を持ってともに楽しめるところに、着物の可能性を感じます。InstagramのフォロワーをはじめSNSでつながっている人たちは、いわば着物応援団。どんな試みを一緒に共有できるかが、今後の課題であり、楽しみでもあります。

足し引き自在の 「ニュアンスカラー」
手仕事も“自分につながる”ものとして

着物が好きな人にとって、手仕事はいつも憧れの存在。憧れを憧れで終わらせないためにどうすればよいか。その課題から生まれた3つのキーワードをもとに、手仕事の取材をしています。

ひとつめのキーワードは「小さなもの」。たとえば、帯揚げ。微妙なバランスで色を配合して釜で染めたり、括りの技術で絞りを施したりと、一枚の布には職人の技術が詰まっています。たとえば、足袋。縫製をした後、足当たりをよくするため縫い代を丁寧に叩いたり、こはぜにはその道のプロが存在したりと、さまざまな人の手を経てつくり出されます。着物を着る上で欠かせない小さなものに宿る手仕事に、スポットライトを当てています。

ふたつめのキーワードは「暮らしに寄り添うもの」。たとえば、日本全国の産地や作家の布を数奇屋袋に仕立てるプロジェクトは、サブバッグとして憧れの布を手に入れられる企画として人気を博しました。そのほか、洋服にも着物にも使えるかごや日傘、ショール、手仕事の布からなる風呂敷など、日常の暮らしにつながる手仕事を紹介しています。

『七緒』編集長 鈴木康子さん
『七緒』編集長 鈴木康子(撮影=遠藤素子)

みっつめのキーワードは、「ものづくりの今」。手仕事の技術は、歴史の中で育まれてきたものですが、それを今、どんな人がどんな暮らしの中で生み出しているのか。ものをつくる人の素顔とともに、これまで語られていない「今」を伝えることで、手仕事が自分の暮らしの地続きにあることを感じられるよう心がけています。世界的にファンの多いシーラ・クリフさんをナビゲーターに、土地の魅力、織物の面白さを紹介する京丹後市との連載や、沖縄県後継者育成事業とタッグを組み、これからのつくり手にスポットライトを当てた取材など、地方行政とのタイアップ企画にも取り組んでいます。

『七緒』は、着物の悩みを解決したり、着物好きが交流ができる、開かれた空間。着物好きのリアルニーズとともにアップデートし続ける『七緒』に、今後もご注目ください。